Cherry blossom memories チェリーブロッサム・メモリーズ

貴島璃世@りせチャンネル

第四章 初恋のキス。そして君は僕に別れを告げた。(脚本)

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〇電脳空間
  ユリがやって来るのが2週間に1回になって、口数も少なくなっていった
  きっと体調が良くないのだ
  プログラム改修はとりあえずうまく行った。今のところバグやエラーの兆候は見当たらない
  あとはこのまま、この世界が春を迎えるまで無事に時が過ぎてくれればいい
  でもそれは同時に、ユリの命の火が尽きることを意味する
  でも・・・だからと言って
  僕に何が出来るだろう?
  余命わずかの同い年の女の子に、僕がしてあげられることなんて、何も思いつかない
  無力な自分が情けなかった。優しい言葉一つ掛けてあげられない

〇草原
  夏が終わり、草原に秋が来た。丘の上の桜の葉が、ひんやりした風に舞い落ちる
  地面に落ちた葉っぱをしゃがんで拾うユリ。僕は黙ったまま一緒にいるだけ。ホントに役立たずの自分が嫌になる
Yuri「秋って、寂しいね」
Yukiya Tagami「・・・そうだね」
Yuri「全部終わっちゃうみたいな感じ。葉っぱも枯れて、これでもうお終いだって言ってるみたい」
Yukiya Tagami「それは・・・違うよ」
Yuri「えっ」
Yukiya Tagami「秋は終わりの季節じゃない。みんな、春を迎える準備を始めたんだよ」
Yuri「春の・・・準備?」
Yukiya Tagami「そうさ。だから終わりじゃない」
Yuri「そっか」
Yukiya Tagami「うん」
Yuri「ユキヤって、優しいね」
Yukiya Tagami「えっ。 そ、そんなことは・・・」
Yuri「ありがとう。何だか元気になった」
Yukiya Tagami「え・・なっ・・! ユリ、な、なにを・・・!!!」

〇幻想2
  ユリの顔が近づいてくる
  どんどん近づいてきて・・・
  そして・・・
  僕の唇にそっとユリの唇が触れた
Yukiya Tagami「ききっ、キスをされた・・・!?」
Yukiya Tagami「あっ!でもこのVR空間で人や物体同士が接触した場合、あらかじめ計算された範囲でアバターの実体にアダプターを介して・・・」
Yukiya Tagami「その感触が神経へフィードバックされるから・・・ああああっ!そんな事どうでもいいよっ!!!」
Yukiya Tagami(僕のファーストキス・・・リアルじゃなくてヴァーチャルだけど、そんなことは、この際どうでもいい)
Yukiya Tagami(女の子に・・・キスされちゃった)
Yuri「顔・・・真っ赤だよ」
Yukiya Tagami「そそ、そう言う、き、君だって真っ赤だよ」
Yuri「うん」
  そのとき・・・僕は・・・リアルな彼女に会いたいと強く思った
  本物の彼女に会いたい
  現実世界のどこかにいる・・・君に・・・

〇草原
Yuri「どうしたの?」
Yukiya Tagami「えっ!い、いや、その・・・」
Yukiya Tagami「女の子とキスしたの・・・初めてだったから」
Yuri「わたしも・・・」
Yukiya Tagami「は・・えっ?」
Yuri「ユキヤが、わたしのファーストキスの、男の子なんだ」
Yukiya Tagami「・・・えええっ!」
Yuri「今日は、もう帰るね」
Yukiya Tagami「えっ!」
Yukiya Tagami「あ、ちょ、ちょっと、待って!」
Yukiya Tagami「き、君に・・・会いたいよ」
  でも、ユリはすでにログアウトしていた

〇草原
  緑の海原のようだった草原は茶色に枯れ、冷たい北風がカサカサと乾いた音を立ててその隙間を吹き過ぎていく
  冬がやってきたのだ
  気温がマイナスになるような過酷なシミュレーション設定にはしていないが、確率5分の1で粉雪が舞う
  ユリがここを訪れる頻度は確実に減っていた
  体調が思わしくないのだと思う。無理もない
  僕に出来るのはそばに寄り添うことだけ。叶うなら、本物のユリのそばに居てあげたい
Yuri「寒いね」
Yukiya Tagami「そうだね。でも、春を迎えるためには寒い冬が必要なんだ」
Yukiya Tagami「僕たちの回りにシールドを張るよ。冷気を遮断できるから」
Yuri「あ、暖かくなった」
  僕はユリの肩を抱いた
Yuri「・・・ありがとう」
Yukiya Tagami「うん・・・」
  僕も彼女もアバターなんだから、そんなことをしたって意味がないのは百も承知だ
  でも、僕は彼女に寄り添ってあげたくて、温めてあげたかった
Yuri「早く春にならないかな・・・」
Yukiya Tagami「もうあと少し待って。あと少しの我慢だよ」
Yuri「うん。ありがとう」
Yukiya Tagami「君に・・・」
Yuri「なに?」
Yukiya Tagami「い、いや。なんでもないよ」
Yuri「そう?」
Yukiya Tagami「うん」
  君に会いたい・・・
  その言葉がどうしても言えなかった

〇地球
  現実の世界のどこかに・・・
  どこかにいる君に・・・
  僕は君に会いたい
  会って、抱きしめてあげたい
  僕は・・・君の力になりたいんだ
  君の・・・本物の、リアルな君の

