エピソード1(脚本)
〇水中
海の底。
日の光を浴びながら歌を歌う美しい末っ子人魚のお話し。
誰にも内緒の洞窟にいる、海の魔女のもとへやってきたが・・・?
末っ子「ねぇ、教えて、海の魔女!」
海の魔女(・・・火が何故燃えるの?陸でも丸は永遠の証なの?太陽はどこにあるの? 今日は何を聞かれるんだか・・・)
末っ子「どうしてわたしの胸は苦しくて切ないの? どうすれば治るの? ねえ、教えて、海の魔女」
海の魔女「急にどうした!?」
海の魔女(こんな暗くて偏屈なあたしに恋愛相談か? ずいぶん拗らせているな・・・よっぽど脈がないのか?)
海の魔女「知らないよ。そんなに気になるならその美しい声で海に引き摺りこんでしまっておくといい」
海の魔女「いつも沈没船で宝を拾っては、こうしてここにしまいこんでいるだろう。思い人もそうして閉じ込めて、人魚らしく奪ってしまえ」
末っ子「今までとは違うの、存在を思い浮かべるだけで拾ってきたどんな宝物より輝いてみえるの。」
末っ子「きっと、誰にも秘密のここに閉じ込めても美しいんでしょうけれど、その人が一番輝くのは趣味にひたむきな時なの」
魔女は思わず頭を抱えて唸りかけたが、細い手先から袖がずり落ち急いで肌を隠した。幸い岩影にいたのでさほど目立たなかった。
海の魔女「随分ご熱心なことだ。 お姫様に見劣りしない王子様とやら、さっさと連れていってあんたのお父さまに拝ましてみなよ」
海の魔女「そうすりゃあたしも多少気が晴れるさ。 頭のお堅い王様の泡を吹く面が見れないのが残念だがね」
末っ子「ふふ、そうね。 わたし、これでも一応お姫様。だけど、末っ子だから皆甘くて、公務もほっぽりだしてよく逃げちゃうもの」
末っ子「紹介したいのは山々だけど、わからず屋で・・・ その点王子様は頑固なところもあるけど、わたしのお話をよーくきいてくれるの!」
末っ子「あの方、わたしの立場を知ってるのにちっともなびかないの。何とか取り入ろうとする取り巻きよりよっぽど誠実なんだから!」
末っ子「でも、目標にひたむきな方だし、欲しがりで欲張りで、わがままで飽き性なわたしじゃあ嫌われちゃうかしら…」
人魚姫は透き通る尾びれをひらりと海の底に投げ出した。岩に頬杖をつくと、丸い頬がふっくらした手のひらからはみだした。
海の魔女「はぁ・・・ あたしゃ薬を作るのに忙しいのさ。 それでもあんたは人魚なんだ、誘惑するならお手のものだろう。」
末っ子「もう! 誘惑がことごとくうまくいかないからこうして相談しにきているの!」
姫は頬を膨らませ、細い髪を指にからめ、岩に仰向けにねそべった。
その辺りに差し込む日の光があたり、鱗がきらめいた。
海の魔女「あんたの歌でも落とせないとなれば、相当な頑固者か、よっぽど一途なんだろう。 こら、泡をよこすんじゃない。気が散るだろう」
末っ子「日の光があたってきれいでしょう?ここで泡を作ると宝石みたいにきらきらするの。まんまるで素敵だと思わない?」
海の魔女「やれやれ・・・」
突然何かひらめいたのか、姫は海の底に横たえていた体を起こし、銀の刺繍が映えるところどころ白い布を探った。
末っ子「見て!これ、この間見つけた宝箱に入っていたの! きれいでしょ?」
海の魔女「それは愛を誓う指輪さ。 左の薬指にはめて、陸の人間が永遠に共にいると約束するのさ」
末っ子「まあ! そんな素敵なものだったのね!何でももってるけど知らなかったわ!」
海の魔女「人魚は歌で、人間は指輪で。 美しいもので愛を伝えるのは陸も海も変わらない。・・・こら、近づくんじゃないといっている」
末っ子「ねえ、指輪も、海辺にあがって歌わなきゃできない泡も、まろくて、きらきらで、美しくて、永遠の愛を誓うものでしょ?」
末っ子「声でも地位でもあなたがほしいもの全部あげるから、教えて、海の魔女。 どうすれば人間の王子様は手に入るの?」
人魚は一途で愛を大切にする。
人間に恋をさせてきた生き物だが、人間に恋した場合なお恐ろしい結末を迎えることもあるのだ。
海の魔女「はぁ、仕方ない。 この部屋も、薬の材料も、もとは全部あんたのだ。 あんたが居座るのが条件だなんて、破格の対価だしね」
海の魔女「つくづく王家の者の考えることはわからない。こちとらお尋ね者なんだ。人魚らしくもっと対価を吊り上げればいいのに」
人が一人、二人、入れるかという洞穴で、魔女が薬を混ぜている。
丁寧に真珠を鍋に溶かし、黄金色の液体を作っている。
末っ子「本当、あなた、会った時から変わらないのね~♪」
海の魔女(急に歌いだした・・・これがお姫さまというものなのか・・・?)
