そして勇者は闇堕ちする

夜道に桜

エピソード1(脚本)

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〇魔物の巣窟
  その男は民から勇者と呼ばれていた。
  国中の村々が魔物に襲われ、人々がそれに対抗する手段が武力的に圧倒的に無かった時代で、
  唯一といっても過言ではない程、
  彼ぐらいしか魔族に対抗できる力を持っている者はいなかった。
  元々、彼は高貴な身分という訳ではなく、平民だった。
  彼は別段、自分から勇者などになりたかった訳ではなかったが、
  彼の信念に基いた行動が人々に崇められて結果的にそうなった。
  弱気を助け、強気を挫く——彼の信念だった。

〇謁見の間
  彼の名声が国中に浸透し始めたころ、彼は国王に呼び出された。
  用件は、やはり魔物に関してだった。
  長らく国民の生活を脅かす存在である彼らを根絶やしに――。
  さずれば、褒美として王女を妻として与える――。
  平民の彼に対する破格の申し出。
  だが、彼には恋人がいたので、魔族討伐の件だけを引き受けて、褒美はいらないと申し出た。
  国王は彼の返答に心を打たれたが、王女は酷く憤慨した。
  彼女は自分の容姿にも絶対的な自信を持っていたし、何より身分が高いことも誇りにしていた。
  だからこそ、最初彼の言っていることが理解できなかった。
  平民の分際で、自分との婚姻話を退けるなんてあり得ない、私が拒否することがあってもされることはない、と。
  何より王女は勇者の容姿に一目惚れをしていた。
  屈辱の極み。
  王女は腹が煮えくり返る思いだった。
  そして決意した。
  彼を恋人から奪うと。

〇荒野
  勇者には恋人がいた。
  名をシスリーといった。
  シスリーは薬師だった。
  勇者も人の子である。
  幾多の戦場を駆け巡り、戦闘後に負傷した彼を癒すべく、
  シスリーは薬草をバッグに入り切れない程に詰め込んで、彼と共に魔物討伐の旅路に同行していた。
  シスリーは王女と比べると決して容姿が勝っているとは言えなかったが、勇者同様に心優しき乙女だった。
  優しすぎたともいえるが。
  困っている人がいるとどうしても見過ごすことが出来ず、
  それが原因で悪人に嵌められることも多々あり、勇者に注意されることもあった。
  だけど、そんな所が勇者は好きだった。
  勇者もシスリーの事が好きだった。

〇基地の広場(瓦礫あり)
  城に呼び出されてから半年が経過した頃。
  勇者とシスリーは、息のつく暇もないほど、魔物との戦いに明け暮れていた。
  勇者はやはり「勇者」という名に恥じず、絶対的な力を持っていて、次々と魔物を駆逐していったが――数が多すぎた。
  いくら倒してもキリが無く、肉体的な疲労よりも心が疲弊していた。
  この戦いに終わりはあるのか、と。
  モチベーションも次第に低下し、それが影響して、勇者は格下の魔物に右腕を持っていかれてしまった。
  深手であり、とてもとても完治させるのはシスリーには不可能だった。
  出血をどうにかして抑え込むのが精一杯。
  勇者はその日から利き手ではない方の腕のみで、魔物と戦わざるを得なくなってしまった。
  これは明らかに戦闘に影響を及ぼし、今まで容易に倒してきた相手でも、一苦労することになり、
  腕を失う前の半分も力をふるうことは出来なくなっていた。
  今まで、勇者のサポートしかせず、戦闘には一切関与してこなかったシスリーも、戦いに介入するようになった。
  ――主に、自分の身を守るために。
  じりじりと身は削れていく。
  
  一度休息を・・・・・・。
  タイミング良くというべきなのか、二人の元に一通の手紙が届いた。
  ――王女が病にかかった。至急、城に戻るべし。
  床に臥す王女の看病をシスリーに求める内容が延々と連ねられており、二人は半年ぶりに城に帰還した。

〇貴族の部屋
  王女の病状は余程重いのか、面会謝絶ということでシスリーだけが王女の部屋に呼ばれた。
  勇者は仕方がないので、その間部屋の外で待っていたが、どうにも視線が痛い。
勇者「・・・」
  『違和感』
  
  その目線は、決して羨望や尊敬といった類のものではない。
  ――片腕を失った勇者への同情。
  気持ちが悪い。
  シスリーが看病を終えれば、直にでも城から立ち去りたい。
  そう考えていた勇者だが、突然断末魔のような王女の悲鳴が聞こえた。
  何があった、と思う間もなく体が勝手に反応し、周囲の制止も無視し、王女の部屋に乗り込んだ。
  ――ベッドの上で激しく咳き込む王女と、何人もの侍女らに床に組み伏せられるシスリーが。
  事情を呑み込めない勇者だが、先に足を向けたのは押しつぶされているシスリーの方だった。
  侍従らからシスリーを引き離し、彼女を助け、侍女に事情を聞いた。
  その内容は、シスリーが王女の看病に用いた薬に毒が混入していたという、俄には信じがたいものだった。
  シスリーも、涙で顔をクシャクシャに濡らして
シスリー「私はやってない!」
  と勇者に必死に訴えた。
  勇者も彼女がそんな事をするなんて、これっぽっちも考えておらず、何かの間違いだと弁護した。
  しかし、聞き届けられることはなく、シスリーは王女暗殺未遂の疑いで、城の地下牢に投獄され、
  そして形ばかりの裁判で永久に幽閉されることが決まった。

次のエピソード:エピソード2

コメント

  • 随分現実離れしているはずの物語が、人間の心情ということにフォーカスされ、とても身近なものに感じました。男と女、嫉妬はどの時代、どの国においてもなくなることはないですね。続きもですが、結末がすごく気になります。

  • 隻腕の勇者が闇堕ちするストーリーとは、ドラマチックですね。愛する人を陥れられ奪われた人間が復讐を誓って悪魔に魂を売る羽目になるのでしょうか。好青年の勇者がどのように変貌していくのか興味津々です。

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