第1話 とある初夏の日(脚本)
〇田舎の駅
知里誠一「・・・・・・」
ホームに吹く風は、どこかぬるい。
ついこの間まで、あんなに寒かったのに
このままきっとあっという間に夏に
なるんだろう。
知里誠一(・・・時間、全然ないな)
そのことを考えると、
胸がざわついて落ち着かない
気持ちになる。
知里誠一(俺って、へたれなんだなぁ。 知ってたけど)
知里誠一(3年になってから、 ずっと・・・今日こそは ちゃんと話したい。俺のこと、知ってほしい、なんて)
それでも、今日も
思わずにはいられない。
知里誠一「今日こそは──」
鉢呂稔「う、うあああああ・・・!?」
知里誠一「え」
鉢呂稔「せ、セーフっ! セーフ・・・? セーフ、だよな?」
ホームに勢いよく走り込んでくる
駅員さん。
彼はきょろきょろっとあたりを
見回すと・・・。
知里誠一「あ」
鉢呂稔「あっ! よかった! 間に合った! セーフ、セーフ! ふう・・・!」
駅員さんは俺と目が合うと、にっこり
笑顔になった。
その無邪気な笑みに、胸が鳴る。
知里誠一(うわ、笑った。 今の・・・俺に、だよね)
鉢呂稔「はーよかったー! ・・・って、わっ!?」
知里誠一「えっ」
整備不良のホーム。その割れ目から
生えた雑草に足を取られ、
駅員さんは盛大にすっ転んだ。
知里誠一「だ、大丈夫ですか?」
駆け寄って、駅員さんに手を差し伸べる。
知里誠一(や、役得だとか思うな、俺。 人の不幸を、まして、 す、好きな人の不幸を喜ぶなんて)
鉢呂稔「ありがとうございます・・・。 はー、かっこわる。 ま、でも笑ってくれたしいいか」
知里誠一「え」
鉢呂稔「え?」
知里誠一「俺、笑ってます?」
鉢呂稔「うん。めちゃくちゃいい笑顔っすね」
知里誠一「うわぁ」
知里誠一(俺、最低だぁ。 けど、しかたなくない? 手! 手ぇ!)
鉢呂稔「よっと」
駅員さんは俺の手につかまって
立ち上がると苦笑した。
鉢呂稔「こういうの見ると、マジもう夏って 思うねぇ。 いっつも草むしり、やってんだけどなぁ」
知里誠一「あ、毎朝、してますよね」
鉢呂稔「え、よく知ってんね?」
知里誠一「あっ、や、ただ、毎日見るなって、思って」
鉢呂稔「ああね・・・はー。 あとで全部引っこ抜こっと」
知里誠一(あ、駅員さん・・・。 今日、寝癖すごい。 いつもはビシッとしてるのに)
思わず、じっとその頭を見てしまう。
ふわふわの髪の毛が、
なかなか独創的な跳ね方をしている。
知里誠一(クワガタっぽい)
鉢呂稔「・・・? なんすか?」
知里誠一「あ、えと・・・ねぐ」
知里誠一(はっ。寝癖、すごいですって言って平気? 急に言われたら、何見てんの怖くない!? もしくは不機嫌になるとか・・・!)
知里誠一「あのー、その、えっと」
鉢呂稔「ん?」
知里誠一「んんんんん・・・」
知里誠一「寝癖、すごい、です」
鉢呂稔「おああああ! あああ・・・そう! うん、ああ、なるほどね!?」
一瞬で、駅員さんの顔が真っ赤に染まる。
知里誠一「あっ、ごめんなさい! 俺、あっ、でもカッコいいと思いますよ!? 寝癖!」
鉢呂稔「寝癖がカッコいいってなに!?」
知里誠一「や、えっと、俺、何言ってんだ? えっと、でも、カッコよくて! カッコいい、ですよ!?」
鉢呂稔「ぷはっ。 あは、あはは」
知里誠一「・・・うう」
鉢呂稔「慰めてくれて、ありがとう」
知里誠一(慰めじゃなくて、本当なんだけどな)
なんて、言えるわけがないんだけど。
鉢呂稔「あー、実は今日・・・。 寝坊しちゃったんすよ。 それで、寝癖直す時間なくって」
知里誠一「え?」
鉢呂稔「ちっ、ちがうんすよ? いつもはね、むしろ目覚まし時計より 先に起きるタイプなんですよ!」
鉢呂稔「なんすけど、昨日はちょっと遅くまで、 実況動画見ちゃって」
知里誠一「はあ」
鉢呂稔「学生くん、高校生だよね? 制服だし」
知里誠一「そうです、けど」
鉢呂稔「見るっしょ? ゲーム実況とか」
知里誠一「まあ、たまに」
