終章 いつかどこかで(脚本)
〇花模様
エミリが消えたあと、二人で歩いた丘に、僕は一人、取り残された
立ち尽くす僕の肩にも頭にも、薄桃色の花びらがまるで雪のように降り積もった
僕の心には大きな穴が開いていた
どれぐらいそうしていただろう
ふと、あることに気づいて、VRをログアウトした
〇男の子の一人部屋
Yukiya Tagami(エミリのログからIPアドレスを辿れば、彼女のアクセス場所がわかる)
Yukiya Tagami(そこから彼女の住まいを特定するのは、それほど難しくない)
リアルなエミリに会えるかもと、喜んだのも一瞬だけ、すぐに気持ちが萎えた
彼女のいる場所が判明したとして、僕はどうしようと言うんだ。会いに行くのか?
そして彼女の真実を知ってしまったら・・・もう二度と会えないことが確定してしまうなんて・・・
それはダメだ。そんなの、耐えられない
パソコンのモニターに表示された長いナンバーを見ながら、その画面を、僕は静かに閉じた
〇ソーダ
その後・・・
リハビリに励んだ結果、僕は少しずつ歩けるようになった
事故の前のように走ることはまだ出来ないが、元どおりに回復するのも時間の問題だと主治医の先生に太鼓判を押された
〇病院の診察室
Doctor「ユキヤくんは若いからね。リハビリをちゃんとやれば回復も早い」
Toshio Tagami「ありがとうございます先生」
Doctor「なんでもっと早く始めなかったの?」
Yukiya Tagami「えっと・・・それは・・・」
Toshio Tagami「ちょっと事情がありまして。なあユキヤ」
Yukiya Tagami「あ、う、うん。そうなんです」
Doctor「ふうん。まあ、もっと遅れていたら歩けなくなるところだったよ」
Doctor「頑張りなさい」
Yukiya Tagami「はい」
〇大きな木のある校舎
歩けるようになると同時に、高校へ復学。クラスメイトたちは僕を暖かく迎えてくれた・・・
Classmate「良かったな。ユキヤ」
Classmate「戻って来るのを待っていたよ」
Classmate「お帰り。ユキヤ」
虐められるのではと警戒していた僕は拍子抜けした
〇電脳空間
僕の『チェリーブロッサム・メモリーズ』へは毎日行った
誰にも会わなかった
〇草原
僕だけがひとり佇む草原は、風の音だけが通りすぎて行く
僕のVR世界は、エミリ・・・ユリに出会う前の、静かで孤独な場所に戻った
でも・・・僕自身は彼女を知る前の僕には戻れない
〇男の子の一人部屋
奈落のような、深い喪失感を抱えたまま、どこか他人事のように、日常が僕の中を通り過ぎて行った
〇ソーダ
いつの間にか季節は巡り、現実世界に春がやって来た
僕は、その頃には何とか一人で歩けるようになっていて、エミリとの約束を果たすために、あの、思い出の場所を父と二人で訪ねた
〇草原
ヴァーチャルじゃない現実の桜はとても綺麗だった
しかし逆になぜかリアルじゃないように感じてしまい、それを父に言ったらこんな返事が返ってきた
Toshio Tagami「おまえの中で極度に理想化されたイメージが先行しているから、元になったオリジナルがくすんで見えるのだろう」
Yukiya Tagami「それ、なんだか難しくてよくわからないよ」
Toshio Tagami「つまりだ」
Toshio Tagami「好きな女の子の思い出の前には、すべてが霞んでしまう」
Toshio Tagami「そうだろう?」
Yukiya Tagami「そうだね・・・」
Yukiya Tagami(なるほど。確かに父さんの言うとおりだ)
それに・・・君がいないと、どんなに素晴らしい景色だとしても僕には響かない
〇男の子の一人部屋
Toshio Tagami「ユキヤ。ちょっと話したいことがある」
Yukiya Tagami「いいよ」
Toshio Tagami「足の調子はどうだ」
Yukiya Tagami「うん。大丈夫だよ」
Toshio Tagami「そうか。良かった」
Yukiya Tagami「話しってなに?」
Toshio Tagami「やる気を失って引きこもっていたおまえを、以前のおまえに戻してくれた女の子のことだよ」
Yukiya Tagami「エミリのこと?」
Toshio Tagami「そうだ」
Yukiya Tagami「・・・・・・」
Toshio Tagami「これから少しきつい質問をする。怒らずに聞いてくれ」
Yukiya Tagami「えっ!?」
Toshio Tagami「前にも言ったが、父さんは何があってもおまえの味方だから」
Yukiya Tagami「あ、うん・・・わかった」
Toshio Tagami「あの場所で話そうか? おまえのVR『チェリーブロッサム・メモリーズ』で」
Yukiya Tagami「・・・うん」
〇電脳空間
Toshio Tagami「父さんがインするのは久しぶりだなぁ」
Yukiya Tagami「そうだね。父さんは仕事が忙しいから」
〇草原
VR チェリーブロッサム・メモリーズver2.0 マスター・ユキヤとゲストがログインしました
〇草原
Toshio Tagami「おお・・・素晴らしい 風と花の香り・・・」
Toshio Tagami「時間経過速度は元に戻したのか?」
Yukiya Tagami「うん。エミリが・・・いなくなってから、元の仕様に戻した」