洞穴の中は暗い。薬が輝き、わずかに様子が伺える。
魔女の背中側には、鎖やペンダント、貝殻、コインといった薬の材料が並ぶ。
末っ子「あなたのアドバイスはいつ聞いても的確だもの。 優秀な方の時間を共有できるなんて、むしろわたしの方が得しすぎかもね」
海の魔女「王家のお姫様が追放された出来損ないの魔女にお情けをくれるとは万々歳だ。 せいぜいあのうっとうしい侍従にみつかるなよ」
末っ子「もう。 あんまり意地悪言わないで。 ばれないようにちゃんといろいろお片付けしたもの!」
海の魔女「そんなこといって、この前王家の人魚にお尋ね者のあたしを匿ってるのがばれて、こっぴどく叱られたろう。 よせばいいのに」
末っ子「もう二度と邪魔させないようにちゃんと処理したもん! わたしは子どもじゃないのよ!」
繊細な細工のされた服をゆらめかせ、姫は声を少しあらげた。
緑の瞳が見開かれ、きらめく泡がたくさんこぼれおちた。
海の魔女「あ、貴重な材料たちが落ちてしまった・・・」
末っ子「ご、ごめんあそばせ・・・ わざとじゃないの・・・」
海の魔女「それはそれは結構だ。 それで、そのお方はどんななんだい。しばらく混ぜるだけだし聴いてみようか。声で壁を壊されても面倒だ」
あちらこちらで瓶が割れて、薬を混ぜる鍋にひびが入った。
人魚の声は心を揺らすだけでなく、気分次第で物理的な破壊も可能だ。
末っ子「うう・・・」
末っ子「美しい方よ。宝石にも歌にもなびかない、強くて気高い心の持ち主で、いつだって話を遮らない優しさも持ってる」
末っ子「ちょっぴり恥ずかしがりやさんで、決まったところでしか会えないの。 大人っぽい精神に似合う服で、素肌を隠しているの!」
海の魔女(美しいねぇ・・・ 恋している生き物の言うことは美化されがちだが果たしてどうだか・・・)
末っ子「でも、一等きれいな瞳は大きなフードでも隠しきれないの。打ち込む姿も、きらめく素顔も、星よりよっぽど輝いているの!」
末っ子「声をかけられなかったんだけど、ある日他の人魚に見つかってしまったみたい。 壊れちゃいそうでそっと眺めてたのがだめだった」
末っ子「でもまた会えるようにわたしの全部を使って探して、ようやく見つけたの! 次誰かに見つかる前に、早くわたしのものにしたい!」
人魚はうっとりと瞳を輝かせた。
一方海の魔女は目もくれず、散らばった宝物たちを元通りになおしていく。
海の魔女「へぇ、随分手間をかけたんだ。 というか人間が人魚にみつかったら、魅了されて溺れ死ぬのがオチだろう。よくそいつも生きてたね」
末っ子「それがね、海に降り立つなり、いろんな人魚の誘惑をことごとくはねのけて」
末っ子「手を尽くして奪いかえそうと思ったんだけど、その方がね、陸では結婚の時に白い布をまとうから、それを着て海で暮らしたいって」
末っ子「面白がったその邪魔な人魚が白い布を探してる内に、そいつが落とした鱗を呑んで、海でも息ができるようになったんですって!」
末っ子「すっごく頭がよく回るのね! 時間稼ぎにしても、頭を声で粉砕されるかもしれない人魚を前に堂々としてたの!勇気もとびっきり!」
海の魔女「でも、鱗を飲まれた人魚は肺でしか呼吸できなくなるだろう? 結局間抜けの怒りを買うのなら、惨い死に方をするだけじゃ?」
末っ子「そう。だから人魚の取り巻きが怒って、その方を海から追放するようにお父さまに言いつけたの。 へましたそいつのせいなのに!」
海の魔女「仮にもお姫さまが「そいつ」、ねぇ? よっぽど会えなくなったのが寂しかったか」
海の魔女「人魚の怒りは苛烈で恐ろしい。例え同族だって容赦しない。人間なんてもっての他。それを知らないんじゃ結局逃げられないだろうさ」
