第一話 マタアンタラカ!(脚本)
〇黒
〇撮影スタジオのセット
某日 都内・撮影スタジオ
「カットォッ!」
本間タカシ「いやぁ、最高でした!」
倉敷テツヤ「ありがとう」
叶マキコ「当然じゃない」
本間タカシ「よし」
本間タカシ「この調子で次のシーンだ」
本間タカシ「モタモタすんなよ、魚谷ぃ!」
魚谷リエ「はーい!」
本間タカシ「俺は今作に懸けてんだ・・・」
本間タカシ「『仮面夫婦エージェント物語・冬~祈りのデスロード~』」
本間タカシ「殺し屋夫婦の苦悩と葛藤を描いた」
本間タカシ「バイオレンス・アクション・ヒューマン・クライム・サスペンス・ハード・スリラー・パニック・モダン・ラブロマンス超大作!」
魚谷リエ(節操なさすぎだろ)
本間タカシ「苦節二十年──」
本間タカシ「もう何でもいいから売れたい」
魚谷リエ(泣くなよ!)
〇結婚式場のレストラン
倉敷テツヤ「至福の一杯だが」
倉敷テツヤ「一時間に50杯も飲めば人は死に至る」
倉敷テツヤ「今度、誰かで試してみようかな」
叶マキコ「そんな回りくどい」
叶マキコ「私なら、このフォークで一突きだわ」
倉敷テツヤ「はは、君ってやつは情緒がないなぁ」
〇結婚式場のレストラン
本間タカシ(いいぞ)
本間タカシ(夫婦のたわいもない殺人ジョーク)
本間タカシ(お次はバズる殺害方法の話題に──)
本間タカシ「ん?」
本間タカシ「あ、あぁ・・・」
本間タカシ「あぁ、あああ、あわわわ・・・」
〇結婚式場のレストラン
牧野オサム「ハニー」
牧野オサム「二人の愛に」
牧野ケイコ「ダーリン!」
牧野オサム「ハニー!」
「カーーートォォォッ!!」
本間タカシ「マ、マママ・・・」
本間タカシ「マ、マ、マ・・・・・・」
本間タカシ「マタアンタラカァッ!!」
牧野オサム「これは監督」
牧野オサム「クランクインおめでとうございます」
牧野オサム「今回も良い作品にしましょう」
本間タカシ「黙れ、エキストラッ!」
本間タカシ「また勝手な事しやがって!」
牧野オサム「良い雰囲気だったもので」
牧野ケイコ「私たち、今日が結婚記念日なんです」
本間タカシ「知らねーよっ!」
魚谷リエ「監督、この人たちは?」
本間タカシ「あー、お前は初めてか」
〇黄色(ライト)
本間タカシ「迷惑千万なエキストラ一家だよ!」
魚谷リエ「ご家族でエキストラを・・・」
本間タカシ「俺は死神一家と呼んでいる」
魚谷リエ「え!?」
〇結婚式場のレストラン
本間タカシ「アイツらのおかげで」
本間タカシ「何本の作品がボロクソに叩かれた事か!」
魚谷リエ(原因はもっと根本にあるのでは)
魚谷リエ「それにしても」
魚谷リエ「なんか堂々としてますね」
本間タカシ「場数だけは馬鹿みたいに踏んでるからな」
牧野オサム「監督ちょっとよろしいですか?」
本間タカシ「あ?」
牧野オサム「脚本を読んで自分なりに役にアプローチしてみたんですが」
牧野オサム「紋切型の人物描写から離れて、もっと野性的な一面を押し出してみようと──」