Toshio Tagami「・・・・・・つらいか?」
Yukiya Tagami「つらんくなんかない・・・って言ったら嘘になる」
Toshio Tagami「なあ、ユキヤ。その子が・・・エミリが嘘をついていた可能性は考えてみたか?」
Yukiya Tagami「・・・」
Toshio Tagami「おまえに言ったことは嘘だった。おまえをからかうために・・・」
Yukiya Tagami「嘘であって欲しい」
Toshio Tagami「えっ!?」
Yukiya Tagami「嘘だったらうれしい。それならエミリは・・・現実世界のどこかで生きているから」
Toshio Tagami「・・・」
Yukiya Tagami「エミリの言葉が真実であるという保証はどこにもない。父さんの言うとおり、もしかしたら全部嘘かもしれない」
Toshio Tagami「うん・・・」
Yukiya Tagami「本当のエミリはキャピキャピの元気な高校生で、難病なんて全部インチキでさ・・・」
Yukiya Tagami「引きこもりでネクラのキモいコンピューターオタクの男子をからかっただけなのかもしれない」
Toshio Tagami「ユキヤ・・・」
Yukiya Tagami「でも・・・僕は・・・そうは思わない」
Yukiya Tagami「この場所で僕たちは出会って、たくさんの時間をここで一緒に過ごして・・・」
Yukiya Tagami「彼女は確かにここにいたんだ」
Yukiya Tagami「たとえヴァーチャルでも、彼女の心はここにいたんだ」
Yukiya Tagami「彼女の心を、エミリの魂を、僕はこの腕で抱きしめたんだよ」
Toshio Tagami「ああ・・・うん・・・そうか」
Toshio Tagami「それなら、おまえが彼女を信じているなら・・・それがどういうことなのか、わかっているんだな」
Yukiya Tagami「うん」
Toshio Tagami「それでもおまえは待つのか?」
Yukiya Tagami「うん。僕の決心は変わらない 彼女に約束したから」
Toshio Tagami「そうか。ユキヤがそこまで言うのなら、父さんが出る幕はない」
Toshio Tagami「馬鹿な質問をしてすまなかったな」
Yukiya Tagami「いいよ。構わないよ」
Toshio Tagami「その子に・・・父さんもエミリに会ってみたかったよ」
Yukiya Tagami「・・・」
Toshio Tagami「ユキヤ。その子のためにいっぱい泣けばいい」
Yukiya Tagami「えっ!?」
Toshio Tagami「我慢なんかすることはない」
Yukiya Tagami「う、ううっ」
Toshio Tagami「誰かが想ってくれているかぎり、その人は生きている。想ってくれる人の心の中で」
Yukiya Tagami「・・・うん。そうだね」
〇おしゃれな大学
そして・・・季節はまた巡り・・・
僕は高校を卒業して理工系の大学に入った
専攻はコンピューター工学。研究課題は「仮想空間における意識のコミュニケーションについて」
〇電脳空間
僕のVR世界は更にバージョンアップを重ね、時間のコントロールや天候も自由に操れるようになった
すでにバージョンは2.0じゃない。でも万が一、エミリが戻ってこようとしたときに見つからないと困る
だから、そのままの表記にしてある
〇草原
僕しかいなかった草原は次第に訪れてくれる人が増えた
でも・・・僕が待っているのはただ一人だけだ
〇草原
現実世界でもVR空間でも、あれから何度目かの春がやって来ては去って行った
その度に僕は落胆し、エミリに会えるかもしれないという微かな希望を、また次の春へと繋ぐ
〇ソーダ
彼女は、もういないのかもしれない
しかし、もしかしたら、入院してから治療を受けて奇跡的に回復したかもしれない
そして今は僕と同じように大学生になって、キャンパスライフを楽しんでいる可能性だってある
僕に語ってくれたように、看護師になって病気で苦しんでいる人たちのために忙しく働いてるかもしれない
〇電脳空間
もしもそうだとしたら、どうして僕に会いに来ないのか?
それは僕にも分からない
VRなんか相手にしている時間が無いのかもしれないし、元気になったら僕のことなんかあっさり忘れてしまったのかも・・・
でも・・・それならそれでいいんだ
〇草原
確かなのは、あの日、僕はエミリに、君をずうっとここで待っていると約束したこと。その約束を破るつもりはない
だから今日も僕はここで君を待っている。約束した日から何年経とうが、君をここで待つ
君と出会ったこの場所で・・・
〇渋谷のスクランブル交差点
でも、もしかしたら・・・どこかの街を歩いていときに、君とすれ違うかもしれない
君は僕に気づかない。僕も君だとわからない
それでも、君がいてくれたら、生きていてくれたら・・・僕は・・・
〇渋谷のスクランブル交差点
どこかの街・・・
もしかしたら・・・
〇渋谷のスクランブル交差点
君と・・・
いつか・・・どこかで・・・
〇黒
〇黒
〇黒
出 演
〇黒
〇黒
田神幸也(ユキヤ)
〇黒
〇黒
田神俊雄
〇黒
〇黒
田神幸乃
〇黒
〇黒
主治医
〇黒
〇黒
クラスメイトのみなさん
〇黒
〇黒
〇黒
絵美里(ユリ)
〇黒
〇花模様
〇黒
〇黒
〇黒