末っ子「ひどい話よね。 もとはといえば鱗を落とした人魚が悪いのに。そもそも何も知らずに口にした方を責めるなんて!」
末っ子「知らずとも海の法に背いたから、お父さまに烙印をされちゃったんですって。 だからそれが目立たないような重たい服を着ているの」
末っ子「ま、間抜けな愚か者どもはまとめて罰でイソギンチャクにされちゃったから、もうあの方にアプローチもできないけど!」
海の魔女「ふうん、なかなかの策士とみた。 頭はまわるが人魚の鱗については知らないようだね。人間なんだ、当然といえばそうだが」
海の魔女「命からがらだったろうに、助かったのは幸いだね。なら、まさかの事態に弱ったそこを助けてやれば心が掴めたんじゃないかい?」
末っ子「それがね、控えめな方で、かたくなに誘いを断るの。高潔で素敵だけど、だから打ち解けるのに時間かかっちゃった」
海の魔女「はいはい。 よかったですね・・・ さっきの癇癪で貴重なコインが落ちてしまった。こいつも片付けなくちゃ」
末っ子「あら、ごめんなさい。 わたしも魔法でひびをなおすわ」
姫は亀裂に泡の魔方陣をかけ、元通りにしようと努力した。海の底、穏やかな時間は、ゆっくり光の入りが変わりながら過ぎていく。
〇水中
末っ子「やっぱりわたしが子どもだから相手にされないの? こんなに自分勝手なわたしを見抜いてつれないのかしら・・・」
片付けを黙々と行う魔女は背を向けているが、悲しげな声にしぶしぶ口を開いた。
海の魔女「あのねぇ、泡でリングを描いて魔方陣を作るのにも、そもそも破壊衝動をこうしてひび割れ程度で収めれるようになったのも、」
海の魔女「人魚の、それもわがままお姫様にしちゃあ上出来さ。努力するやつには他のやつの努力が見えるものだ、きっとそいつもわかるだろう」
末っ子「・・・!!」
末っ子「まさかあなたにそう言ってもらえるなんて! ふふ!」
姫は細い髪を、透き通る尾ひれをなびかせ、魔女を見つめた。
日がだんだん海の底から壁に移り、暖かい午後が終わり始めていた。
海の魔女「なんてったって、どうしてそんな変わり者の人間に恋をしたんだい? 放っておいたってどうせ趣味に現をぬかすあほんだらだろう?」
末っ子「・・・趣味に熱心なのが素敵なの」
末っ子「・・・あのね、人魚は恋多き種族なんて他の魚に言われるけど、違うの。 本当は愛がないと死ぬから魅了を身に付けて生き残ったの」
海の魔女「・・・ほう?」
末っ子「最近まで、人魚が人を食らうのは、妊娠産卵に合わせて栄養をつけるためだといわれていたの。今もその説を信じる古い人魚は多い」
末っ子「でも違った。 寂しさに耐性がないの。だから、「人を魅了できる自分」で承認欲求を満たして、精神を保つの」
近年人魚に関わる差別撤廃、魚の法整備が急激に進む中で新たに提唱された学説である。
公式見解は未だに決定されない。
海の魔女「ふん。 どこも一緒さ。寂しさを紛らわしたいから自分以外を推し量れない。相手の瞳をみつめても、映るのはてめえの間抜け面」
海の魔女「だからこそ、一人で生き抜く価値があるのさ。 薬作りに集中できれば、寂しさもましになる。趣味は孤独の救いだ」
末っ子「・・・わたしが依存体質なだけ?」
海の魔女「依存体質じゃない生き物は存在しない。 だからあんたは悪くない。 だが会話するなら対等でいろ。相手を上にも下にも見るな」
末っ子「愛されたい・・・!寂しい・・・! いつもみんな言うこときいてくれるのに!どうしてうまくいかないの!」
海の魔女(まずい、せっかくなおりつつあったのに・・・!また癇癪か・・・!)
