『キンモクセイの咲く頃』(脚本)
〇幻想空間
みなさんこんにちは。
イオです。
しずけさの森へようこそ。
貴重な時間をつかって、わざわざここまで降りてきてくれたこと、
ほんとに感謝しています。
では、さっそくですが。今日のお話を、始めましょうか。
今日ここで皆さんにお届けするのは、
『キンモクセイの咲く頃』っていう、
わりと童話テイストのファンタジー短編です。
これを書いたのは、今こでを編集している ikaru_sakae という人です。
原則、二次創作はダメだよ!っていうのが ここの規約にあったので、
運営の人に怒られないように、ikaru_sakae 氏の作品を、基本的には取り上げる感じで。まあ、ひとまず、
すすめていこうかなと、思っていますよ。
今から話すお話が、
少しでも皆さんの心にひびけば嬉しいです。
では、始めますね。
『キンモクセイの咲く頃』
〇雲の上
病院の入り口の庭には、おおきな木が一本。オレンジ色の花が満開だ。
「ああ、キンモクセイね」と母さんが言う。
キンモクセイ。キンモクセイ。
ふうん。これがキンモクセイっていうのか。
きれいな花だ。いいにおいがする。
だけど病院の中は、いいにおいじゃなかった。
クスリの変なにおいと、オムツのにおいと。
そこで久しぶりに会った、ひいばあちゃん。
なんだかすごく、ちっちゃくなっていた。
鼻やのどから、いろいろなチューブが出ていて。
白いシーツの上で、しずかに深く眠っている。
前に会ったのは、二年前かな?
ものしずかで、自分からはあんまりしゃべらない人だった。
古くて大きな和風の家に住んでいて、
いつでも着物をきていた。
「アツシさん」「アツシさん」って、
子供のぼくのことを、いつも「さん」づけで呼んでくれたっけ。
で、今夜に関しては、
ぼくたち二人は、病室の中で寝ることになった。
ひいばあちゃんに、いつなにがあるかわからないから、
今夜はもう、目がはなせないんだって。
夜中にぼくは、目をさます。
母さんは椅子にもたれて、こっくりこっくり、
ぼくのとなりで眠ってる。
誰かが笑った気がして、ぼくはふりむいた。
「だれ・・・?」
ぼくは思わず声を出した。
ひいばあちゃんの、ベッドの上。
そこに誰かが座ってる。
ぼくと同い年くらいの、女の子だ。
ふんわりとした、オレンジ色のドレス。
髪はすごく長くて、もうちょっとで床まで届きそう。
顔は、そう・・・ けっこうかわいい。
ぼくのクラスの女子で一番人気の「クリハラサユリ」っていう子を、
さらにもう一段、かわいくした感じだ。
だけど、それにしても変だ。
その子は、ひいばあちゃんの枕のそばに座って、ひとりでシャボン玉を飛ばしているんだ。
「だれだよ、おまえ?」
ぼくが声をかけると、その子はストローを吹くのをやめてこっちを見た。
「あら、起きたの?」
「おいそこは、ひいばあちゃんの・・・」
「フミエの場所って、そう言いたいの?」
「ひいばあちゃんを、呼び捨てにするな!」
「なによ。なに怒ってるの?」
「おまえは、だれだ?」
ふううううっ。
答えるかわりに、その子がオレンジ色のストローをくわえて息を吐く。
ふわふわ、ふわり。
きれいな虹色のシャボン玉が、ゆっくり流れて、
ふわふわ、ぼくの顔のすぐそばまでやってきた。
なんだこれ・・・?
ぼくは思わず、息をとめた。
シャボン玉の上に、何かが見える。
濃い緑の着物を着た、若い女の人が、その玉の上に見えている。
きれいな人だ。そしてそのとなりには、
黒い学生服を着た、メガネの男の人。
ふたりは固く手をつなぎ、さらさらと雪の降る坂道を、傘もささずに下っていく。
ふわふわ、ふわり。
また別の泡がきた。
それをよく見て、またぼくは驚いた。
そこにもやっぱり、不思議な何かが見えたからだ。
こんどは、なんだか暗い景色だ。
空には、茶色の古い飛行機がいっぱいだ。
大きな町の電車の駅で、さっきと同じ女の人が、
茶色の軍服を着た男の人と、ふたりでしずかに抱き合って。
女の人は、なぜだか涙を流してる。
「な、なんなんだよ、これは???」
「フミエはね、もう間もなく死ぬの」
「え、そ、そう・・・・・・なの?」
「そうよ。もう、あとちょっとの命しか残っていない。だからその前にね、
わたしが、フミエの思い出を、空に送ってあげてるわけ」
「わ、わかんないよ。それって、何。どういうこと??」
「死んだら、もう、思い出たちは、ぜんぶ闇に流れてしまう。
誰にも知られずに消えてしまう。まるで、
まるでそこには、はじめから何も無かったのと同じみたいにね。でも、
それだと少し、悲しいでしょう? いいえ。間違えた。少しじゃないわ。
とても、よね。それだと、とても悲しいわ。あなたもそう思わない?」
「そりゃあ、まあ、そうかも・・・」
「でしょ? だからよ。だからわたしが、今ここで、泡にして、空に飛ばしてあげるの。
飛ばせばいつか、どこかに届くから」
「じゃ、何・・・ きみってその―― 死神、なの・・・?」
「さて、どうでしょう?」