本間タカシ「エキストラが役作りしてんじゃねーよ!」
本間タカシ「わきまえろ!いいな!?」
本間タカシ「あー、もうっ!」
魚谷リエ(低予算映画なんだから来てくれるだけありがたいと思わないと)
倉敷テツヤ「監督~、どうなってるの?」
本間タカシ「す、すみません!」
本間タカシ「魚谷、次のシーン行くぞ」
本間タカシ「子役の、かなりかせぎ君はどうなってる?」
魚谷リエ「それが」
魚谷リエ「今さっき連絡がありまして」
魚谷リエ「CMの撮影とダブルブッキングしてしまって今日はそっちに行くと」
本間タカシ「はぁ!?」
本間タカシ「そんなの許されないだろ!?」
魚谷リエ「『そんなこと言ったってしょうがないじゃないか』って電話を切られまして・・・」
本間タカシ「B級監督だと思って舐めやがってーーー!」
魚谷リエ「ど、どうしましょ」
本間タカシ「どうするもこうするも」
本間タカシ「代わりの子供なんて──」
〇病室のベッド
叶マキコ「アナタ!」
牧野カナ「パパ・・・」
牧野カナ「目を開けてよ」
牧野カナ「お別れなんて嫌だよぉ」
倉敷テツヤ「うぅ・・・」
牧野カナ「パパッ!」
倉敷テツヤ「心配かけてすまない」
牧野カナ「パパ、痛くない?」
倉敷テツヤ「なぁに」
倉敷テツヤ「敵が撃った銃の音にビックリして気を失っただけだ」
牧野カナ「それってつまり」
牧野カナ「実質無傷って事?」
倉敷テツヤ「あぁ、もう大丈夫だ」
倉敷テツヤ「パパはドコへも行きやしないよ」
牧野カナ「うん」
牧野カナ「約束っ!」
「カーーーットォォォッ!!」
「OKッ!!」
〇病室のベッド
魚谷リエ「うぅ」
本間タカシ「なんて泣ける演技なんだっ!」
倉敷テツヤ「監督ぅ」
倉敷テツヤ「この子、天才だねぇ」
本間タカシ「トンビが鷹を生むとは、まさにこの事だな」
牧野オサム「カナは養子なんです」
牧野オサム「私たち夫婦は子宝に恵まれませんでした」
〇幻想2
牧野オサム「早くに両親を亡くしたあの子は」
牧野オサム「ずっと親戚をたらい回しにされていました」
牧野オサム「大人の顔色を伺う日々」
牧野オサム「そこで身に付けたのが──」
牧野オサム「あの類まれなる演技力だったのです」
牧野オサム「あの子なりの処世術だったのでしょう・・・」
〇病室のベッド
牧野ケイコ「私たちには心を開いていますが」
牧野ケイコ「長年染み付いた生き方はそうそう変えられません」
牧野オサム「ならばこれを特技に変えよう」
牧野オサム「そんな想いから私たちはこの仕事を・・・」
牧野オサム「幸い、娘も楽しんでいますしね」
魚谷リエ「そ、そんな事情が・・・」
本間タカシ「お父さん、お母さん」
本間タカシ「娘さんを僕に預けてください!」
本間タカシ「私が必ずや」
本間タカシ「この子を名女優に育て上げてみせます!」
牧野オサム「監督・・・」
牧野オサム「申し出は大変ありがたいのですが」
牧野オサム「家族一丸が我が家のモットーです」
牧野オサム「そういう事なら、私たちもセットでお願いします!」
魚谷リエ(なんたるバーター魂!)
