1日彼女

伊佐屋杏樹

1日彼女 ~デートの前日(脚本)

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〇一人部屋
「ふあぁー」
  あくびをしながらアラームを止めた。
  顔を洗い、スマホで今日のスケジュールを見る。
  普段はバイトや大学の授業で予定を詰め込んでいるが、
  今日は終日、“1日彼女”とある。
  ベッドの傍らに落ちているチラシを手に取った。
  女の子の手書きで「1日彼女」と書かれている。
  1日彼女は世の寂しい男性のための、女の子と健全な仮想デートができるという素晴らしいサービスだ。
  あらかじめ断っておくが、僕は女の子に困っていない。
  しばらくの間、彼女がいないだけである。
  1日彼女は気分転換ぐらいの感覚だ。
  今日も友達が勝手に登録しただけで
  いや自分でやったっけ。。
「もうこんな時間か」
  待ち合わせ場所に向かった。

〇渋谷駅前
  あの娘だ。
  なんとなくnon-noに出てそうな細身の女の子だ。
  端的にいうとタイプだった。
「翔太といいます。よろしくお願いします」
ユイ「ユイコです。ユイって呼んでください」
「ユイさんですね」
ユイ「(じー・・・)」
「な、なんですか?」
ユイ「これまで会ったことありましたっけ?」
「え、え?」
  記憶を遡ったが心当たりがない
  それよりも、あまりに見つめるものだから僕は視線をはずした。
「そ、そうですかね? あの喫茶店でもいきませんか?」
ユイ「いいですね!行きましょう!」
  恥ずかしさから逃れるために、よく知る喫茶店に行くことにした。

〇レトロ喫茶
  喫茶店では普段聴いている音楽や通っている大学の話をした。
  そして彼女はどうやら同い年らしかった。
ユイ「これからはタメ口にしましょ!」
「え、もうですか?・・・は、はい」
ユイ「はいって、まだ敬語!」
  ユイは何か思いついた顔をした。
ユイ「敬語使ったらアウトゲームしません?」
「わかりました!」
ユイ「アウト」
「え?まだセーフじゃ」
ユイ「イマハジマッタ」
ユイ「罰として後でタピオカおごりでお願いしますね!」
  僕はアウトといいかけたが、あまりに満面の笑みで言うので頷くしかなかった。

〇ゲームセンター
  ユイが太鼓の達人がやりたいと言うのでゲーセンに来たが、
  彼女は率直に言うと下手だった。だけど楽しそうだった。
ユイ「はい、どーぞ!」
  心の声が漏れてたのか、突然バチを渡された。
  難しい曲をしかもハードモードをやらされてとても疲れた。
ユイ「いい汗かいた!喉乾いたね!」
  タピオカの合図だった。
  諸々の仕返しも兼ねて、自販機で微糖コーヒーを買った。
  ベンチで待っていたユイに差し出した。
「はい、これ」
  ユイの表情が曇った。
「だ、だよね!すぐタピオカ買ってくるね!?」
ユイ「これがいい」
  俯くユイ
  どうしていいかわからず、謝りながら恐る恐る顔を覗き込んだ。
ユイ「なんてね!ほんとウブだね!そんなんじゃ女の子に騙されるよ!」
「お、おい!」
  ユイはケラケラ笑った。
ユイ「こんなんで泣く女子なんかいないよ?」
  僕の反応が相当滑稽だったのだろう、ユイはお腹を抱えながら瞼をぬぐった。
  その時ユイの目尻が光った気がした
  それがなんだかとても綺麗で僕は思わず黙り込んでしまった。
ユイ「ちょっと見過ぎなんだけど。変態!」
  怒り笑いの顔で僕の腕を叩いた。

〇アーケード商店街
  その後はウィンドウショッピングをしてまわった。
  初めて会う僕と心から楽しそうにする彼女にプロ根性を見た。
  一瞬、貴重な時間を使わせて申し訳なく思った。
ユイ「あ、最後にあそこ行きたい!」
  ユイが指したのは展望台だった。

〇東京全景
ユイ「写真撮ろーよ!」
  パシャ
  ツーショットの僕の笑顔がきもくて一刻も早く消して欲しかった。
ユイ「ストーリーズに上げていい?」
  僕はストーリーズを知らなかった。
  聞くと24時間で消える投稿らしい。
「消えちゃうのか。なんだかむなしいなぁ」
ユイ「そっか」
ユイ「私はちゃーんと覚えとくから」
  ユイは珍しく小声で言った。

〇広い改札
「もうおわりかぁ」
  別れ際、僕はとても名残惜しかった
ユイ「今日はありがとう!またね」
  ユイはというと、お金を受け取るとすぐに改札の向こうに消えていった。
  改めて1日彼女だったことを思い出した。

〇一人部屋
「ふぅ。今日は楽しかったなぁ」
  なんだかとても疲れた。ベッドに入り今日の思い出に浸った。
「振り回されてばっかだったな」
  だけどとても満たされてる、懐かしい気がした。
  ベッドの傍らの1日彼女のチラシを拾い上げた。
  よく見ると、1と日の間が非常に近いことに気づいた。
「これじゃ”旧”と見分けつかないよ」
  ユイの顔が浮かんだ。彼女っぽいなと思った。
  いよいよ眠気に耐えられなくなり電気を消した。

〇一人部屋
  旧彼女かぁ。
  またあえるかな。

〇病院の診察室
ユイ「先生、翔ちゃんはよくなってますか?」
医者「自宅療養に切り替えて状態も安定してます」
医者「ただ事故による後遺症は残っており元の記憶を取り戻すことは・・・」
ユイ「・・・」
医者「今は3年前の記憶で止まっており毎日リセットされている状態です」
医者「一種のショック療法なので確実な治療ではないですが、」
医者「印象的な記憶を再演して内部から刺激していくしかないのが現状です」
医者「恋人としての記憶がないため辛い立場かと思いますが、できるだけ近くにいてあげてください」
ユイ「辛いわけないじゃないですか!」
ユイ「翔ちゃんの回復に繋がりそうなことで何かわかればすぐに連絡ください」

〇病院の待合室
  ”ガタン”
  由衣子は待合室の自販機から微糖コーヒーを取り出しプルタブを引っ張った。
  病院を出てスマホを取り出し、翔太のスケジュールにログインした。
  明日の日付に何十回目かの”1日彼女”の予定を入れた。

コメント

  • ユイさんが健気でなんかすごく好きです。こういうの。
    お話を読んでる時は、普通にレンタル彼女みたいな感じだったんですが、まさかこんなことがあっただなんて。
    早く記憶を取り戻すといいなぁと思いました。

  • 記憶喪失は自分だけでなく、周りの人達に何かしらの影響を与えてしまうのですね。彼女さんは彼の記憶を取り戻そうと1日彼女のシステムを作ったのですね。

  • そういうことだったんですね!面白かったです。
    1日でも早く思い出せるといいですね。彼女さんがすごく健気で、彼氏さんのこと大好きなのが伝わってきます。

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