読切(脚本)
〇アパレルショップ
売り場で比較検討した結果、結局トップバリューの腹巻を選んだ。
正太「これください」
店員「偉いね」
店員「お母さんにプレゼント?」
正太「お返しなんです」
曖昧な返事で誤魔化した。
店員「いい家族だね」
〇ショッピングモールのフードコート
上機嫌でフードコート奥の休憩コーナーにむかった。
〇休憩スペース
常連の乾(いぬい)さんは仕事中だ。
そばに座ると一瞬目を閉じるような仕草で挨拶をしてきた。
前の席には最近気になっていたお爺さんと、見かけないお爺さん。
気になっていたお爺さんを、僕は密かにニューぼっちさんと名づけている。
二人とも僕には気づいてない。
見かけないお爺さん「見てこれ無料!」
見かけないお爺さんが手にいっぱいのティッシュをつきだした。
ニューぼっちさん「知りませんでした」
見かけないお爺さん「いいでしょ!」
見かけないお爺さん「欲しい?」
ニューぼっちさん「家にあるので大丈夫」
ティッシュをつきだすお爺さんの顔がひん曲がった。
見かけないお爺さん「欲しくてももうないけど!」
ティッシュのカゴが空で、書かれた表示が寂しい。
―ティッシュはご自由にお使いください。暮らしをつくるライフクリエーター企業・パオン―
必要ないものを断ることはふつうだけど、ニューぼっちさんの好感度があがった。
同じお爺さんでも二人は正反対に見える。
なんでも飲みこんじゃったみたいに脂でテカテカしてる人と
大事なものも脂もぜんぶ抜きとられて干からびちゃったみたいな人。
もし僕にお爺ちゃんがいたらニューぼっちさんくらいの歳なのかもしれない。
きっと令和生まれの人だ。
二人に気をとられてるうちに、端末の立体映像が切れてパワーセーブに入った。
バッテリーがほとんどゼロ。
せっかく有意義な休憩時間を楽しもうと思ったのに
いそいで充電ホルダーにセットしよう。
見かけないお爺さん「タクちゃん遅かったね!」
また大きな声をだしたお爺さんの顔から、イヤな感じがした。
誰かに似てるような気もするけど思い出せない。
タクちゃん「ここクソだわ」
タクちゃん「いいお菓子ないわ」
見かけないお爺さん「この子うちの孫」
イヤな予感がました。
見かけないお爺さん「賢くてさ、学校でも評判いいの!」
孫を自慢するお爺さんの顔に、目が吸い寄せられる。
見かけないお爺さん「この前の英語何点だっけ?」
タクちゃん「90点」
思い出した。
先月学校からいなくなった教頭に似てる。
陰でメンタルクラッシャーと呼ばれて恐れられてた。
同じタイミングで一人の女の子が学校からいなくなった。
小学校一、二年で同じクラスだった円城寺さん。
子供の間でも親の間でもいろんな噂が流れたけど聞き流した。
でも僕が初めて好きになった女の子が、受けいれがたい被害にあったことは間違いなさそうだった。
孫の自慢を繰り返してニューぼっちさんにプレッシャーをかけつづける。
ついにタクちゃんのお爺さんは、準備ができたとばかりに口を大きく開けた。
見かけないお爺さん「アンタはお一人ですかぁ!?」
空気が凍るような気がした。
あいつはやっぱりメンタルクラッシャーと同じ部類の人間だ。
タクちゃん「絶対ぼっちでしょ」
タクちゃん「辛い人生だわー」
孫も同類だ。
乾さんを見ると、いつもより鋭い視線と目があった。
ニューボッチさんは動けないでいる。
いろんな感情が沸きあがって、背中を押されたような気がした。
背後から二人に近づく。
二人の真ん中に飛びこんだ。
正太「お爺ちゃんなんで先に行っちゃったの!」
ニューぼっちさんにウィンクをくりかえす。
正太「まだお菓子見てたのに!」
小学二年の時『女子を落とすウィンク』という動画を見て練習したことがあった。
もっと練習しておけばよかったと後悔しても遅い。
できないウィンクをくりかえした。
ニューぼっちさん「足が疲れちゃってね」
伝わった!
後ろから動揺する気配が伝わる。
見かけないお爺さん「孫いたのかよ」
見かけないお爺さん「一人でいたから独居だと思ったのによ」
タクちゃん「どう見ても孤独死予備軍なのに」
完全に危険な利用者だ。
でもとにかく大丈夫。
二対二の同点、もう攻撃しようがない。
そう思ったとたん、頭上を影がよぎった。
その影は僕を通り過ぎてメンタルクラッシャーの前で止まった。
見かけないお爺さん「青空くん遅かったね!」
見かけないお爺さん「この子はバリバリの受験生!」
予想を超える危険な状況かも
見かけないお爺さん「うちはいまどき珍しい二人兄弟!」
もう僕だけの手にはおえない。
休憩なんて言ってる場合じゃない
姉ちゃんに連絡だ!