海の魔女「向き合え!逃げるな! わがままなその顔をよおくご覧!」
海の魔女は、だんだん日の光がささなくなってきた部屋をずるずると這っていった。
姫の頭を掴み、額を付け目を合わせる。
末っ子「・・・!!」
海の魔女「よーくおきき! その可愛い面で!愛とやらを捕まえるなら! 弱い自分をみつめろ! 本当に欲しいもんはなんだ!」
末っ子「・・・っ!!」
末っ子「あの方が好き…そもそも趣味にはまるところを見て好き…だと思った訳で…つまりわたしも趣味にはまれば・・・???」
混乱して目をそらして言う姫に、魔女は思わず苦笑いした。
海の魔女「いいや、あんたがはまるのが人間だろうがなんだろうが、あんたと相手が共倒れしなきゃどうしたっていいさ」
海の魔女「いいかい、人間の男はおしゃべりが嫌いなんてのは遠い昔の話だ。 そいつ、あんたの話をきくの、遮らないんだろう?」
末っ子「う、うん・・・」
魔女がくしゃりと髪を撫でると、姫は照れたように手で顔を隠した。
海の魔女(よし、貴重な髪をゲット! 薬にするか・・・)
海の魔女「なら少なくとも会話自体は嫌いじゃない。 偏屈でも変わり者でも、そいつは人として、他の人間をどこかで待っている。」
末っ子「・・・人間じゃなきゃだめ・・・? 薬で人間になればいいの・・・?」
海の魔女「んなことはない、あんたと同じ生き物だよ。 どこで嬉しくなって、何が悲しくて、なんて、些細なことひとつずつ共有したいのさ」
海の魔女「それさえあれば、分かち合える。 そのために声があるのさ。 わがままなあんたから奪ってないのは相手と話をさせるため。」
魔女はとっさに岩影から出てしまったことを悔やんだが、それを決して表情に出さず、再び這って岩影に戻った。
末っ子「じゃ、じゃあ、もしわたしが、癇癪をおこさず、ドキドキしすぎずにお話できれば…」
海の魔女「ドキドキしすぎず、は難しいかもだけどね。今そいつのこと考えてる?さっきからやたら顔が赤いぞ?」
海の魔女(あたしが近くに行ったから驚いたんだろう。日が暮れはじめていたからあまり見えてないはず・・・だよな)
末っ子「んもう、そんな意地悪言って・・・!」
末っ子「・・・ふふ! ありがとう!元気が出てきたわ!」
海の魔女「こら、泡をこっちにかけると薬を入れてる鍋がみえないだろ。 こぼしてあんたのきれいな髪にでもかかっちまったらどうするんだ」
末っ子「あら、もしそうなったらあなたがきれいにしてくれるでしょ?あなたに相談の口実が増えるわね」
再び復元魔法をかける手が弾み、明らかにウキウキしだす姫の表情に、魔女はこっそりため息をついた。
海の魔女(なんだってこんなお嬢さんがあたしと契約したがるんだか・・・つくづく理解できんね。薬作りができればそれでいいけど)
何やらふっきれたようで、姫が向き直る。
そこには癇癪を起こすわがまま娘でなく、毅然とした姫の誇りがみえた。
末っ子「ねえ、わたし、あの時逃がしたのを後悔してるけど、今度こそあの方の心を手にいれたいの」
改まった口調にいささか戸惑いつつ、魔女は親身に話に乗る。
海の魔女「そんなにほしけりゃ、その指輪を貸してごらんよ。 陸の求愛を教えてやろう」
末っ子「陸の・・・!? 歌も魅了もプレゼントも効かない偏屈な方に、そんな正攻法で効くのかしら!?」
海の魔女「仮にも思い人だろ、さりげなく失礼だな。 偏屈そうなのは同感だが、まず話の内容を整理しようか」