本間タカシ「アンタラはいらん」
本間タカシ「次行くぞ、次ぃ!」
〇開けた交差点
本間タカシ「殺しの重圧に耐えきれなくなった妻」
本間タカシ「夫を失うかもしれないという恐怖」
本間タカシ「不安は幾重にも重なり」
本間タカシ「夫婦関係は崩壊の一途を辿った」
本間タカシ「そしてついに妻は娘を連れて家を出る」
本間タカシ「二人を乗せた引っ越しトラックの目前に」
本間タカシ「夫が立ちはだかる──」
本間タカシ「本作の見せ場のひとつだな!」
〇開けた交差点
「・・・」
〇開けた交差点
倉敷テツヤ「僕は死にま──」
牧野オサム「早まるなっ!」
本間タカシ「カット、カット、カットォォッ!」
本間タカシ「何やってんだよ!」
牧野オサム「コンビニから戻ったら」
牧野オサム「ちょうど自殺しようとする中年俳優が見えたので」
本間タカシ「撮影だよ!」
本間タカシ「寸前で停まるに決まってんだろーがっ!」
牧野オサム「せっかく買ったのに・・・」
魚谷リエ「そんな事より」
魚谷リエ「倉敷さん、大丈夫ですか!?」
倉敷テツヤ「あ、あぁ」
倉敷テツヤ「なぁに問題ない、大丈夫だ」
魚谷リエ「で、でも倉敷さん・・・」
魚谷リエ「足が!!!」
倉敷テツヤ「アイターーーッス!」
〇開けた交差点
「・・・」
魚谷リエ「主演俳優が・・・」
本間タカシ「今から代役の手配なんて間に合わねぇ」
牧野オサム「ホントだ」
牧野オサム「このシーンだけ見落としていたようだ」
牧野オサム「他のシーンはセリフも全て頭に入っているのだが」
牧野オサム「私もエキストラとしてまだまだだな・・・」
〇撮影スタジオのセット
魚谷リエ「牧野さんを代役に?」
本間タカシ「背に腹は代えられん!」
本間タカシ「俺だって断腸の思いなんだ!」
本間タカシ「ひとまずロケ弁食って──」
本間タカシ「って、俺のは!?」
魚谷リエ「そ、そういえば」
魚谷リエ「牧野さんがおかわりしていたような・・・」
本間タカシ「なんだとぉ!?」
牧野オサム「役者は体が資本ですからな」
本間タカシ「アンタはエキストラだろうが──」
本間タカシ「って、今は違うのか!」
本間タカシ「あーもう、さっさと撮るぞ!」
〇英国風の部屋
敵対組織から命を狙われる夫婦
娘を信頼できる人物に預け
アジトに身を潜める二人は
一度は壊れかけたその愛を確かめ合うように
二人でひとつのロクロを回すのであった──
魚谷リエ(なぜ?)
〇英国風の部屋
叶マキコ「・・・」
牧野オサム「どうしたんだい?」
叶マキコ「眠れなくて」
牧野オサム「そうか」
身体を寄せ合う二人
重なる手と手が絡み合う
ぎこちなくも貪欲に
二人の愛の形を探り合うように
牧野オサム(うっ・・・きゅ、急にお腹が)
牧野オサム(弁当を食べ過ぎた)
叶マキコ「手をここに」
牧野オサム「は、はい」
叶マキコ「そう、上手よ」
牧野オサム(うぐっ!)
叶マキコ「そう、それから」
牧野オサム(あはぁっ!)
叶マキコ「ちょっと」
叶マキコ「しっかりやりなさいよ!」
牧野オサム「いや、しかしですね」
牧野オサム(ぬぅおおおっ!)
