あおいと田舎、母とひまわり、父とイノシシ(脚本)
〇田んぼ
のどかな、とある小さな町。
そこに暮らす、ある家族のおはなし──
〇大きな日本家屋
夏も盛りを迎えようとするそんな日の朝・・・
父「あああああああああああああっっ!!!!」
この峰守家に暮らす、あおいは父の絶叫でたたき起こされた。
部屋の窓から見ると父が畑にいた。
あおい「ちょっと何事!?」
父「いやー、畑のナスがイノシシにやられちゃったみたいで・・・」
父「色々荒らされてるんだよ・・・」
あおい「この前頑丈な柵作ったんじゃなかったの?」
父「それは良かったんだけど・・・」
あおい「って!あ~っ!!」
あおい「そこ全然柵で囲めてないじゃん! 警備ザルすぎるでしょ・・・」
父「まいったな~」
父はどこか抜けているところがある。
家で仕事をしている時は割と頼りがいがあるタイプに見えるのだが。
あおい「ぎゃー!」
あおい「でっかいイノシシがお父さんの後ろに!」
父「何処どこどこぉ!?」
あおい「う・そ・だ・よ あはは!」
父「こら、あおいっーー!!」
母「あおいー?起きたの?」
母「朝ごはん出来てるよ~ 降りてらっしゃい」
母「あと、お父さんも呼んでくれる~?」
あおい「はーい」
あおい「ご飯できたって!」
父「今戻るよ!」
〇おしゃれなリビングダイニング
父「あーお腹すいたよ いただきます!」
「いただきます!」
母「で、畑はどうだったの?」
父「ちょっと荒らされてたよ・・・」
父「山の近くはこれがあるから困るんだよね~」
父「虫もすごい多いし・・・」
母「あなた昔から虫とかすごい怖がってるもんね」
父「怖がってなんかいないよ 普通だよ普通」
あおい「えぇ~!?」
あおい「昨日は部屋に蛾が入ってきただけで、カーテンにくるまって大声で私に助けを求めてたクセに!?」
母「ああそれでっ!」
母「楽しそうな2人の声が聞こえてくるなと思っていたのよ♪」
母はそういう場面で特に父を助けたりはしないようだ。
あおい「あはは・・・お父さんは必死だったみたいだけどね・・・」
父「勘弁してくれよ・・・」
あおい「それで・・・」
あおい「さっき畑が荒らされてるって言ってたけど、」
あおい「その隣のひまわり畑は大丈夫だったの?」
父「あぁ、大丈夫だったよ」
父「あっちに食べ物はないし、」
父「何よりママの大好きなひまわりだからね 対策はバッチリだよ!!」
母「今年もきれいに咲いてくれて良かったわ」
あおい「さっき窓から見えたけど、見事な咲きっぷりだったね!!」
あおい「天気も最高だし、今年は今日がぴったりなんじゃない!?」
あおい「”ひまわりのお花見!!!!”」
峰守家では毎年恒例の、”ひまわりのお花見”。
ひまわり畑の近くに生えている大きな木の木陰で、大輪のひまわりを見ながら昼食をとる。
母「確かに絶好の”お花見”日和ね♬」
父「よしっ!」
父「そうと決まれば朝食を食べ終えたら準備に取り掛かるぞ!」
あおい「おーっ!!」
〇綺麗なキッチン
母とあおいは昼食の準備に取り掛かる。
母「唐揚げはできたし、あとはサンドイッチとあれを・・・」
あおい「いひひ~」
あおい「じゃんっ!!」
母「ちょっとそれなんなの~?」
あおい「わさびたっぷりマヨネ~ズ~♪」
母「またそんなのお父さんに食べさせる気でしょ~?」
あおい「昨日蛾を私に取らせた罰だよ~」
あおい「お父さんのサンドイッチ塗りこんでやるんだから」
母「大丈夫なの?」
あおい「いいの!!」
あおい「それより、いつもの”アレ”につかうナスは大丈夫だったの?」
あおい「今朝お父さんが騒いでたけど・・・」
母「あぁ、ナスの肉みそ炒めね」
母「ナスは昨日採った分があるから平気よ」
あおい「お父さんほんとアレ好きだよね」
母「昔からよ~」
あおい「作り方教えてよ」
母「どうしたの急に~?」
あおい「いいでしょ?」
母「ふぅーん。いいけど、お父さん好みに作るにはちょっとコツがいるわよ?」
あおい「別にお父さん好みじゃなくていいから~」
あおい「単純に作れるようになりたいの!」
母「はいはい」
父「ちょっと、あおい~?」
母「お父さん呼んでるみたいよ」
あおい「もぉーなんなの~?」
母「ふふふ」
〇草原
あおい「お父さん何?」
父「すまないな」
父「倉庫から木の下まで机を運びたいんだ」