鉢呂稔「それでさ、ホラーゲームのやつを 見ちゃってね。 写真撮るやつ」
知里誠一「ああ、ハイ。わかります」
鉢呂稔「見始めたらさ〜、もう怖いのなんのって! ビビリまくって、気づいたら朝でした」
知里誠一「なんで途中で見辞めなかったんですか?」
鉢呂稔「えっ、ああいうの途中で切れる人? 俺、無理なんだよ〜!!」
鉢呂稔「だって、途中で切ったら呪われそう じゃない!?」
知里誠一「のろ・・・考えたことなかったですね」
鉢呂稔「え、考えて? すごい考えて。 一回本気出して考えてみて」
知里誠一「・・・・・・」
鉢呂稔「はい、どう?」
知里誠一「いえ、べつに」
鉢呂稔「なんで!?」
知里誠一「ふふっ、なんでって言われても」
鉢呂稔「うぅむ。・・・で、まあ、ともかく。 そういう感じで、昨日は眠れなくて」
鉢呂稔「気づいたら朝だったから、慌てて 寝たんだけど・・・鳴った目覚まし時計を 止めて・・・あと五分、みたいな」
知里誠一「それで寝坊した、ってことですね」
鉢呂稔「面目ない」
知里誠一「ふふ」
知里誠一「だけど、この駅、俺以外ほとんど 使わないんだから、慌てて来なくても よかったんじゃないですか?」
そう、この廃線寸前の新幌原駅の
一日の乗降客数は、
平均一人。
そのたった一人が、
俺、知里誠一なのだ。
知里誠一(俺は・・・顔見られて嬉しいけど。 でも、べつにきっぷ切るわけでも ないし・・・定期だから)
そんなことを考えていると、
駅員さんはすごい勢いで首を振った。
鉢呂稔「いやいやいやいや! むしろ!」
鉢呂稔「だからこそ! 頑張って起きたんだよ!」
知里誠一「え?」
鉢呂稔「学生くんが、寂しいでしょ! べつにおはよーございますくらいしか 言ったことないけどさ、」
鉢呂稔「見送る駅員がいるのと、いないのとじゃ 気持ち、ぜんぜん違うと思うし」
知里誠一「・・・あ」
鉢呂稔「あんま声かけると不審者感あるから、 いつも心の中で、いってらっしゃい!」
鉢呂稔「おかえりなさい! って、念じてんだよ〜」
知里誠一(ヤバい。 嬉しい・・・嬉しくて)
握った手が、緊張で少し震える。
それを抑えるために、
ぎゅっと力を込めた。
知里誠一「あのっ」
鉢呂稔「ごめん、やっぱキモかった!?」
知里誠一「いっ、いえ。 そうじゃなくて・・・」
知里誠一(勇気を出さないと。 もう挨拶だけじゃ嫌なんだ。 もっと、駅員さんのこと知りたい)
知里誠一(一歩、踏み出すなら今だ)
知里誠一「俺と、友だちになってくれませんか」
鉢呂稔「へ?」
知里誠一「・・・っ」
心臓がうるさい。
キョトンとしている駅員さんの顔が、
上手く見られなくなって、
彼の胸元に視線を下げた。
知里誠一(鉢呂、さん。 鉢呂稔さん)
心の中で名前を唱えるだけで、
胸がきゅんと軋んで痛い。
鉢呂稔「えと、友だち?」
知里誠一「はい」
鉢呂稔「えっ、いいけど、でも、俺、 ずいぶん年上じゃない?」
知里誠一「あっ」
上手い言い訳が見つからず、
頭をフル回転させる。
知里誠一(不自然にならないように! さとられないように・・・!)
俺は、なにも付き合いたいなんて、
高望みはしていない。
この気持ちは伝わらなくていい。
ただ──
知里誠一「俺っ、ずっと、大人の友だち? が、ほしくて! だから、お願いします!」
鉢呂稔「ほほう、なるほど。 まあ、でも背伸びしたいお年頃かぁ」
ふふっと笑った鉢呂さんが、
俺に手を差し伸べてくる。
鉢呂稔「いいよ、友だちになろう」
知里誠一「!」
知里誠一「よ、よろしくお願いします」
手を握ると、強く握り返される。
その体温に、鼓動が高鳴る。
今日だけで、俺の心臓は何回、
壊れそうになったんだろう。
知里誠一(この気持ちは伝わらなくていい。 ただ、俺は高校生活、最後の思い出が 作りたいだけなんだ)
知里誠一(だって、来年の春には、俺は──)
東京の大学に行くのだから。
じれじれもだもだなBL、大好きです!
二人ともかわいいですねー!
読んでてニマニマしてしまいます!