読切(脚本)
〇立派な洋館
その夜、資産家・郷原徳一郎の屋敷に佐織と秀光が駆けつけていた。主治医から「今夜がヤマだ」と連絡があったからである。
松川佐織「あの女のこと何かわかった?」
郷原秀光「駄目だ。色々調べたが住所すらわからなかった」
『私の全財産を平井サトミとその産みの親に譲渡する』
佐織と秀光は先日通達されたこの徳一郎の遺言に不満を持っていた。
松川佐織「産みの親に関しては?」
郷原秀光「全く謎だよ。オヤジの中学校の同級生に平井里美という名前があったが、若い女では無い」
〇洋館の廊下
徳一郎の部屋から声が聞こえる。
徳一郎の声「サトミ! サトミ!」
サトミの声「徳一郎さん、私はここにいますよ」
徳一郎の声「ああサトミ。ずっと私のそばにいておくれ」
サトミの声「大丈夫、ずっとそばにいますから」
松川佐織「いい年して情けないわね」
郷原秀光「オヤジのやつ、完全にあの女に心酔している」
松川佐織「あの女、可愛い顔しているけどどこか冷たく人間味に欠けている感じなのよね」
郷原秀光「我々には挨拶もない無礼な女だ」
徳一郎の部屋から智明が出て来た。
郷原智明「あ、来てたんだ」
松川佐織「当然でしょ、最後かもしれないんだから」
郷原秀光「平井サトミにも話がある」
郷原智明「少しは気を遣ったら? 二人の邪魔をしないことが親孝行だよ」
〇洋館の一室
松川佐織「何が親孝行よ、自分は引きこもりのくせに」
郷原秀光「俺はオヤジに言われた通り、自力で会社を起業させて成功した。十分親孝行をしたつもりだ」
松川佐織「私だってお父さんの言われた通りの相手と見合い結婚したわ。夫を支えて今では社長夫人よ」
郷原秀光「そういえば久しぶりに智明と会話をしたな」
松川佐織「以前は長髪でひげもそらず世捨て人のようだったけど、幾分まともになったみたい」
郷原秀光「いつまでもオヤジのすねをかじっていられないと自覚したんだろ」
松川佐織「目利きに優れたお父さんも、智明を見る目はなかったみたいね」
郷原秀光「俺ではなく智明に会社を継がせようとしていたたからな。とんだ期待外れだったな」
松川佐織「智明が引きこもったのは母さんが亡くなった後だったわね」
郷原秀光「母さんが理由ではないよ。智明はオヤジに懐いていたから。高校入学してすぐだったから学校が嫌になっただけだろ?」
松川佐織「あれから20年。あの子、これからどうする気かしら?」
郷原秀光「遺留分として九分の一の財産は受け取れる可能性があるから、それで細々暮らす気かもな」
松川佐織「智明に相続させるのも不満だけど、半年前に突然現れたあの女に全財産を譲るなんて絶対納得できない」
郷原秀光「当然だ。よし、あの女に相続を辞退するように迫ろう!」
〇洋館の廊下
徳一郎の部屋に向かう佐織と秀光は部屋から出てくる平井サトミの姿を目撃する。
サトミはそのまま智明の部屋に入っていった。佐織と秀光は智明の部屋のドアを叩いた。
松川佐織「智明、開けなさい!」
郷原秀光「今あの女が部屋に入ったのを見たぞ! あの女と話がしたい」
郷原秀光「あの女を出せ」
郷原智明「今充電中だよ」
松川佐織「充電? まさかあなたたちそういう仲なの?」
郷原智明「充電は充電だよ。いいよ、中に入れば?」
〇実験ルーム
研究室のような部屋にあるカプセルの中に平井サトミは入っていた。
サトミは智明が作ったアンドロイドであった。
郷原秀光「信じられない、これがアンドロイドだなんて」
松川佐織「表情が冷たく人間味が欠けたように感じた理由がわかったわ」
郷原智明「やっぱりそう感じたんだね。俺も納得してなかったけど、父さんがこれで十分だって」
郷原秀光「もしかしてオヤジに依頼されたのか?」
郷原智明「20年前、母さんの四十九日の法要が終わってしばらくしてからだった」
〇幻想空間
平井里美は徳一郎の同級生だった。互いに惹かれ合い、徳一郎は里美と将来結婚することを心に決めていた。
ある時徳一郎に見合い話が来た。すると突然里美が徳一郎の前から姿を消した。徳一郎は里美の行方を探すが見つからなかった。
その後徳一郎は見合い結婚した。しかし結婚後も徳一郎は里美のことを探した。そして里美の手掛かりを掴んだ。
里美は病死していた。里美は自分の運命をわかっていたから徳一郎から離れていったのであった。
里美の思いを知った徳一郎は家族のために必死に生きてきた。
〇実験ルーム
郷原智明「母さんが他界して、平井里美への秘めた思いが甦った父さんはアンドロイド製作を俺に持ち掛けた」
郷原智明「母さんではなく平井里美ということだったので複雑だったけど、俺の才能を見込んだ父さんの期待に応えることにした」
郷原秀光「高校が嫌で引きこもったわけじゃなかったのか」
郷原智明「退屈な高校の授業よりよっぽどやりがいがあったからね」
松川佐織「期待外れどころかお父さんの期待にしっかり応えていたってわけね」
郷原智明「とにかく間に合ってよかった。半年だけでも平井サトミと一緒にいさせてあげられた」
郷原秀光「平井サトミとその産みの親、つまりは智明に全ての財産を譲渡するってことか。それなら納得だな」
松川佐織「ええ。智明はそれだけのことをした。お父さんのために青春を全て費やしたわけだから」
郷原智明「あ、充電完了した。せっかくだから4人で父さんのそばにいてあげよう」
松川佐織「賛成」
郷原秀光「そうしよう」
翌朝穏やかな表情で徳一郎は息を引き取った。
3人ともすごく親思いで、優しい方達なんだなあと感心しました。真実を知っても、相続させろという人がいてもおかしくないと思うのですが、すんなり納得したのは本当にお父さんの想いを汲んでいるからこそなんだろうなと思います。
高度なテクノロジーもこういう使われ方が増えていくと本当に私達の生活、社会に欠かせない存在になり得ますね。お話の中に、色々な形の『愛』を感じました。
はじめは相続に関するサスペンスかと思いましたが、まさかの展開で温かいエンディングになりましたね。とても優しいストーリーに満足です。