エピソード1(脚本)
〇応接室
愛「おはようございまーす」
愛「・・・あれ? 優季?」
優季「んごー、んごー」
愛「もう、またソファーで寝てる」
愛「優季、起きて! もう朝よ!」
愛「ていうか、仕事の時間よ!」
優季「・・・はっ!」
優季「おはよう、愛」
愛「はい、おはよう」
愛「また家にも帰ってこないで何してたの?」
優季「何って決まってるじゃないか」
優季「探偵といえば情報収集だろ?」
愛「情報収集ねえ」
愛「週刊誌とスポーツ新聞とネット掲示板で?」
優季「・・・ごめんなさい」
愛「まったく。それより、もう事務所を開ける時間よ」
優季「やべっ、もうそんな時間か」
優季「・・・まあ、今日は予約もないし。急がなくていいか」
愛「えー、飛び込みのお客さんは?」
優季「いないいない。このご時勢、普通は電話でアポとるさ」
優季「こんな零細な探偵事務所に飛び込みで来るようなやつ、面倒くさいに決まって──」
ピンポーン
優季「・・・顔洗ってくる」
愛「相談室にお通ししておくね」
〇おしゃれな廊下
愛「はーい、いらっしゃいませー」
愛「・・・あら?」
?「おはようございます」
愛「はい、おはようございます」
愛「何かご用?」
愛「お父さんかお母さんは?」
?「お母さんはおでかけしました。お父さんは・・・」
優季「おーい、愛? お客様は?」
?「あ」
優季「ん? 子ども?」
?「この人が、お父さんです」
優季「は?」
愛「え?」
愛「・・・優季? どういうこと?」
優季「待て待て、誤解だ! そんなわけない!」
優季「話を聞いてくれー!」
〇応接室
優季「で、キミ。名前は? 何歳?」
蒼汰「蒼汰、5歳です」
優季「なあ蒼汰。さっきのお父さんって何だ?」
蒼汰「それは、ぼくのお母さんが」
蒼汰「ここにいる男の人がぼくのお父さんだって」
優季「ちっ、元凶はそいつか」
優季「蒼汰、お母さんをここに連れてこい。説教してやる」
蒼汰「お母さんは来てないです」
優季「何? じゃあ家にいるのか?」
蒼汰「いないです」
愛「お仕事?」
蒼汰「お母さん、お仕事してないです」
蒼汰「今はどこかに遊びに行ってます」
優季「なんだと? 5歳の子どもを放っておいてか?」
蒼汰「いつものことです」
優季「──おい、愛」
優季「・・・ネグレクトか」
愛「どうする? 警察に連絡した方がいいかな?」
優季「んー、まあそうなんだろうが」
優季「俺としては直接文句を言ってやりたい」
愛「蒼汰くんのために?」
優季「ちげーし! 俺が迷惑してるから一言言ってやりたいだけだ!」
愛「はいはい」
愛「蒼汰くん、お待たせ」
愛「私たち、蒼汰くんのお母さんとお話したいな」
愛「どこにいるか分かる?」
蒼汰「ごめんなさい、わからないです」
優季「しゃーねえ。おい、蒼汰」
優季「お母さんとよく行く場所があれば教えてくれ」
蒼汰「よく行く場所ですか? えっと・・・」
〇レトロ喫茶
優季「ここか?」
蒼汰「はい、時々お母さんに連れてきてもらいます」
愛「喫茶店、だけど・・・」
愛「周りはお水系のお店が多いね・・・」
愛「それでかな、深夜まで営業してるみたい」
優季「おい、蒼汰。ここ、お母さんの好きな店なのか?」
蒼汰「わからないです」
蒼汰「お母さんは何も頼まずに、すくどこかへ行くので」
優季「どういうことだ?」
蒼汰「いつも夜に来て、ぼくはここでお母さんを待ってます」