海の魔女「天上の調べに近い人魚の歌に参らない心があり、陸の文化に人魚が好奇心を刺激されると知っており、人魚の鱗を飲むイカれ野郎」
心底げっ、という顔の魔女は、別のどこかで趣味に勤しむ王子さまに思いをはせようとした。
海の魔女「・・・そういや趣味に没頭するといったね? 今もそいつは趣味が恋人なのかい?」
末っ子「ええ、お父さまに雷を落とされて海から出ていけと言われたのに、わたしが匿ってあげるまでずっと海の岩かげで過ごしてたの!」
末っ子「そんなに海のものが珍しいかしら・・・陸の方が物がたくさんなのにいつも目をキラキラさせてるの・・・そこがいいんだけど・・・」
海の魔女(海には人魚の声を浴びてほどよく壊れかけた貴金属やら、薬の材料やら、宝がたくさんあるんだが・・・姫には早いか。まあいい)
海の魔女「となれば環境提供で信頼は得ただろう。 知識の探求に勤しむのは本来陸でも海でも疎ましがられておしまいなのを支えてるんだから」
海の魔女「アドバンテージは間違いなくあんたにある。 協力してくれる存在はそれだけでありがたいもんさ。無視できる訳ないだろう。」
末っ子「確かに・・・?つれないけど無視はされないし?」
海の魔女「そこであんたのとびっきり美しい声でいうのさ、 「永遠にあなたの趣味を支えるから、わたしの王子様になって」 ってね」
海の魔女「指輪を左手の薬指にはめるんだ。 いくら常識知らずの偏屈野郎でも、趣味に寄り添う存在が現れたら思わずはいといっちまうさ」
末っ子「指に輪を? 陸って不思議・・・」
海の魔女「船にあった布を使って服を作ったんだろう、そいつはウエディングドレスの切れ端さ。 死が2人を分かつまで愛す誓いの衣装だ」
姫はまじまじと服を見つめた。
切れ端とはいえ、特別な衣装のものと気付いて使っていたが、永遠の意味があるとは。
海の魔女「そう、こうしてはめて。 「健やかな時、病める時も、死が2人を分かつまで、愛することを誓います」」
末っ子「・・・!! 輪じゃないもの、言葉にも、永遠の意味がこもるのね・・・求愛行動で示す文化だから知らなかった」
海の魔女「ふふ、歌だって丸い形をしないだろうさ! 陸の結婚も同じ!輪に拘るまでもない、大事なのはそいつの心に寄り添う言葉だ!」
末っ子「大事なのは・・・言葉・・・ 寄り添うこと・・・」
日は落ちはじめ、光がいよいよ差し込まず、黄金の薬だけが輝いている。
魔女の瞳がはっきりと見え、姫は思わず喉をならした。
海の魔女(そろそろ完全に日が暮れるだろう、見えないだろうからこのへんでとっとと片付けるか・・・)
海の魔女「大事な時にこうしてはめるんだよ! ほい、じゃあ元の場所にしまっとこ!」
末っ子「きゃっ! ふふ、くすぐったいけど、魔女の手ってあったかいのね!」
〇朝日
末っ子「海の魔女、ありがとう! わたし、頑張る!振り向いてもらえるように!」
海の魔女「はっ、そいつは良かった。 さあ日が暮れる。おせっかいなやつらに見つかる前にとっととお帰り」
海の魔女(ようやく全て片付け終わった・・・ はやく薬の準備を・・・)
末っ子「・・・あのね、わたし、本当にあなたと出会えて良かった。 全部ひっくるめてあなたって最高よ」
海の魔女(やれやれ・・・ やっと心が落ち着いたか。ま、これも材料を頂く対価に含まれてると思えば安いもんさ・・・)
海の魔女「はいはい、とっととお帰り人魚姫。 お家の大事なお約束の時間だろう? 背いたらあんたもお父さまに雷をもらっちまう」