メッセージアプリを立ち上げたところで電源が切れた。
充電ホルダからズレていたらしい。
じわっと冷汗がにじむ。
今度は長男の自慢をはじめた。
弟よりもどんくさそうな長男だけど、単純に数で負けてる。
口だけで姉ちゃんがいると言ってもきっと逆効果だ。
見かけないお爺さん「お宅一人っ子でしょ!」
見かけないお爺さん「かわいそうにボク寂しいでしょ!?」
ついにどうにもできないマウント攻撃がきた!
頭をいくらまわしてもいい答えが見つからない・・・
その時、聞き慣れた足音が響いた。
ユキ「あんたまた電源切れてる!」
ユキ「お爺ちゃんからも言ってよ」
ユキ「探しまわってたんだから」
ニューぼっちさん「まあまあ」
ユキ「ほんっと一人っ子が良かったわ」
ユキ「こちら、お爺ちゃんのお友達?」
姉ちゃんは兄弟の自慢の話題につぎつぎ切り込む。
僕とは似てもにつかない、才色兼備で神経の図太い姉ちゃんには誰も叶わない。
圧勝だった。
ニューぼっちさんは僕たち姉弟と友達になろうと言ってくれた。
姉ちゃんにつられたみたいに、明るい顔で帰っていった。
それにしても姉ちゃんと一緒にいると
女の人の表情や言葉を信じられなくなる。
〇店の休憩室
ユキ「さっきの件サポート登録忘れないでよ」
正太「もちろん」
ユキ「この前忘れてた」
正太「もう忘れない」
ユキ「そからキミさ、ほんとにバッテリーなんとかして?」
まずい、姉ちゃんに怒りのスイッチが入ってしまった。
正太「休憩時間だったし」
ユキ「乾さんが連絡してくれなかったらどうしてたのよ!」
ユキ「私ソーシャルポイントやばいの」
ユキ「問題なく仕事こなしたいの」
ソーシャルポイントの明細が突きつけられた
受験生としてはかなり少ない、小学生の僕のほうが多いくらいだ。
業務内容の蘭は僕の明細と同じ
ソーシャルファミリー
乾 撫子(いぬい なでしこ)「いい連携だった」
助かった。乾さんがいると姉ちゃんは大人しい。
乾 撫子(いぬい なでしこ)「忙しい時期だけどがんばって」
乾 撫子(いぬい なでしこ)「単身者の心を守る社会機能として」
乾 撫子(いぬい なでしこ)「君たちは重要なの」
スーツの部下「会議のお時間です」
乾 撫子(いぬい なでしこ)「今日はもうあがっていいよ」
乾さんはパスケースを首にかけた。
―ライフクリエイション事業部部長 乾撫子―
〇ショッピングモールの一階
ユキ「早あがりなんてラッキーね」
二人きりになると、姉ちゃんはいつも声が低くなる。
正太「べつに行くところもないし」
正太「家に帰っても誰もいないからな」
ユキ「今どきよくある話ね」
正太「少しでいいんだけど時間もらえない?」
ユキ「珍しいこというのね」
ユキ「ひさしぶりに暇だからいいわ」
正太「ありがとう」
正太「渡したい物がある」
ユキ「なによ」
ユキ「気持ち悪いわね」
姉ちゃんは表情を消して腕組みした。
警戒してる時のクセだ。
正太「誕生日プレゼント」
姉ちゃんの綺麗な顔がゆがんだ。
ユキ「なんでキミが知ってるの?」
ユキ「乾さん?」
正太「個人情報保護なんとかで乾さんは教えてくれなかった」
ユキ「じゃあどうして」
正太「ネットでがんばって調べた」
ユキ「きも」
姉ちゃんの顔は優しい表情に変わっていて、すこし安心した。
正太「ごめん」
正太「僕に誕生日プレゼントくれたのユキさんだけだったからお返ししたくて」
姉ちゃんは後ろを向いてしまった。
じつは怒ったのかもしれない。
ユキさん「プレゼントってなによ?」
正太「腹巻」
正太「ちゃんと自分で買ったよ」
ユキさん「はぁ!?」
正太「姉ちゃんこの前お腹痛いっていってたじゃん!」
最大の失敗をしてしまった。
もう心の中でも「姉ちゃん」なんて呼んじゃいけない。
正太「変な呼び方してごめん」
ユキ「弟なら誰からも祝わってもらえない姉に」
ユキ「ご飯もおごりなさいよ」
正太「いいよ」
正太「僕はいっぱいポイント貯めてるから」
ユキ「生意気なガキね」
はじめて姉ちゃんにヘッドロックされた。
その身体は思ってたよりもずっと暖かくて
思ってたよりもずっと細くて薄くて
これからなにがあっても守りたいと思った。
ソーシャルワークは学校の課題だ
でも課題のポイントを稼ぎたいだけでやってるわけじゃない。
単身者の心を救う疑似家族のパトロールには意味があると思う。
人がばらばらになってしまった超高齢単身社会には、必要な存在なんだ。
ソーシャルファミリー