その子はふわりと髪をかきあげ、おもしろそうにクスクス笑う。
その子が笑うと、夜の病室に風が流れ、キンモクセイが香り立つ。
「アツシもちゃんと、見てあげて」
その子がまっすぐ、ぼくの目を見た。
オレンジ色の、不思議な瞳で。
「フミエはね、アツシよりも、もっとたくさん、
この町で、ずっとずっと、生きてきたんだよ」
ふうううううっ。
かわいい小さな唇を、小さくすぼめて。その子がストローに息をそそぐ。
赤、青、緑、金色、紫、水色、銀色、白銀色・・・ 色とりどりのシャボンが、
あらゆる色の泡たちが。部屋中にはじけてはねまわる。
そこにうつるのは、ぼくの知らないどこかの町、
ぼくの知らない男の人、女の人、そしてぼくに似た男の子、
女の子もいた。そしてそこには犬もいた。
そしてたくさんの猫、それから古いお城や、
古い大きな倉のある家や、それからさびしい冬の海、
その灰色の海をいく客船、それからどこかの町のホテル、
結婚式に、お葬式。そこにはなぜか、ぼくもいる。
クスリを飲むひいばあちゃん。入れ歯を洗うひいばあちゃん。
せきをしているひいばあちゃん。笑っているひいばあちゃん。
そして泣いているひいばあちゃん。それからまた、その近くにはぼくがいた。
ぼくはばあちゃんと手をつなぎ、満開の桜並木の下を、ふたり、歩いていく。
二人で、手をつなぎ。桜の下を、どこまでも──
次から次へと、泡は生まれる。七色の光が、部屋いっぱいにあふれ出す。
いくつもの色が流れて、流れて、うずまき、いりみだれ──
・・・・・・・・・・・・
翌朝、
空が明るくなる前に、ひいばあちゃんは息を引き取った。
ばあちゃんは最後の最後まで、しずかに眠っていたから、
ほんとに死んだのか、ぼくにはさいしょ、よくわからなかった。
でも母さんは泣いていた。
病院の人も、みんな悲しそうに下を見ている。
ぼくは人が死ぬのを、はじめて見た。
これは悲しい、気持ちなのか?
・・・いや。違うな。たぶん、そうじゃない。
「さびしい」の方が、たぶん近いんじゃないだろうか。
もう会えないんだ、あの人には。
どこまでどこまで、探しに行っても。
どれだけ遠くへ走っても。どれだけ大きく名前を呼んでも。
もう、どこでも。
あの人には、ぜったいにもう、会うことが無理なんだ。
そう思うと、自然に涙がこぼれた。
涙はそのまま床にこぼれて──
そのとき、ふわりと風を感じた。
花の香りが、ふわりと流れて。
顔を上げると、病室の窓のカーテンが、バタバタ風にひるがえっている。
窓から顔を出して外を見る。
そこには、病院の庭のキンモクセイの木が見えた。
明るくなっていく秋の空の下で。あざやかなオレンジ色の花が、何万もの花が、
そこで静かに輝いている。その、あまりにもあざやかなオレンジの色が。ぼくにはとても、なぜだか、やさしい。
――大丈夫だから。
――わたしがすべて、見ていたからね。
――わたしが空に、飛ばしたからね。
――だからキミも、泣くことはないのよ。なぜなら、
それはいつか、だれかのところに届くから。
大きな明るいその場所に。ぜんぶが、かならず、つづいていくから。
だから。ね? と、
あの子がたしかに、そう言った。
そんな気がした。
その、あふれるばかりの、
何千、何万、それより多くの──
朝日の下で、さきこぼれていく、
秋の花の香りの中で──
・・・・・・・・・
・・・おわりです。
どうでしたか?
わたしが、以前お世話になった ひとり暮らしのおばあさんの家に、
大きなキンモクセイの木がありました。秋には、ほんとに、花の香りでいっぱいで。
おばあさんが亡くなったあと、
何年かして、その木は切られてしまったんですけど。でも、
その花の香りとか。地面をうずめたオレンジ色の花絨毯とか、
その木の記憶は、今でも消えずに残っていますよ。
さて。では、今回のお話は、これにて終わりです。
最後までいっしょに聴いてくれた皆さんには、
心から、ありがとうをお伝えしたいです。ほんとにありがとう。
じゃ、また、次の機会にお会いしましょう。
それまでみなさんも、お元気で。
いろいろけっこう、せちがらい世界で、むずかしいこともあったりするかも、だけど、
まじめに毎日生きてたら、きっといいこともあると。わたしは思ってますよ。だから、
またこの広いネット宇宙の片隅のどこかで。皆さんに会える時があればと、
こっそりわたしも、このネットの海の片隅で、また会える日を待っています。
じゃ、今日はほんとに、ありがとう。
また今度、会うときまでね。
ばいばい! みんな元気で!
主人公が直接その事象を体験するのではなく、読者に対して語り掛けるという、一風変わった作品でしたが、読んでいて、とても面白いと感じました。人は死んでしまえば必ずいつか忘れられてしまうからこそ、誰かがその記憶を覚えていないといけない。その役割をまだ幼い純真無垢な子供が経験することで命の大切さとその人が死んでも消えるわけではないということが伝わる良いお話でした。とても面白かったのでまた読んでみたいです。