末っ子「・・・・・・」
海の魔女「・・・どうしたんだい? まさか体調でも崩したのかい?そりゃ困る、大事なパトロンだ、 待っておくれ、今薬を・・・」
末っ子「──もう大丈夫。 「お片付け」は全部終わったって言ったでしょ?」
海の魔女「え?それは思い人にやるんだよ? なんだって今取り出したんだい?せっかく服にしまってただろう?」
海の魔女「それに、もう時間が・・・」
末っ子「お父さまも、お姉さまも、みんなみんな、わたしの声ですっかり骨抜きだもの。 あなただけよ、わたしの声で落ちないのは」
末っ子「お家に帰る時間も、王族の鱗を飲む偏屈を殺さず雷ごときで許すのも、わたしのものに目をつけて鱗を落とす愚かな人魚に下す罰も、」
末っ子「全部わたしの思うがままなの。 あなただけがわたしの思う通りにならないの。・・・わたしの王子様」
海の魔女「な、何いってるんだい! あたしゃただのおたずねものさ・・・!」
末っ子「いつも薬作りに夢中で、陸の人間に魔女だといわれて居場所をなくされて、人魚になって海で薬を作ろうと決めたんでしょ?」
末っ子「賢いあなたは、鱗を飲めば人魚になるって知らなかったけど、新しい薬の材料になるかもと思ってまず自分で試したのよね?」
海の魔女「な、どうしてそれを!?」
美しい人魚姫は、間近に寄ってきた海の魔女──もとい人間を抱き締めた。
昼間は絶対に光の下に出てこない人を、今、捕まえた。
末っ子「本当、危なっかしくてハラハラしちゃった!わたしの鱗じゃなきゃ、あの邪魔者の鱗を飲もうもんなら・・・大変なとこだったのよ!」
海の魔女「な・・・!?」
末っ子「人魚が鱗を飲まれたら肺で呼吸しないといけなくなるの。海での呼吸は一日一息だけ。泡の使い勝手が悪くて苦労したわ、、」
海の魔女(どういうことだ? なぜ?どうして?一体どこから!)
末っ子「絶対にその肌をさらさないどころか日の光にあてないんだもの、人間だってばれるのが怖かったの?」
末っ子「美しい人、わたしの「愛」にのまれない、美しい心の持ち主・・・!あなたこそわたしにふさわしい・・・!」
海の魔女「あたしの話全然きいてなかったのか!?」
本来栄養分でしかない人間だが、「承認欲求の為命を奪うのは残虐だ」と一部の人魚がデモを起こして以来、飼育愛玩対象となった。
末っ子「愛おしいとかわいそうってこんなに近しい気持ちなのね・・・! あなたといるとわたし、新しい自分に出会えるの!」
海の魔女「まずい、人魚は確か、海の中で最速で泳ぐために筋力の発達が著しい・・・! 逃げられない!」
末っ子「わたし、あなたが壊れないように加減して駄々をこねてたの!でもびくびくしないし、魅了もされない!薬で耐性でもつけたのかと!」
末っ子「違うわね、あなたの言葉、わたし完全に理解したわ! あなたは”既に薬作りそのものに魅了されている”!一つに依存している!」
末っ子「だからわたしの魅了がかからなかった! 既に強い魅了だから上書きもできない! これがあなたの愛の力なのね!一途だわ!」
海の魔女「まずい、もう日が沈んだ、薬が切れる!息が、苦し・・・」
愛とは依存である。
依存先を増やすことで執着が減る、即ち一つに没頭すれば並々ならぬ執着となる。
末っ子「あなたが人魚の髪の毛の遺伝子情報を採取して、定期的にえら呼吸の薬を作らないと海で暮らせなくなっちゃうのも知ってたわ!」