蒼汰「お母さんは色んな男の人と仲良くなりに行ってるみたいです」
愛「あー、そうなんだ・・・」
優季「ちっ、子どもを置いてホスト遊びか?」
優季「全く、ロクでもねえ──」
愛「優季、ストップ!」
優季「・・・すまん」
愛「でも、なんでわざわざ蒼汰くんを連れてくるんだろ?」
優季「それは──」
蒼汰「ぼく一人でずっと家にいたら、警察とかジソウ? とかが面倒くさいって」
蒼汰「お母さんが言ってました」
愛「・・・へー、そっかー」
優季「・・・軽く店員に聞き込みしてくる」
愛「・・・蒼汰くんは、ここでお母さんを待つの嫌じゃないの?」
蒼汰「はい。いつものことなので」
愛(本当に何とも思ってないみたい)
愛(それがいつものことで、当たり前になってしまってるのかな)
愛「そうだ。せっかくだし何か頼もうか」
愛「蒼汰くんは何にする?」
蒼汰「でも、ぼくお金持ってません」
愛「そんなの気にしないで」
愛「何でも好きなの頼んでいいよ」
蒼汰「でも、ぼくが二人に迷惑をかけてるので・・・」
優季「そのとおりだな」
愛「優季! どうだった?」
優季「大した収穫はなし」
優季「蒼汰と母親がよく来てるのが嘘じゃないってことくらいか」
愛「そっか。じゃあ他の場所を探しに行こうか」
優季「そうだな。だがその前に──」
店員「お待たせしましたー」
優季「おっ、来た来た!」
優季「ここの看板メニューらしいんだよ、このパンケーキ!」
優季「いただきまーす」
愛「待って、蒼汰くんのために頼んだんじゃないの?」
優季「あん? さっき蒼汰も自分で言ってたろ?」
優季「こっちは迷惑かけられてるんだから、気を使わなくていいんだよ」
ぱくっ
優季「──あまっ! 甘すぎる!」
優季「俺、もういいや」
優季「残すのも店の人に悪いから、残りはおまえらで食ってくれ」
蒼汰「え?」
優季「ほら、早く次に行きたいんだから、さっさと食っちまえ」
蒼汰「は、はい」
愛「優季・・・」
優季「な、なんだよ・・・」
愛「優季のそういうとこ、私好きだなぁ」
優季「なっ──」
優季「訳分かんねーこと言ってないで、愛も食えよ!」
優季「子どもが一人で食うにはちょっとデカすぎるし」
愛「はいはい」
優季「ったく」
優季「ところで蒼汰、次はどこだ?」
蒼汰「えっと、次は──」
〇遊園地の広場
優季「遊園地?」
蒼汰「はい」
愛「へー、蒼汰くんはいつも何に乗るの?」
蒼汰「あ、えっと・・・」
優季「おい、まさか──」
蒼汰「いつものことなので。気にしないでください」
愛「蒼汰くん・・・」
優季「はいはい、さっさと母親探しに行くぞー」
優季「おい、蒼汰。覚悟しとけよ?」
優季「今日は蒼汰が乗れるやつ全部乗るからな」
蒼汰「え、でも」
優季「でもじゃねーよ」
優季「母親がどこにいるか分からんし、顔を知ってるのは蒼汰だけだからな」
優季「探せるところは全部探すんだよ」
優季「お、最初はこれどうだ? いもむしコースターだって。3歳からいけるぞ」
蒼汰「・・・はい!」
〇遊園地の広場
優季「あー疲れた」
愛「ほんとに全部乗ったねぇ」
蒼汰「あ、あの・・・ありがとうございました」
優季「だから、別に蒼汰のためじゃねーし。母親探しのためだ」
優季「・・・結局見つからなかったな」
蒼汰「あ、ごめんなさい・・・」
優季「別に蒼汰のせいでもねーよ」
優季「ったく、どこにいるんだか」
愛「ふふ」
