幸福予報(脚本)
〇学生の一人部屋
毎日夜夢の中で、次の日がどれだけ幸福かを知ることができる高校生がいた。
それが僕だ。
その能力は小学校あたりから発症したもので、その「幸福予報」が外れたことは今まで一度たりともない。
〇水たまり
深夜0時、夢の中
もう一人の僕が、僕に予言をする。
ヤタガヤ「明日は」
ヤタガヤ「「これからの人生で最も幸福な日」だ──」
〇学生の一人部屋
その予言を受け
きっと明日は幸福で目眩がするほどの一日になるだろう。
そう僕は明日の幸福に思いを馳せながら、寝息をたてていた。
〇東京全景
そして現在、その「最も幸福な日」の夕暮れだ。
今日のことを振り返ると確かに目眩がする。
不快感で。
まず、昼休みに僕が小学校から好きだった女子に、僕の高校からの友達が告白し、成功したということ。
そしてたったさっき学校から帰ってきた時、家の固定電話に僕の母親が交通事故で死んだという連絡の電話がきたということ。
僕の母親は女手ひとつで僕を小さい頃から育ててくれていた
その母親が死んだ。
それがどれほどの苦しさだったか言葉にしなくたって分かるだろう。
いや、僕以外の誰にだってこの苦しみは分かりはしない。
もう、全部がどうでもいい。
一体どこが、最も幸福な日だと言うのだろうか。
僕の幸福予報は壊れてしまったのだろうか。
・・・
いや、壊れてなどいないんだ。
〇明るいリビング
交通事故の電話を聴いた時すぐ納得した。
予報は確かに言っていた。
これからの人生でもっとも幸せな日だと
そう、今日僕が「死ぬ」なら確かに、ある意味「これからの」人生でもっとも幸せな日だろう。
〇黒
だって、今日より後のこれからなんてのは存在しないんだから。
〇通学路
元々特に生きてる意味も感じていなかったから、行動に移すのは速かった。
僕は今、自殺をするための場所を探して自転車をこいでいる。
〇土手
ただ、ただ、車輪を回す。
すると急に、後ろに流れていく風景の中から声が聞こえた。
「ヤタガヤくーん?どこいくの?」
僕はその声の主が誰なのかすぐに分かった。
同じクラスの女子、シヅキだろう。
僕は下校の時、毎度一番速く校門を出るのだが、部活に入っていないシヅキもまた同じように即、学校から出ようとするため
普段はまったく会話はしないが、下校の時だけは
校門まで一言二言会話をしながら、一緒に向かうという習慣があった。
それ故にあの学校で唯一僕と会話をしたことのある女子で、あの学校で唯一僕の名前を覚えている女子だった
だから、僕の名前を呼ぶ女子の声というだけですぐに分かった。
後ろを向いて答え合わせすることもなく、そのまま放り投げる様に言う。
ヤタガヤ「今から死のうと思って」
シヅキ「・・・」
シヅキ「・・・」
シヅキ「じゃあ死ぬ前に私と付き合ってよ」
僕は、思わず後ろを振り向く。
彼女を困らせるつもりが、一気に逆の状況になった。
ヤタガヤ「は?」
シヅキ「あぁ、恋愛的な意味でね」
ヤタガヤ「本気?」
シヅキ「うん、本気で」
当たり前と言わんばかりの態度で言い返されてしまった。
それを見て、あまりに急だったが本当に本気なんだと感じた。
こんなどこかで聴いたことのあるような、ベタなセリフで、僕の命が生かされてしまうのかと考えると嫌だけれど
人生で女子と付き合ったことなんて、一度もなかったし
何より彼女の顔は、捻くれた僕が認めるほどに綺麗だった。
だから、勿体なさからか、少しその「付き合う」というのを体験してから死んでも良いんじゃないかと思った。
ヤタガヤ「じゃあ付き合おうよ」
自分でもこのセリフが、とても違和感があるのを強く感じる。
シヅキ「・・・」
シヅキ「はい!じゃあ今日から私達カップルねー」
シヅキ「・・・」
シヅキ「で?それでどこいくの?」
ヤタガヤ「・・・」
ヤタガヤ「行く場所がなくなった」
〇川に架かる橋の下
そうしてしばらく、僕は手で自転車を押しながら、彼女と宛もなく歩いた。
今まで喋ってこなかった学校生活の空白を、全て埋めてしまうほど、いろんな事を話し合った。
〇通学路
それがあまりに幸せで
彼女と帰り道に別れるのが、あまりに切ないと感じたから
もう少し
もう少しくらいは生きてみようかと思った。
〇学生の一人部屋
その日の夜には、テレビやSNSで明日、日本が滅ぶくらいの隕石が降るとかいうニュースが話題になっていた。
〇SNSの画面
だいたいの人は、デマだ、ふざけるなと馬鹿にしていた。
もちろん僕もだ。
〇黒背景
でも、その時ふと思い出した。
今日の予報は「これからの人生でもっとも幸福な日」だ
〇大きな木のある校舎
今日あれほど嫌なことがあったのに、これから今日以上に幸福にならないというのは、変な話だと思った。
〇黒
だから、本当に死が近いような気がした。
〇東京全景
そして、その日の夜、僕はいつも通り幸福予報の夢を見る。
〇水たまり
ヤタガヤ「明日は」
ヤタガヤ「・・・」
ヤタガヤ「「これからの人生で最も不幸な日」だ──」
〇学生の一人部屋
今までの人生で一番納得のいく予報だった。
やはり僕は明日、死ぬみたいだ。
この国の人間全員もだ。
〇東京全景
だから僕は、初めてできた彼女と最初で最後のデートでもして
最後の最後まで誰よりも幸せに生きて
悔しさに似た、かつてない不幸を誰よりも感じながら
ドラマチックに死んでやろうと思った。
学校を嫌いと言っていた彼女のことだから、一緒に明日、学校をサボってくれると思う。
僕は目眩がするほどの不幸に思いを馳せながら、寝息をたてる。
〇川に架かる橋の下
この世で最も幸福な不幸に。
「一番」の基準がわかりすぎて怖かったです。
あの日が一番幸福なら、それが壊される…ってことですよね。
未来はわからない方がいいような気がしました。
幸福と不幸は表裏一体だと思いました。幸福が不幸に変わる時、不幸が幸福に変わる時、人は喜怒哀楽を経験する。
人生色々です。
特殊な才能いいなと思ったけどやっぱり未来のことを知ってしまうの怖いなと思いました。物語の中で言葉のあやのようなものも感じて考えさせられました。