〇高層階の部屋
　　彼の名は暦。ごく普通の大学生だ。
　　通う大学は一流大学だが勉強は訳あってそれほど出来ない。
　　強いて他の人と違うところをあげると・・・
　　家が超大金持ちということだろう。
石井「暦、大学はどうだ」
暦「周りも講義もレベル高くて苦労してるよ。 だから俺は兵盆大学に行こうって行ったのに・・・近いし」
　　兵盆大学は偏差値30だが徒歩で通える。暦はここに通うつもりだった。
石井「ならん！ お前には東方大学で主席を務めてもらわねばならん！ なにせお前は・・・」
石井「石井グループの長男なのだからな！」
　　石井グループ。戦前から日本を影から牛耳ってきた財閥だ。
　　戦後も日本、いや世界有数の超巨大グループとして知られている。
　　その石井グループに生まれた暦は愛を注がれ、お金には一切不自由のない生活をしてきた。
　　小学生の時にはクラスメイト全員にゲーム機をあげた。友達とは専属のドライバーを呼んであちこち出かけた。
　　中学の時には1000万円のダイヤモンドの指輪を好きな子にプレゼントした。
　　高校生の時にはいじめられっ子を助けるために高校を親に買い取って貰って不良を成敗し、独裁政権を敷いた。
　　暦には金銭感覚というものが無かった。
　　暦自体はごく平凡と言えるがそれでも親は暦への投資を躊躇わなかった。
暦「あっそうだ、ミホがあのブランドのバッグ欲しいって。あとエミがホテルの最上階泊まりたいって。それと友人が・・・」
暦「と言うわけで親父、お小遣い1000万円ほど増やしてくれ！」
石井「あぁ、分かった。 大学生活はお金がかかるからな」
暦「ありがとう、親父。 俺、親父の立派な跡取りになってみせるよ」
石井「だがそれには条件があると言っておろう」
　　条件。
　　これを満たす事が跡取りになるのに必要だった。
　　しかし石井は頑なに条件について語らない。
暦「えー、ヒントくれよ！」
石井「これだけはダメだ」
暦「ちぇー・・・」

〇渋谷のスクランブル交差点
暦「ミホ、君はほんとかわいいね」
ミホ「もう、バカ！ でも暦くんもかっこいいわよ。 ・・・ところで例のバッグは・・・」
暦「あぁ、大丈夫。 俺のポケットマネーで買ってあげるよ」
ミホ「やった！ 暦くん大好き！」
　　２人は抱き合う。
　　しかしふと暦の視界に女性が映る。
暦「（うわ、すっごい美人だな・・・俺の好みどストライク！）」
暦「な、なあ悪いミホ。100万円あげるから今日は帰ってくれないか」
ミホ「100万円!? うん、いいよ。またねー」
　　そして暦は女性に話しかける。
　　話術には自信があった。
　　もっとも金銭の絡む物なら、という条件付きだが。
暦「ねえ、そこの君！ 名前はなんて言うの？ 俺は暦！」
琥珀「え？」
暦「俺と付き合ってくれない？ 欲しい物なんでも買ってあげるよ！」
琥珀「そう言われても・・・」
暦「あぁ、もしかして彼氏いる？ じゃあこれで別れてくれない？」
　　そう言うと暦は鞄から300万円取り出して琥珀に手渡す。
暦「（完璧だな、俺の交渉術。これで理想の彼女ゲットだ！）」
琥珀「・・・あなた私を馬鹿にしてません？」
暦「あ、300万円じゃ足りなかったか。 じゃあクレジットカード１枚預けるよ。 好きに使っていいから」
琥珀「こういうのはね、お金じゃないのよ。 あなたがお金持ちでもお付き合いしたくないわ」
　　そして琥珀は去ってしまう。
暦「（・・・え？　お金さえあればなんだって叶ったのに・・・彼女は一体・・・）」

〇大学の広場
　　その後暦は琥珀の情報をエージェントに調べてもらった。
　　どうやら同じく東方大学に通っているらしい。
　　しかし苦学生で、奨学金を貰い、バイトをしてなんとか大学に通えているという。
暦「俺とは真逆だな・・・なんとか俺の財力で彼女を救ってあげたいんだが」
ミホ「暦くーん、500万円貸・し・て？」
暦「あぁ、いいよ。 俺のポケットマネーで・・・」
　　しかし暦はたまたま待ち合わせが足りなかった。
暦「あっ、悪いミホ、ちょっと足りなくて・・・」
ミホ「・・・あのさぁ暦くん。暦くんは財力以外何の長所も無いわけ。分かる？ 付き合ってあげてるの」
暦「え、でもミホはいつも笑顔で・・・」
ミホ「・・・まあいいわ。来週倍にして払って」
暦「・・・あぁ、分かった」
ミホ「しょうがないわね。 それで許してあげる」
暦「（もしかしてミホは俺じゃなく俺の財力が好きなのか・・・？）」
　　これがきっかけであった。
　　暦はふと自分になんの魅力もないことに気付いた。
エミ「暦くんおっはよー！ ちょっと500万円貸してくれない？」
暦「・・・エミ」
暦「悪いが手持ちが無いんだ。 来月なら・・・」
エミ「ふーん、そ。じゃあお別れね」
暦「・・・あぁ、そうだな」
エミ「あ、でも来月倍にしてくれるなら見捨てないであげる！ いいでしょ？」
暦「・・・いや、別れよう、エミ」
エミ「くっ、もっと利用したかったのに何よ！」

