2.パラ研へようこそ:後編(脚本)
〇学校の部室
乾 幹太(『パラ研』の正式名称が『パラドックス研究会』だってことはわかった)
乾 幹太(僕の名前にも『いぬ』が入ってるから「まぎらわしい」って言われたんだなってのもわかったけど・・・)
乾 幹太(なんで急に『レ点』が出てくる? 漢文のやつだよな。確か、1文字戻って読む的な・・・)
乾 幹太「・・・・・・」
乾 幹太(あっ!?)
乾 幹太(『犬飼』という名字にレ点がついたら『飼い犬』になる!?)
乾 幹太(だからさっき石橋先輩は、自分が『飼い主』だって言ったのか・・・)
犬飼 レン子「あなたのその、すべてを悟った表情・・・私の目に狂いはなかったようね」
犬飼 レン子「1年生の、乾幹太くん」
乾 幹太「は、はいっ?」
犬飼 レン子「私がどうして『名前がまぎらわしい』と言ったのか、わかった?」
乾 幹太「えっと・・・僕の名字にも『いぬ』が入ってるから・・・ですよね」
犬飼 レン子「そうよ」
犬飼 レン子「自分の名字を呼ばれるかと思って、いちいちビクつくのが嫌だから」
犬飼 レン子「名前呼びを浸透させようと画策したのよ」
乾 幹太(めちゃくちゃ自分本位かつ、正直だな!?)
犬飼 レン子「他に気づいたことは?」
乾 幹太「・・・あなたは『飼う側』じゃなく『飼われる側』なんですよね?」
乾 幹太「だから『飼い主』がいるんだ」
犬飼 レン子「正解」
石橋 仁「おお、すげー」
ギャル子「幹太くん、優秀っスね~」
乾 幹太「い、いやぁ・・・はは・・・」
犬飼 レン子「じゃあ、私が言った『入部を断る余地』は、わかった?」
乾 幹太「そ、それはまだ・・・」
乾 幹太(そもそも、断る余地がないと思ったから仕方なく入ったんだし・・・)
乾 幹太(しかも、なんなんだよ『パラドックス研究会』って・・・)
乾 幹太(・・・ん? 待てよ、つまり『パラドックス』を研究するサークルなんだよな?)
乾 幹太「も、もしかして、パラドックスと関係があります?」
犬飼 レン子「そうね」
犬飼 レン子「私があなたに仕掛けた賭けは、数学者のルイス・キャロルが考えたパラドックスからヒントを得ているわ」
犬飼 レン子「ボート上に父親を残し、子どもは川で遊んでいた」
犬飼 レン子「そこに人食いワニが近づいて、父親に言うの」
犬飼 レン子「『自分がこれからなにをするか予測できたら、子どもになにもしない』」
犬飼 レン子「『でも、間違えたら子どもを食べる』って」
乾 幹太「あ・・・!」
乾 幹太(確かに似てる!)
犬飼 レン子「幹太なら、どう答える?」
乾 幹太(えっと・・・さっきのケースだと、レン子先輩は僕をパラ研に入れたいからこそ、逆のことを言ったんだ)
乾 幹太(つまり、ワニに子どもを食われたくないのなら、逆のことを言えばいいはずだ)
乾 幹太「『ワニは子どもを食う』って予測すれば、当たりなら子どもを食われずに済む・・・!」
犬飼 レン子「それはどうかしら」
犬飼 レン子「予測が正解だったと証明するためには、実際に子どもを食べるしかない」
犬飼 レン子「でも、正解だったなら食べられないという条件を、自分でつけていた」
乾 幹太「あ、あれ? 言われてみればそうか・・・」
犬飼 レン子「逆に、予測が不正解だとしたら、子どもを食べないことで証明する必要がある」
犬飼 レン子「けれどやっぱり、不正解だったら食べなければならないという条件を、自分でつけていたでしょう?」
乾 幹太「それじゃあどっちも成立しないことに──」
乾 幹太「って、あ、これがパラドックス!?」
犬飼 レン子「そういうことよ」
石橋 仁「さすが、レン子が勧誘してきただけあって、理解が速いな」
ギャル子「あたしなんて、未だに意味ワカンナイんですけどー」
乾 幹太「は、はは・・・」
乾 幹太(でも、まだ解決してないこともあるんだよな・・・)
乾 幹太「すみません、ひとつ聞いていいですか?」
犬飼 レン子「どうぞ」
乾 幹太「さっき、先輩はこのワニの話を参考にしたと言いましたけど」
乾 幹太「僕の場合は入部する選択肢しか残りませんでしたよね?」
乾 幹太「もしそのまま使っていたなら、僕だってさっきのワニと同じジレンマに陥るはずじゃ・・・?」
乾 幹太(でも、僕にはなぜか入る選択肢しかなく、今こうしてナニゴトもなく部室にいる!)