ゆっくり静かに時は流れ
いつしか二人の手元には
夫婦の愛のカタチが実を結んでいた
「カット、カット、カーーーットォォォッ!!」
〇英国風の部屋
本間タカシ「一体なんてモン作ってんだよっ!」
牧野オサム「すみません」
牧野オサム「欲望を具現化してしまいました」
本間タカシ「なんだそれ、怖えーよっ!」
牧野オサム「あっ、臨界点突破ッ!!」
魚谷リエ「どーしますか?」
本間タカシ「クソーッ」
本間タカシ「あとでウンコだけ差し替える!」
本間タカシ「とにかく時間がねぇ、次だ次!」
〇漁船の上
アジトをおわれる二人
愛の逃避行は海を渡り
どこまでも続く水平線は
二人の終わりのない戦いを暗示しているかのようであった──
〇漁船の上
本間タカシ「舳先に立つ妻をそっと後ろから包み込む夫」
本間タカシ「本作屈指の名シーンだ!」
〇漁船の上
叶マキコ「・・・」
本間タカシ「・・・ん?」
本間タカシ「夫はドコだ!?」
魚谷リエ「え、えっと・・・」
魚谷リエ「あっ!い、いました!」
〇漁船の上
本間タカシ「背ぇ小さっ!」
本間タカシ「ハコウマ持ってこい、ハコウマーッ!」
〇高速道路
愛の逃避行は加速する
〇岩山の崖
時には互いに手を取り合い
〇神社の石段
時には心と体を入れ替え
〇古い倉庫の中
時には間違え
〇怪しげな部屋
時には迷い
〇闇カジノ
時に笑い
〇牢獄
時に泣いた
〇撮影スタジオのセット
〇密林の中
そしてついに二人は
念願の古代秘宝を手に入れた
魚谷リエ(もうわけわからん!)
〇撮影スタジオのセット
「はい、カットォォォッ!」
本間タカシ「と、撮り終えたぞ・・・」
本間タカシ「あとは編集で誤魔化す!!」
牧野オサム「監督」
牧野オサム「なにかお忘れではないですか?」
本間タカシ「あん?」
牧野オサム「映画の大団円といえば」
牧野オサム「キャスト総出のダンスシーンでしょう!」
〇結婚式場のレストラン
牧野オサム「エキストラ仲間を集めておきました」
〇結婚式場のレストラン
本間タカシ「やめろ、カレーに踊るな!」
本間タカシ「やめろって言ってんだコラ!」
エキストラ「うわっ、押さないで!」
エキストラ「今ので手が滑って振り回してた炎が宙に飛んでったー」
〇結婚式場のレストラン
〇撮影スタジオのセット
〇結婚式場のレストラン
本間タカシ「クソッ、どいつもこいつも!」
魚谷リエ「ん?」
魚谷リエ「なんか焦げ臭い・・・」
魚谷リエ「あぁっ」
魚谷リエ「スタジオが・・・」
〇撮影スタジオのセット
「火の海にっ!!」
〇結婚式場のレストラン
本間タカシ「なっ!」
魚谷リエ「皆さん、避難してください!」
本間タカシ「さ、撮影データが!」
魚谷リエ「危険です、早く避難を!」
本間タカシ「あぁ・・・」
〇荒廃したショッピングモール
「・・・」
牧野オサム「積み上げた物を自ら壊す」
牧野オサム「これぞ芸術!」
牧野オサム「では監督」
牧野オサム「次の現場でお会いしましょう」
〇街の全景
「二度と来るなぁーーーっ!!!」
〇開けた交差点
一ヶ月後
なお、監督である本間タカシ氏は
「アイツらだ」「あの一家にやられた」
などと、うわ言のように繰り返しており──
魚谷リエ(ハリウッドへの道は遠い)
魚谷リエ「バイト探そっ」
〇街の全景
本間監督の次回作にご期待ください
時折、度肝を抜かれるスチルに驚かされながら、笑いながら読了していました。
ホントに娘ちゃんは養子なんですか?
まさか映画に出たいがための演技だとしたら、完全に騙されたんですけど。
エキストラ一家、好きです。
映画・ドラマあるあるが雪崩のようにやってきて、笑いっぱなしでした! いつの間にか主演に近づく夫、謎の一流女優感のある妻、キャラが濃いですね。笑
映画館で流される可能性も考えると、映画をモチーフにした作品はぴったりですね。その時に上映される作品に、さりげなく牧野一家が紛れててほしいです。笑
映画は好きなので楽しかったです!!
いや~、何となく作者さまの世代が解りますねww
あの頃は良かった…
テンコ盛りにジャンル映画を横断した割に、結果スラップスティック・コメディなのも面白い!!
監督はそっちの才能があるのですねww