星空に秘める

くもり

交わることはない(脚本)

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〇住宅街の道
  3月も半ばを過ぎて、
  やわらかい風の吹くようになったある夜のこと。

〇男の子の一人部屋
星也「佳輔、新聞紙持って来たよ」
  自室のドアを開けると、佳輔は振り返りもせずに手だけ差し出す。
佳輔「ん」
星也「ん」
佳輔「こうやって1枚噛ますだけで割れにくくなるから」
星也「へぇ。詳しいんだな」
佳輔「このくらい普通。星也が世間知らずなだけだし」
  段ボールの蓋を閉じて、佳輔はようやく俺を振り返った。
  物心つく前から気付けば隣にいた、幼馴染の佳輔。
  俺の記憶の中にはいつだって佳輔がいる。
佳輔「っていうか、鉢植えなんて置いて行けよ。邪魔なだけだろ」
  明日俺は、この家を出る。
  生まれて初めて、『佳輔が隣にいない自分』になるのだ。
星也「でもそれ、小二の誕生日に佳輔がくれたやつだし」
佳輔「そうだっけ? じゃあ、俺が引き取るわ」
星也「でも・・・」
  佳輔は呆れたため息をついて、俺の部屋を見回した。
佳輔「お前さ、一人暮らしの部屋のキャパ考えろよ」
佳輔「全部は、持って行けないだろ」
星也「・・・」
  痛いところを突かれて、思わず言葉に詰まる。
星也(結局俺、全然駄目だ。なんの為にわざわざ東京の大学に行くこと決めたんだよ)
  佳輔は眉を下げて笑い、俺の頭をぽんと叩いた。
  優しい手のひらの感触に、一瞬心が揺らぎそうになる。
佳輔「そんなんで、本当に一人でやっていけんの?」
星也「出来なくてもやるんだよ。もう、子供じゃないんだから」
星也(そうだ。もうこれ以上、佳輔に頼ってちゃいけない)
  一人では荷造りすらままならない癖に、と自分でも思う。
  けれど今のままでは、俺はますます佳輔に依存するし、佳輔はますます俺を甘やかすだろう。
星也「佳輔がいなくても、俺は生きていける」
  自分に言い聞かせるように、言葉を噛みしめる。
  佳輔から離れることを決めた理由の一つに、あの優しい手のひらがあった。
  ああして触れられる度に、心臓が不可思議な鼓動を刻み、身体が宙に浮いたような感覚に襲われる。
星也(これはきっと、普通じゃない)
  この感情を紐解いてしまっては、恐らく後戻りはできない。
  そんな確信めいた予感があった。
佳輔「・・・当たり前だろ。星也ならどこへ行ってもやっていける」
星也(それはむしろ、佳輔の方だけどな)
  どんくさい自分と違って、佳輔は昔からしっかりしている。
  同い年のはずなのに、まるで兄貴みたいだ。
佳輔「あ、これ・・・」
佳輔「まだ持っててくれたのか」
星也「!!」
  がらんどうになった本棚の奥から、薄汚れたイヌのぬいぐるみが顔を出していた・・・

〇男の子の一人部屋
  ぬいぐるみを見た途端、星也は血相を変えて俺の肩を掴んだ。
  震える指先が食い込み、逆に頭が冴える。
佳輔(大丈夫。もう俺は、大丈夫だ)
  呪文のようにそう唱えて、深呼吸をした。
佳輔「大丈夫だから」
  震えることも掠れることもなく、思った以上に頼もしい声が出た。
佳輔「俺も、もう子供じゃないからな。これ見て卒倒してた頃とは違う」
星也「そう、か・・・」
  星也の手が、肩から滑り落ちる。
  離れていく温もりが名残惜しくて、でもそんなこと口が裂けても言えなかった。
佳輔(イヌよりも星也の方が、俺の中で大きな存在になってるんだな)
  一人っ子の俺の遊び相手は、隣に住む星也か、このイヌだけだった。
  『あの日』も俺はイヌを抱えて、母と二人で街中を歩いていて・・・
  そして、車道に飛び出した。
星也「佳輔、本当に大丈夫か?」
佳輔「!!」
佳輔「・・・あぁ、ちょっと浸ってただけ」
佳輔「こいつも、俺が引き取らないとな」
星也「・・・」
  ぬいぐるみを手に取る俺を、星也がもの言いたげに覗き込む。
佳輔「っていうか、星也の部屋に結構俺の荷物あるな」
佳輔「漫画も、雑誌も・・・あのゲームもじゃね? 持って帰らんと」
星也「別に、置いてっても良くない?」
佳輔「主のいない部屋に置き去りじゃ、可哀想だし」
  適当な言い訳をしていないと、心が凍りそうだった。
佳輔(明日からは、俺の隣から星也がいなくなる)
  まるで『もうお前なんて必要ない』と言われているような心地がした。
星也「確かリビングにも・・・」
  遠ざかる背中を引き寄せたい衝動に駆られる。
佳輔(引き止めて、どうするって言うんだ)
  『行くな』と言う権利なんて、俺には無い。
  本当は力づくで抱きしめたい。
  この手で、捕まえておきたい。
  そんなドロドロした想いを全部、拳で握って自分の胸に叩きつけた。
佳輔(死んでも言えるか)
佳輔(絶対、何があっても、星也にだけはバレるわけにいかないんだ)

〇宇宙空間
  街中が寝静まった午前0時。
  ようやく荷造りを終えた二人は、屋根の上に昇った。
星也「この星空も見納めか」
佳輔「なんだよそれ。もう二度と帰ってこないみたいな言い方して・・・」
  横目で星也を見た佳輔は、その思い詰めたような表情を見てはっとする。
  追及すべきか、それとも・・・
  逡巡の末、何も聞かないことを選んだ。
佳輔「ま、東京には東京の空があるしな」
佳輔「こんなに沢山の星は見えないかもしれないけど、空は繋がってるし」
星也「なにロマンチックなこと言い出したんだよ。佳輔の癖に」
  普段通り軽口を叩いているように見えて、その実二人とも誰にも言えない想いを胸に秘めている。
佳輔「今日くらいいいだろ」
星也「そうだな。今日だけは」
  小さく呟いた言葉は冷えた空気に溶けて、星空へ昇っていった。

コメント

  • 二人とも思い合ってるのに、言葉に出せないもどかしさが切ないです。
    明日になったら二人の関係はどうなってしまうんだろう?と考えてしまいました。
    もしかしたら伝え合う未来もあるのかもしれませんね。

  • 二人は幼い時からいつも一緒で、友達以上恋人未満の関係が何か切ないですね。でも、東京に行くな!とは言えず見送るしかない気持ちは寂しい。

  • 異性同士の恋愛より、なにか美しいものを感じました。互いに相手の心の一部になっている関係が、男女間ではなかなか実現しないからだと思います。異性愛に偏見を持っている人に是非読んでほしいですね。

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