犬飼 レン子「簡単なことよ」
犬飼 レン子「私は外れた場合の条件をつけなかった」
乾 幹太「あっ・・・!?」
乾 幹太(思い返してみれば、あのときレン子先輩が言ったのは──)
「私がこれから、あなたが今考えていることを当てるわ。成功したら入ってちょうだい」
乾 幹太(確かに「外れたら入らなくていい」なんて一言も言ってない!)
乾 幹太(じゃあもしその条件があったら、僕は入部せずに済んだ?)
乾 幹太(・・・いや、おかしい)
乾 幹太(今の話は、僕がジレンマに陥る条件であって、どちらかを選べる条件じゃないんだ)
乾 幹太「僕が入部を断ることができた余地、か・・・」
乾 幹太(なんかヒントくれないかな・・・)
口に出して求める勇気もなく、視線で訴えると──
犬飼 レン子「――仕方ないわね」
犬飼 レン子「これは私の持論なんだけど」
犬飼 レン子「このワニの話って、実はパラドックスでもなんでもないの」
乾 幹太「えっ!?」
石橋 仁「出た! レン子のパラドックス屁理屈破りっ」
ギャル子「わーい、待ってましたぁ~パチパチ」
犬飼 レン子「さっきの幹太の回答、実はちょっと違うわ」
乾 幹太「さっきの回答?」
犬飼 レン子「『ワニは子どもを食う』って予測したでしょ」
犬飼 レン子「正しくは『ワニは子どもを食うだろう』が正解」
犬飼 レン子「断言しないのがポイントよ」
乾 幹太「・・・ってことは、つまり・・・」
乾 幹太(『必ずしも食べる必要はない』ってことか?)
乾 幹太(『食う可能性がある』と『食う』じゃ、確かに言葉で感じる以上の差があるよな)
乾 幹太「・・・ワニは、子どもを食うことによって予測が正しかったことを証明する、その必要がなくなる?」
犬飼 レン子「そのとおりよ」
犬飼 レン子「『食べよっかな~ってちょっと考えただけだって!』と言って、子どもを返せばよかったの」
犬飼 レン子「あるいは逆に『食べたくないな~ってちょっと考えただけだって!』と言って食べるか」
犬飼 レン子「好きなほうを選べばいいわ」
乾 幹太「・・・ってことは、つまり・・・」
乾 幹太(ちょっともう1回、レン子先輩の言葉を思い返してみよう)
「私がこれから、あなたが今考えていることを当てるわ。成功したら入ってちょうだい」
「あなたは今、なんか怪しいからパラ研に入りたくない――そう思っている」
乾 幹太「・・・あっ!?」
乾 幹太(レン子先輩は最初から、僕がパラ研に「入る」か「入らない」かという話はしてない・・・)
乾 幹太(僕の考えを予想していただけで、断言はしていないんだ・・・)
乾 幹太(それでさっきのワニの話と同じ結論になる!)
乾 幹太「つまり『実際「入りたくない」って思っていたから入部しなくちゃ』じゃなくて」
乾 幹太「『「入ってもいいかな」とチラッと思っただけ、だから入らなくていいですよね』って断るのが正解だったわけですね・・・」
乾 幹太(僕は証明しなくてもいいものを、証明してしまってたんだ・・・)
犬飼 レン子「ようやく辿り着いたわね」
犬飼 レン子「一応その余地を残しておいたのは、私なりのやさしさよ」
石橋 仁「とか言って、もしカラクリを見破って入部を断るような相手なら、絶対逃がさなかっただろう?」
犬飼 レン子「さすが飼い主、よくわかってるわね」
乾 幹太「は、はは・・・」
乾 幹太(結局は入部する選択肢しかなかったんだな・・・)
乾 幹太(でも、案外悪い気はしないな)
乾 幹太(パラドックスってちょっと面白そう──なんて思っちゃったからかもな・・・)
やっぱり楽しすぎます!レン子さんのロジック、好きです!
そして、この舞台が大学というのもピッタリですよね。本業の学問以外に、思考力や他の人生経験値を高める場所ですから。