楽園を出る日

笹川誉

エピソード1(脚本)

楽園を出る日

笹川誉

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〇幻想
  今日も私は目覚める。
  愛しい弟の隣で。
フローラ「おはよう」
フローレンス「おはよう、姉さん」
  ここにはなんでもある。
  ごはんも、寝るところも、愛しい弟も。
  でも私たちは明日、ここを去らなければいけない。

〇暖炉のある小屋
フローラ「・・・本当に、明日なの? もっと遅くても・・・」
フローレンス「だめなんだよ、姉さん 『あいつら』が呼んでるから」
  『あいつら』。
  弟は数か月前から、なにかの気配を感じるようになった。
  誰かに手を引かれるようにふらふらとどこかへ行こうとしたり、
  声が聞こえる、今肩を叩かれた、と言い出したり。
  ここを出ようと言い出したのも『あいつら』の影響なのだろう。
  ここで二人、私とフローレンスがいれば他に何もいらないのに。
  いつものように、じいやがごはんを運んでくる。
  私と弟が向かい合って座り、それを口に運ぶ。

〇暖炉のある小屋
  いつもと同じ日常は、突風によって壊れた。
  いや、風ではないかもしれない。もっと他の何か、とてつもない力に引っ張られるような、
  ――ここから出ていけと言われているような。
  ぞっとした。
  今まで私たちを優しく包み込んでくれていた楽園が、突然牙を剝いてきたというのだろうか。
フローラ「そんな、明日なんじゃ・・・」
フローレンス「・・・あいつら、勝手だから」
フローレンス「行こう、姉さん。行くしかないんだ」
  私と弟は手を繋いで立ち上がった。
  食べかけのパンが床に落ちたけれど、拾う人はいなかった。

〇村に続くトンネル
  狭く曲がりくねった道を、二人で歩く。
  獣の唸り声のような音が、遠くから聞こえてくる。
  もうどれくらい歩いただろう。
  その時、ぐい、と誰かに腕を引かれた。
フローラ「な、何!? 離して!」
  力が強くて、抗えない。
  暗い道の奥、先の見えない闇の中へとどんどん引きずられる。
  これが、弟の言っていた『あいつら』?
  弟はいつも、こんな恐怖と戦っていたの?

〇村に続くトンネル
  その時、私を引っ張っていた力が急に弱まった。
  代わりに、弟を引きずる力はさらに強くなったように見える。
フローレンス「・・・ここから先は、ひとりでないといけないみたい」
フローラ「そんな・・・!」
  この恐怖の中、片割れまで失ってしまったら、私はどうすればいいの?
フローレンス「僕が先に行くよ」
フローラ「そんな、何が起こるかわからないのに・・・!」
フローレンス「大丈夫、男の子だから」
フローラ「何言ってるのよ、こんな時ばっかり・・・!」
フローレンス「フローラ姉さん、」
フローレンス「愛してるよ」
  弟は笑って、闇の中に飲み込まれていった。
フローラ「フローレンス!!」

〇村に続くトンネル
  しばらく、茫然と座り込んでいた。
  けれども震える膝で立ち上がり、先の見えない道に足を踏み出す。

〇村に続くトンネル
  道は暗くて、狭くて、ぬかるんでいる。

〇村に続くトンネル
  その時、遠くに光が見えた。
  私は必死に手を伸ばし、その光を目指した。
  瞬間、突然目の前が明るくなる。
  私は声にならない叫びを上げた。
  フローレンス・・・!

〇黒背景
  ほぎゃあ、ほぎゃあ・・・!

〇手術室
看護師「うん、女の子も出てきました!」
看護師「よかったですねー、かわいい双子ちゃんです!」
医師「男の子の方が先に出てきたから、お兄ちゃんと妹ってことになりますねー」
医師「お名前はもう決めてるんですか?」
母親「ええ、『健太』と『康子』です!」
看護師「素敵です!」
医師「がんばりましたね、花山さん!」
  どういうこと? ここはどこ?
  私と弟だけの楽園はなくなってしまったの?
  弟を返して!
  私は声の限り叫び続けた。
医師「おっ、妹ちゃん元気ですね~!」
母親「ふふ、赤ちゃんは泣くのが仕事ですからね」
  私の叫びが、むなしく部屋に響き渡っていった。

コメント

  • 最初は怖い話系のような導入でしたが、最後まで読むとほっとしました。笑
    赤ちゃんは胎内にいる時って、こんな感じなのかなぁと思いました。
    ずっとお母さんに守られてますものね。

  • 着眼点が面白くこのような作品は読んだことがなかったのですごく楽しかったです!産まれてくるのではなく、すでに母胎の中で感情が育っている、素晴らしかったです。

  • お腹にいる胎児が感じる心地良さが伝わるとても素敵なお話でした。生まれてからではなく、母親の体の中ですでに感受性が育っているのだと感じさせてくれました。

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