明日、見ず知らずの君とデートをする。

たぶちきき

スクランブル交差点の真ん中で(脚本)

明日、見ず知らずの君とデートをする。

たぶちきき

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〇渋谷のスクランブル交差点
彼「ね、デートしようよ」
  そういう彼は満面の笑みを浮かべていた。
  天気は晴れ。
  絶望的な状況に似合わず、清々しいまでの晴天だった。
  デートをするには完璧な日かもしれない。
  だが、普段人で賑わう街には人っ子一人いない。
  私と。
  彼以外。
  ここには私たち二人しかいない。
私「なんで」
  私は投げやりに言う。
  彼はそんな私に対して嫌な素振りを見せることなく、変わらず笑顔を張り付けたまま言った。
彼「こんな状況だからね」
  だからこそ、そんな場合ではないだろう。
  私はひっそりとため息を吐いた。
私「私、あなたのこと一ミリも知らないけど」
彼「俺だって君のこと知らないよ」
私「今さっき出会ったばかりだしね」
彼「うん。交差点の真ん中で寝てるからびっくりしちゃった」
  あはは、と彼が楽しそうに笑う。
私「誰も咎める人いないし、いいじゃない」
彼「うん、いいと思う」
彼「今日は天気がいいしね。昼寝するにも、デートするにも最高の気候だ」
彼「で、どう?」
私「だからしないわよ」
彼「えー、絶対楽しいのに」
私「楽しくない」
彼「どうせ暇でしょ?」
私「・・・デートって好き同士でやるもんでしょ?」
彼「デートは待ち合わせして出かける、って意味だよ」
  そう言った彼は得意げな顔をしていた。
私「・・・屁理屈」
彼「君もね」
私「・・・そもそも待ち合わせすらしてないし。交差点で寝っ転がっていた私を見つけて、ナンパしてるだけでしょ」
彼「たしかに!」
彼「ナンパだね、これ!」
  あはは、とまた笑う。
  私は彼に聞こえないように舌打ちをした。
彼「それで、君はどこに行きたい?」
私「・・・誰も行くって言ってないんだけど」
彼「いいからいいから」
  まるで子供に言い聞かせるような口調で私をいなすと、彼は私の隣に座り込む。
彼「俺は水族館が良いなぁ」
彼「一度、デートで行ってみたかったんだよ」
私「水族館・・・」
私「もう管理する人もいないし、死んでるんじゃない・・・」
  そこまで言って、あ、と気づく。
私「そうか。水族館に行けば魚を食べられたのか・・・」
彼「うわ! 君、デリカシーないね!」
彼「それデート中に言っちゃいけないやつだよ?」
彼「君は水槽の中で優雅に泳ぐ魚を見て美味しそうとか平気で言うタイプ?」
私「仕方ないじゃない」
私「ここしばらく缶詰しか食べてないし」
私「それに管理する人がいないと水槽だって汚れるし、餌だってありつけない」
私「死んじゃうくらいなら食べちゃった方が有意義だわ」
彼「なるほど」
  彼が納得したように頷く。
彼「君は随分と現実主義なんだね」
  なんだか褒められている気がしない。
私「悪い?」
彼「いいや、悪くない」
彼「よし、じゃあさ。明日水族館に行こうよ」
私「明日?」
  なんで明日? と首を捻る。
彼「だってデートするんだよ?」
彼「オシャレしてさ、待ち合わせしようよ」
私「なにそれ・・・」
彼「デートって、そういうもんだろう?」
  そう言って彼は得意げに笑った。
  無性に腹の立つ顔だ。
彼「よし! そうなったら俺、服見に行こうかな!」
私「いや、私まだ行くなんて言ってないし」
彼「大丈夫!」
彼「俺、バイク運転するし」
彼「水族館がダメだったら遊園地とかどう?」
  どう、って言われても・・・
  頭が痛くなってきた。
私「なに言ってんのあんた・・・」
彼「へ?」
  とぼけているのか。
  それとも天然なのか。
  きょとん、とした顔が鼻についた。
私「こんな状況で、見ず知らずの奴とデートしよう、なんて」
私「頭おかしいんじゃない?」
彼「そうかな。それに少なくとも見ず知らずの他人ではないよ」
私「私はあなたの名前すら知らないし、あなたも私のこと知らないでしょ?」
彼「そんなこと重要じゃないよ」
私「デートの相手なのに?」
彼「そんなものいつだって知れる」
彼「俺たちはまだ生きてるんだから」
石塚 啓士「俺は石塚啓士」
石塚 啓士「君の名前は?」
  こいつまじか。
  と私は絶句した。
私「・・・」
私「・・・天利このみ」
石塚 啓士「このみ! 良い名前だ!」
  そう言って、石塚啓士はにかりと笑う。
石塚 啓士「確かに俺たちは見ず知らずの相手だ」
石塚 啓士「でも、他人ではないよ。だって、俺たちは──」
石塚 啓士「たった二人の生き残りなんだからさ」
  くしゃりと表情が歪んだ。
私「・・・」
  その顔からどうしようもない寂しさが伝わってくる。
  あぁ、そうだ。
  私は途端に理解した。
  人類は滅亡した。
  私と。
  彼を残して。
  だが、彼はそれでも前向きに生きようとしているんだ。
  確かに私たちは見ず知らずの他人だった。
  だけど、もう他人ではないのだ。
  私たちには人類唯一の生き残りという深い縁がある。
石塚 啓士「もう一度言うよ」
  そっと彼が呟く。
石塚 啓士「このみ。俺とデートしよう」

〇黒
  人類は
  滅亡した。
  私たち、たった二人を残して。

〇渋谷のスクランブル交差点
  人気のない街並みは異常で、

〇おしゃれなリビングダイニング
  日々の食事は缶詰が増えた。

〇教室
  一緒にご飯を食べる相手だっていない。

〇黒
  きっと私たちが死ぬのだって時間の問題だ。
  それでも、私はまだ生きている。
  彼も生きている。
  理由なんてきっとそれだけでいい。
  だから
  私は明日、見ず知らずの君とデートをする。
  完

コメント

  • この状況がもし自分の身に降りかかったら・・と想像してみました。ぞっとします。ただ彼女とは違って、やっと見つけたもう一人の生存者ともっと何かを共感しあいたいと思いました。

  • 二人きりで残されたディストピアの中、明るい彼とあきらめた彼女の対比が光ってます。
    こんな中でも明るく未来を見ようとしている彼に、人間らしさと、そうでないものを感じました。

  • 地球上にたったふたりになってしまっても、前向きに明るく生きていこうというふたりを見ていると、勇気がでて前向きな気持ちになれました。希望ってどんなときも大事だな。ここから恋が、うまれるのかななんて想像しちゃいました♪

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