父「そっちを持ってくれないか?」
あおい「こんなの一人で運べそうじゃん~」
父「まぁそう言うなよ」
父「意外と重いんだよこれが」
あおい「まぁいいけど」
あおい「じゃいくよ!!せーのっ!」
父「おっ、おう! せーの」
あおい「重いよこれ!!」
父「だからそう言ったじゃないか・・・」
〇木の上
「ふぅーーー」
あおい「やっと運べた~」
あおい「ちょっとひと休みしようよ」
父「おいちょっと早くないか?」
あおい「いいじゃん疲れたの!」
父「仕方ないな・・・」
父「じゃあちょっとここで待ってて」
あおい「ん?」
あおい(あっ 座りたいけど椅子が無いや)
父「椅子もってきたよ」
あおい「気が利くぅ♪」
父「さすがお父さんだな」
あおい「自分で言うのか・・・」
あおい「はー」
あおい「それにしてもこの木の影は涼しいよね~」
父「そうだな」
あおい「・・・・・・・・・」
あおい「・・・・・・・・・」
あおい「ねぇなんか面白い話してよ」
父「急にむちゃぶりするなよ・・・」
父「うーん」
父「最近、父さんが大学時代に住んでた所の近くに、でっかいタワマンができたらしい」
あおい「それって東京の?」
父「あぁそうだ」
父「それで、その上層階からの景色がネットにあがっていたんだが、こんな感じらしい」
あおい「へぇーすごい景色!!」
あおい「夜景もキレーイ!!」
父はいわゆる都会っ子で、生まれも育ちも東京だ。
現在は母の実家である峰守家に婿入りして、都会やタワマンとは縁のない生活を送っている父。
しかしやはり慣れ親しんだ東京はまだ恋しいらしい。
父「最高の景色だろ!?」
父「あおいもこんなところに住んでみたいだろ?」
あおい「確かに住んでみたいかm────」
あおい「いやいや私はこの町が好きだよ!?」
父「そーかー」
あおい「お父さん東京好きだよね」
あおい「そんなに好きならママに「東京行こう」って言えばいいのに」
父「それができれば最初からそうしてるよ・・・」
母「あおい~」
その時、準備を一通り終えた母が外に出てきてこっちにやって来る。
父「今の話はママにしちゃだめだからな!」
あおい「んえー どうしようかな~あははは」
母「お父さんの手伝いは終わったの?」
あおい「ついさっき終わったよー」
不意に風が木漏れ日を揺らし、
堂々と咲くひまわりもたまらず顔をそむける。
母「今日は風のおかげか少し涼しいわね」
そう言うと母は、ひまわりの咲く間隙を縫うように黄色に染まる花々の中へ入っていく。
〇菜の花畑
母の白いワンピースが、一面の黄色によく映えている。
あおい「お父さんはこの光景をずーーーっと見てきてるんだよね?」
父「この光景?」
あおいは母の方へ視線を移す。
父「あぁー まぁそうだな、昔から」
あおい「それなのにまだ都会の方がいいとか言ってるんだ?」
父「それとこれとは話が別だろ~?」
あおい「この土地が──」
あおい「このひまわり畑が今のママを育んだと言っても過言じゃないよ?」
父「うーん・・・」
父「確かにお母さんの穏やかさはこういうところから来てるのかもしれないな」
あおい「私もママみたいなお嫁さんになりたいかな・・・」
あおい「なんちゃってね!!」
あおいは「あはは」と笑って母の方へ走っていく。
父「おいちょっと待っ────」
あおいにつられて踏み出した右足を止め、父はレンズを覗き、シャッターを切る。
去年より少し柔らかい笑顔の母と、
一回り成長した娘を画角に収めて。
都会のネズミと田舎のネズミの話にもあるように、どちらがいいかの議論は永遠のテーマですね。場所だけでなく、自分の人生のどの年代にどこで暮らすかという組み合わせも重要なんですよね。あおいは田舎暮らしも気に入ってそうだけど、どこにいても大好きな両親と一緒が一番だとわかっているみたいで微笑ましいです。
イノシシをネタにした田舎らしい冗談もあって、のどかな田舎の雰囲気がよく出ていると感じました。
都会育ちで都会が好きな父と、田舎育ちで田舎が好きなおおらかな母・娘がタワマンとひまわり畑を比喩することでよく表現されています。
このお父さんと自分が同じような境遇で感情移入しちゃいました。やっぱり自分が生まれ育った都内に帰りたいと思ってしまうんですよね。誰にとっても生まれ故郷は特別ですね。