愛「優季、髪濡れてるよ」
優季「最後の水かけイベントか、くそ」
ぐいっ
蒼汰「あ」
優季「ん?どうした?」
蒼汰「お兄さんの顔、初めて見た気がします」
愛「ずっと前髪で隠れてたもんね」
愛「ていうか隠してるんだけど」
蒼汰「なんでですか?」
優季「いろいろあんだよ」
愛「いろいろあったのよ」
???「あ! 見つけた!」
蒼汰「あ・・・お母さん」
優季「なに!?」
蒼汰の母「やっぱりスゴいイケメン!」
愛「さっき『見つけた』って」
愛「蒼汰くんじゃなくて優季のこと?」
蒼汰の母「は? あんた誰?」
蒼汰の母「そうよ、決まってるじゃない」
蒼汰の母「こんなイケメン、そうそういないわよ」
蒼汰の母「でも、髪で顔隠れてて確証が持てなかったからコイツに探らせてたんだよねー」
蒼汰「・・・」
優季「コイツ、だと・・・?」
蒼汰の母「コイツでいいのよ」
蒼汰の母「大体、子どもが出来たのも予定外だったし」
蒼汰の母「いい男捕まえるのにも邪魔でほんとメーワク」
蒼汰の母「あ、でもアナタがコイツのこと気に入ったのなら、パパになってくれてもいいわよ」
愛「何てことを・・・」
蒼汰「──っ」
蒼汰「うぅ・・・うっ・・・」
愛「蒼汰くん・・・」
蒼汰の母「はー、ガキはすぐ泣くからイヤなのよ。鬱陶しい」
優季「ふざけんな!」
蒼汰の母「ひっ」
優季「今日一日、ずっと平気な顔をしていた蒼汰を・・・」
優季「こんな、声を殺して泣かせるような、てめえなんて母親じゃねえ!」
優季「パパだと? ああ、なってやるよ!」
優季「ただし、てめえはいらねえ!俺が引き取る!」
蒼汰の母「な・・・」
優季「あと言っとくがな。俺は──」
優季「俺は──女だ!」
蒼汰「え・・・」
蒼汰の母「ええええ!」
〇応接室
優季「ただいまー」
愛「おかえりー」
優季「とりあえず手続き関係は終わったかな」
優季「まあ細かいことはまだまだあるんだろうが」
愛「お疲れ様」
愛「それはおいおい考えていきましょ」
蒼汰「あの・・・」
蒼汰「ほんとに良かったんですか? ぼくを養子にしても」
優季「いいんだよ」
優季「悪かったな、蒼汰に確認せずにあんなこと言っちまって」
蒼汰「ぼくは全然いいんです」
蒼汰「お二人のこと大好きなので」
愛「きゃー、私も蒼汰くん大好きー!」
優季「俺は女だけど、こんなだしな」
優季「将来結婚して子ども生んで、なんてことはないから」
優季「手に入らないはずだった宝物が来てくれたんだ」
優季「だから・・・いいんだよ」
愛「きゃー、優季も大好きー!」
優季「おわっ!」
愛「ほら、蒼汰くんも」
蒼汰「え・・・」
蒼汰「は、はい!」
優季「うおっと!」
・・・
優季「はー、しかしあれだな。 アポなしの客はもうこりごりだ」
優季「面倒くさいことになるに決まって──」
ピンポーン
優季「・・・今日、予約は?」
愛「・・・ない、ねえ」
優季「ということは・・・」
ピンポーン
蒼汰の父親になるけど、お前はいらない!というセリフが胸を打ちました。こういう母性のない女性もいれば、母性以上の深い愛情をもつジェンダーもいるのだと、前向きな気持ちにさせられました。
最後、優季の正体には度肝を抜かれました。実写は無理があるので小説ならではのどんでん返しですね。子供に本当の愛情を注げる人ならパパでもママでも関係ないですもんね。それにしてもこの探偵事務所、こんなんで経営は大丈夫なのかな。