〇草原
  やがて・・・冬が終わり・・・

〇美しい草原
  そして・・・
  風に甘い土の匂いが混じり始め、乾ききっていた空気が湿り気を帯び、柔らかく感じるようになった
  春がやってきたのだ

〇花模様
  丘の上の桜も、蕾がほころび始めたと思ったら、あっという間に満開になった
Yuri「わあ!綺麗だね!!」
Yukiya Tagami「そうだね・・・」
  ユリはその日から毎日やって来た
  ふたりで満開の桜の下を歩く。薄桃色の夢の下を散歩した
Yuri「ねえ・・・手を繋いでもいい?」
Yukiya Tagami「うん。いいよ」
  僕の心は舞い上がるような嬉しさと同時に・・・
  もうこれでお終い、これで彼女とお別れかもしれないという、深い悲しみの間で激しく揺れ動いていた
Yuri「ありがとう。桜の花を見られて良かった。もう絶対に無理と思っていたから」
Yukiya Tagami「いいんだよ。それより具合どうなの?」
Yuri「・・・ここに来られるのもあと少しだね もう入院しないと・・・」
Yukiya Tagami「そうなのか・・・」
Yukiya Tagami(僕は・・こんな時、何て言ったらいいんだ)
Yukiya Tagami(慰める言葉も励ましも意味がない。ユリはもう・・・)
Yukiya Tagami「ねえ。ユリ」
Yuri「なに?」
Yukiya Tagami「きみの本当の名前を教えてくれない?」
Yuri「ユキヤが教えてくれたら、教えてあげる」
Yukiya Tagami「ユキヤは僕の名前さ。僕は田神幸也。本名なんだ」
Yuri「そうだったんだ」
Yuri「すてきな名前だね」
Yukiya Tagami「それで、君の名前は?」
Yuri「絵美里。エミリだよ」
Yukiya Tagami「エミリ・・・」
Yuri「うん。でも「ユリ」の方がすてきかも」
Yukiya Tagami「そんなことない!」
Yukiya Tagami「すごくすてきな名前だ」
Yuri「ありがとう。ユキヤ」

〇美しい草原
  そして、あの日・・・

〇花模様
  満開だった桜が散り始め、ピンク色の花びらがひらひらと風に舞う中・・・
  エミリは僕に別れを告げた。
Emiri「ありがとう」
Emiri「桜を見せてくれてありがとう」
Emiri「絶対に見られないと思ってた。絶対に無理だと諦めてた」
Emiri「ユキヤの世界の桜を最後に見ることができて幸せだよ」
Yukiya Tagami「え、エミリ・・・」
Yukiya Tagami(彼女に大切なことを言わないと。僕の気持ちを伝えなくちゃ・・・)
Yukiya Tagami(もう二度と会えないのだから・・・ もう・・・二度と)
Yukiya Tagami「エミリ。あのね・・・僕は・・・」
Emiri「ユキヤは本物の桜を見に行かないの?」
Yukiya Tagami「本物の?」
Emiri「ヴァーチャルじゃなくて、実際にあるこの場所に行かないの?」
Yukiya Tagami「怖くて外に出られないんだ」
Yukiya Tagami「車が怖くて外が怖くて、それに僕はもう歩けないから・・・」
Emiri「・・・わたしのために見に行ってくれる?」
Yukiya Tagami「えっ! 君のために?」
Emiri「うん」
Emiri「わたしがいなくなったら、わたしの代わりに、本物のこの場所で咲いている桜を見に行って欲しい」
Yukiya Tagami「う・・・」
Emiri「約束して」
Yukiya Tagami「・・・僕の願いを聞いてくれたら、約束してもいい」
Emiri「ユキヤの・・・願い?」
Yukiya Tagami「一緒に行こう。きみの病気が良くなったら、その場所に僕ときみとふたりで、一緒に桜を見に行くんだ」
Emiri「・・・・・・」
Yukiya Tagami「ここで待ち合わせて、現実の世界で会う場所を決めて、僕がエミリを迎えに行く」
Emiri「ユキヤ・・・わたしはもう・・・」
Yukiya Tagami「それまでに頑張ってリハビリをやって、歩けるようにしておく」
Yukiya Tagami「君の手を引いて、現実世界にある、あの丘の上の桜まで登るんだ」
  自分が無茶なことを言っているのは分かっていた。でも自分を抑えきれなかった
Yukiya Tagami「だから最後なんて言わないでくれ お願いだから・・・」
Emiri「ユキヤ・・・」
Yukiya Tagami「きみが好きだ。大好きなんだ。だからまた会えると言ってくれ!」
  僕はエミリを抱きしめた。たとえバーチャルでも、今確かに、彼女はここにいた
Emiri「わたしもユキヤが好きだよ」
Yukiya Tagami「エミリ。僕は・・・」
Emiri「ユキヤとデートしたいな。一緒に桜を見に行って、一緒においしいものを食べるの」
Yukiya Tagami「行こう。どこへでも行くよ」
Emiri「ユキヤ。大好きなユキヤ。わたしがいたことを覚えていて」
Yukiya Tagami「エミリ・・・だめだ。行くな!」
Emiri「ありがとう。ユキヤに会えてしあわせだよ」
Emiri「大好き・・・」
  愛してる
Yukiya Tagami「えっ。今なんて言ったの? 聞こえなかったよ」
Yukiya Tagami「あ・・・エミリ・・・」
  抱きしめていたエミリの体の感触が急に無くなった、ログアウトしたのだ
Yukiya Tagami「僕はここで待ってる! 君をずうっと待ってるから!」

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