隣の女

熊澤 孝(Kumazawa Ko)

隣の女(脚本)

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〇安アパートの台所
  ──その"女"は、夕方にやってきた。
  すみません、住田と申します。
  この度、隣に越してきまして。
  中年と思われる女性の声が聞こえてきた。
  「今出ます」と返事をして、玄関のドアに近づくと女はこんなことを言い出した。
  いえ、そのままで結構です。
  私、今すっぴんで。
  「そうですか」と返事をして、ドア越しに僕も自己紹介しようとした。すると
  野呂さんですね。
  表札に書いてあるわ、よろしくね。
  野呂さんってかっこいいんですね。
  「え?えっと」
  昼間に見かけたわ。
  背は低めだけど、目鼻立ちがはっきりしているのね。
  おいくつなの?
  当てましょうか。
  28歳でしょ。
  当たっていた。
  当たりね。
  私、こういうの自信あるのよ。
  野呂さんは、彼女はいらっしゃるの?
  野呂さんほどの顔立ちなら、女性たちからモテるでしょうね。
  あぁ、野呂さんの彼女が羨ましいわ。
  こんな美形な男性と付き合えるなんて。
  残念だわ、すっぴんじゃなければ野呂さんのお顔をよく拝見できたのに。
  でも私だって、それなりに美形なのよ。
  スカウトだって何度もされたことがあって、映画にも出演したことがあるのよ。
  私の顔ってね、鼻が高くて
  目も大きくて、
  まつ毛も長くて、
  唇は綺麗な桜色なの、
  女の話はエスカレートしていった。
  そうそう、口元にはね、小さなホクロがあるの。
  それがセクシーだなんて、よく言われるわ。
  私、髪もツヤツヤなの。
  「すみません、これから用事があって」
  女の話を切り上げようとした。
  しかし、
  あぁ、残念だわ、野呂さんを近くで見れないなんて!
  見たい!野呂さんを近くで見たいわ!
  僕は馬鹿にされている気がして、段々と腹が立ってきた。
  「ふざけないでください!」
  私って美形だから、野呂さんとお似合いだと思うのよ!
  あぁぁ、野呂さんに私の顔を見てほしい!
  「帰ってください、警察呼びますよ!」
  見て!今すぐ私の顔を見て!
  野呂さんを見たい!
  野呂さんに見られたい!
  私って美形なのよ!鼻は高くて、
  目も大きくて、
  この女、やばい。
  まつ毛も長くて、唇は綺麗な桜色。
  そうそう!口元には小さなホクロがあってね、
  スカウトだって何度もされたわ!
  映画にも出たのことあるのよ!
  あぁ、野呂さんのお顔を拝見したいわぁ!
  野呂さんの彼女が羨ましいわぁ!
  美形な私と野呂さんってお似合いだと思うのよ!
  あぁ!野呂さんに見てほしい!見られたい!
  「いい加減にしろ!」
  僕は玄関のドアを開けた。
  その”女”には、首が無かった。

コメント

  • 見えないもの、か見て怖いものか。
    スチルで怖い顔を出すことも出来たので、どちらに触れるか楽しみにしながら最後確認しました。

  • 予選通過おめでとうございます!
    キレのいい短編ホラー小説を読んでる感じでゾクゾクしました。
    思い切った表現が素晴らしいと思います!!

  • 途中までは緩やかなのに、後半から一気にスピードが上がっていく、引き込まれるお話でした。ラストの切れ味もよく、とても楽しめました。

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