てんじょーてんげゆいがどくそん!

湫川 仰角

てんじょーてんげゆいがどくそん!(脚本)

てんじょーてんげゆいがどくそん!

湫川 仰角

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〇黒背景
「てんじょーてんげゆいがどくそん!」
  産まれた直後、そう叫んだやつがいたらしい。
  見上げた根性だ。
  産まれてすぐ誰よりも高みにいることを自覚するなんて、イマドキ生まれのフカフカベビー達には真似できないだろう。
  実際、そいつは人類規模で偉大な存在になったらしい。
  ということは、産まれてすぐ同じことを言えば、同じく輝く人生を歩めるのでは?
  ならばおれの運命はすでに約束された。
  なぜならおれは、明日産まれるのだから!

〇幼稚園の教室
  おれの誕生は世界に衝撃を与える!
おれ「ハーイ!」
先生「その歳でマクロ経済学を理解!?」
おれ「チャーン!」
先生「どんな言語も聞いただけで習得!?」
おれ「バブゥー!」
先生「そのうえ笑顔がとってもチャーミング!?」
先生「神童だ!」
先生「麒麟児だ!」
先生「国の宝だ! 人間国宝に指定しよう!」
「ソウシヨウ!」
  幼稚園児おれ、国宝に指定!

〇大教室
  その後お受験を楽々突破し、名門の小中校へ進学!
  そこでも国の宝たるおれ!
  飛び級に次ぐ飛び級で早々に卒業!
  高校へ進学!
  100の言語を操るおれは、日本を飛び出し世界で活躍するとしよう。
おれ「ペラペーラ!」
教師「えっ、フェルマーの最終定理を自力で証明!?」
おれ「ペラペラペーラ!」
教師「えっ、行動経済学に鑑みて経済政策を再構成!?」
おれ「ペラペラペラペーラ!」
校長「話してる姿がとってもチャーミング!」
  世界がおれを崇敬するぞ!
  だが、約束された勝利の人生を進むおれは、まだ立ち止まらない。

〇オフィスのフロア
  就職先は引く手あまた。
  大学なんて行かなくていい。
  就職すれば、どんな分野でもすぐにトップへ辿り着くさ。
上司「なんてクレバーな発表だ!」
上司「次のシャチョーは君しか考えられない!」
  いや、起業して国を代表する企業に育て上げるのもいい。
上司「なんてクレバーな発表だ!」
上司「この国を代表するシャチョーは君しか考えられない!」
上司「そしてとってもチャーミング!」
  まさに、てんじょーてんげゆいがどくそん!
  おれの人生はそれからも上昇し続けるだろう!

〇黒背景
  おっと、もう時間らしい。
  ご覧の通り、重要なのは産まれた直後だ。
  ベビーとして叫ぶことは生理上必要だが、オギャーなんて叫びは絶対にしない。
  てんじょーてんげゆいがどくそん!
  この言葉が、おれの覇道の始まりだ!

〇病室
おれ「オギャー!!!!」
  ──はっ!
孫娘「あっ」
孫娘「お母さん! おじいちゃん起きたー!」
娘「お父さん起きた? 聞こえる?」
わたし「あ、あぁ・・・」
  いつの間にか、眠っていたようだ。
  ・・・なんだか変な夢を見た。
  ・・・
  ・・・
  夢の中の私よ。
  私の人生は、大したものではなかったよ。

〇渋谷の雑踏
  幼稚園、小学校、中学校は家の近所を選んだだけ。
  高校も大学も、その時の学力で行ける所へ行っただけ。
  苦労して就職。
  大学の同級生だった妻と結婚。
  産まれた娘もやがて成人し、家を出た。
  私の企業人生に躍進はなく。
  昇進せぬまま定年退職。
  第二の人生をと、意気込んだ矢先に妻に先立たれた。
  私にも末期の病気が見つかり、今は病院で余生を過ごしている。
  輝かしい功績は・・・ない。
  他人の崇敬など、望むべくもないんだよ。

〇病室
わたし「ヒュー、ヒュー・・・」
娘「お父さん大丈夫? 呼吸しにくい?」
  頼りない鼓動に、すがるような呼吸。
  避けがたいまどろみへの抵抗も、徐々に弱まっている。
  医者や家族に言われなくてもわかるものだ。
  私はもう、明日まで生きられないだろう。
  夢の中の私よ。
  約束された勝利など、存在しなかった。
孫娘「おじいちゃん! 今日ね、学校でね、テスト百点だったんだよ!」
娘「そうなの?」
孫娘「そうだよ! ほら!」
娘「あら本当。頑張ったのね」
孫娘「うん!」
  それでも、一つだけ誇れることがある。
  私の進む覇道とやらに、娘や孫のことは入っていなかった。
  人生の終焉にいる今ならわかる。
  目の前の光景が、どれほど幸福なことかを。
  手を、孫娘の頭へ。
孫娘「えへへ、ありがとおじいちゃん!」
娘「ありがとう、お父さん」

〇病室
  てんじょーてんげゆいがどくそん。
  それは自分が誰よりも高みにいることを示す言葉ではない。
  天上にも天下にも、同じ人間はいない。
  誰かと代わることはないし、代わる必要もない唯一の自分であるということ。
  自分以外に何も加えなくていい、ありのままで尊いということだ。
  予想とは違う。
  良いことより悪いことの方が多いかもしれない。
  それでもなお、生きてきたことを誇れ。
  もうほとんど声は出ないが、絞り出す。
わたし「ふ、ふたりとも・・・ング・・・」
孫娘「お母さん、おじいちゃん何か言ってる!」
娘「何、お父さん!?」
わたし「ふたりとも────」
娘「・・・?」
わたし「ふふ・・・」
娘「お父さん? お父さん!」
孫娘「おじいちゃん!」
  ・・・
孫娘「おじいちゃん、最後に何て言ってたの?」
娘「私たちが、とってもチャーミングだ、って」
孫娘「どういう意味・・・?」
娘「さぁ・・・」

〇黒背景
  抗うことなく、意識を手放す。
  恐怖はある。だが、嫌悪感はない。
  全身を包む茫漠としたまどろみが、暖かくて心地よい。
  どこか懐かしい感覚だ。
  薄れゆく思考の中、たった一つ言葉が残った。
  まるで私を導くかのように、その言葉が残っていた。

〇空
  次にきたる私よ。
  思い切り叫べ。
  苦も楽も踏みしめ、一人の人間として精一杯生きろ。
  言葉にならずとも、想うだけでいい。
  願いを込め、全身全霊で、叫べ。
「頑張りましたね! 元気な女の子ですよ!」
わたし「オギャー!!!!」
  ────天上天下唯我独尊、と。

コメント

  • 命の終わりを感じながら夢の中で思い描いていた理想の自分と出会い、夢からさめて現実の自分がいかに幸せであったかと自覚したながれが、そばにいる愛する家族とのやり取りからとてもよく伝わってきました。

  • 人が最期に見る夢…って感じがしました。
    たぶん平凡の中に幸せは込められていて、すごくなくても子供にとっては親であり、孫にとっては祖父母であり、それ自体がすごいことなんだな、と思いました。

  • 人は人生の最終には何を思うのか。これまで生きてきた人生の中で良かった事、悪かった事の懐古。これからどうなるのか。奥が深いお話でした。

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