〇渋谷のスクランブル交差点
暦「あれ、あの子は・・・」
　　琥珀はボランティアとしてゴミ拾いをしているらしい。
　　暦は琥珀に話しかける。
暦「君、なんでタダで働くんだ？ 何も得られるものなんてないのに」
琥珀「あなたはこの間の── そうね、あなたには分からないかもね」
暦「なぁ、俺も手伝ったら何か分かるかな？」
琥珀「あなたが？ まあそうかもしれないしそうでもないかもしれないわね」
　　今ひとつはっきりしないが暦は手伝うことに決めた。
暦「くそ、空き缶もだがガムが厄介だな」
琥珀「無理しなくていいわよ」
暦「（思えば俺も散々ポイ捨てしたっけ。ポイ捨てってこんなに迷惑だったんだな・・・）」
　　その気になればSPを呼んで一斉にゴミを片付けることもできた。
　　しかし暦はあえてそうしようとは思わなかった。

〇渋谷のスクランブル交差点
琥珀「お疲れ様。最後までやるなんて見直したわ」
暦「まぁな。確かにお金は得られなかったが俺は大事なことに気付けたかもしれない。 君、この間はすまなかった」
琥珀「琥珀よ」
暦「え？」
琥珀「私の名前。 あなたは？」
暦「・・・俺は暦」
琥珀「そう、暦くんお疲れ様！ これ私の連絡先。何かあったら連絡してね」
暦「あ、あぁ。ありがとう」

〇高層階の部屋
暦「親父、俺やっと気付いたよ。 俺は親父の財力に頼ってるだけの無力な人間だって」
石井「・・・」
暦「俺はもう親父の財力に頼らない。 バイトもする。 そうでなきゃどんどん腐っていく気がしたんだ」
石井「・・・そうかね」
石井「お前は確かにはっきり言って特別なところは何も無い。だがそれでもいつか自分で気付くと思ってお金を与えてきた」
石井「そして遂に気付いた。条件は満たした、お前を跡取りに認めよう」
暦「親父・・・！」
暦「でも今の俺じゃダメだ。 必死に勉強する。親父の跡取りに相応しくなってみせる」
石井「・・・そこまで成長したか。 もう何も言うことはない」

〇明るいリビング
　　10年後
暦「ただいま」
琥珀「お帰りなさい、あなた。 疲れたでしょう」
暦「君がいるから頑張れるんだ」
琥珀「あなたったら！」
緋翠「お父さんおかえり！ お土産は？」
暦「ごめんな、緋翠。今月はお父さん財布がピンチでお土産買えなかったんだ」
緋翠「じゃあ十字固めの刑ね！」
　　お土産が無かったにも関わらず緋翠は気落ちしなかった。
　　それも当然だ、緋翠が本当に望んでいるのは父親と戯れる時間だからだ。
　　あのあと暦は石井グループの系列の末端に位置する企業に就いた。
　　自分は跡取りに相応しくない、もっと社会経験を積みたい。
　　そう言うと石井はしばらく悩んだのちに暦の決意が揺らがない様を見て納得した。
　　そして暦はマッチの販売員をしている。
　　家は貧しいがとても幸せな生活をしている。
　　無論暦はこの間も跡取りに相応しくなるよう勉学に励んでいる。
　　その時電話が鳴る。
暦「あぁ、親父？ いや、まだ早いって。 俺はもっと下積みを重ねるんだ」
暦「それに今が幸せなんだ」

〇高層階の部屋
石井「暦のやつめ、電話を切りおった・・・」
石井「あいつは気付いていないんだな・・・」
石井「自分がとっくに跡取りに相応しい逸材になっていることに」

〇明るいリビング
暦「琥珀は本当に料理上手だなぁ・・・お袋の味っていうか・・・うちのシェフには作れない味だ」
緋翠「お父さん泣かないで！」
琥珀「あなたったら本当に大袈裟なんだから」
　　そう、暦は貧しいながらも自力で幸せを勝ち取った。
　　お金ではない本当の宝・・・それに巡り会えたのだ。