末っ子「でも最初に飲んだ鱗がわたしのじゃなかったら。別の人魚の遺伝子は拒絶反応の原因。あの邪魔者の髪を一生飲むことになるの!」
末っ子「・・・そんなの、わたし、許せない。 だから、あなたにえら呼吸をしてないことがばれないように、薬の勉強したの。」
末っ子「わたしが肺呼吸する人間になったから、お父さまがかんかんに怒ったの。でも、定期的に陸に上がれば薬でえら呼吸も可能よ」
末っ子「泡はその時たくさん集めてくるの。 船乗りを酔わせて結婚式してる船を沈没させて、あなたの薬の材料を手に入れるの」
海の魔女「かっ・・・は・・・ うっ…」
末っ子「あらら、大丈夫? ほら、鍋にわたしの髪の毛を入れて、と!」
黄金の薬液が、姫の髪をいれたとたんにぐらぐら煮え立ち、狭く暗い空間で怪しく影が揺れた。
何かが生まれる──
末っ子「うん!キラキラの黄金の粒! 朝日みたいね! さ、溺れるあなたを助けてあげましょう!わたしの王子様!」
厳かな黄金の光が、揺蕩う髪を、影を、魔女の薬の材料を、絵画のように照らした。
末っ子「・・・さて、このお薬が出来上がる前に。 健やかな時も、病める時も、愛してちょうだい。さもなくば──」
末っ子「──わたしが死んで、永遠に一人ぼっち。わたしの歌声も愛も命も途絶え、王宮からの追っ手が迫り、今ある全てを失うわ」
末っ子「でも大丈夫、それより先にわたしの人魚の髪の毛が、薬の材料がなくなったあなたは海の底で一緒にわたしと溺れることになる」
"真実の恋の思いが叶わなかった人魚は泡になる。もし恋したのが人間ならば、心の臓を取り出すといい"という海の伝承がある。
末っ子「わたしを騙して陸に上がるから平気? そう? だってあなた、陸に居場所がないからこんな海の底までやってきたんでしょ?」
末っ子「薬が作れない人生に意味がないから、人であることを捨て、全ての賭けに勝って、今ここにいるのでしょう? あなたの愛は重すぎる」
陸での薬作りは、魔女狩りの対象となった。深い知識と豊富な薬で住民を助けていた魔女が火炙りになるのも時間の問題だった。
末っ子「薬指、誰よりきれいね。 しわまみれだというけど努力するあなたの手は美しい。言葉はなお美しい。薬を作る瞳も、優しい心も、」
末っ子「あなたの全部が欲しいの。もっと。 これって真実の愛かしら?」
末っ子「輪のついたアクセサリーをあげるのは陸の求愛。 貢ぎものをして、泡を吹き掛けてたのは海の求愛」
末っ子「宝石のまん丸!やっぱり銀の指輪があなたによく似合うわ! ね、わたしあなたの言う通り、海と、陸の求愛で永遠を誓ったわ!」
淀み暗い海の底、魔女の飲み込んだ薬の光が輝き、魔女が海を照らす太陽となったようだった。
末っ子「ね、わたしの愛を受け取ってくれてありがとう! ずっとわたしがあなたの理解者でいるわ!だからどうか、」
姫は朝を迎えることができた。
泡にならず、思い人と見事結ばれ、ハッピーエンドを迎えたのだ。
海の魔女はお姫様相手なのに容赦無く歯に衣着せぬ物言いで、お姫様もそれにめげることなく恋心を蕩々と語り、二人芝居の舞台を見ているような感覚になりました。そしてまさかの結末に驚愕。結末を知ってから再度、伏線を拾いながら細部まで読み返したくなる力作でした。
読み進めていくうちに感じる「これはまさか」という気持ち、そしてそれが確信に変わった瞬間…怖ッ!ってなりました。
独特なミュージカル調?の台詞回しもフックが効いてて良いなと思いました。