読切(脚本)
〇女の子の一人部屋
市井ユカ「明日からまた学校か・・・」
市井ユカ「嫌だな・・・」
明日は9月1日。楽しかった夏休みは終わる。
先生のどなり声が嫌い。関係なくても、あのピリピリした声は理不尽に襲ってくる。
クラスのやかましい男子の、悪ふざけやきつい言葉遣いが嫌い。
派手めの女の子達にされているいやがらせも、耐えるのに限界が来ていた。
市井ユカ「そうだ、死ねばいいんだ」
手元のスマホには、夏休みの最終日に特に自殺者が多い、という趣旨の記事が映っている。
彼らの気持ちがすごくわかる。もう戻りたくないんだ、あの空間に。
自殺と学校。比べることは、そして前者を選ぶのはおかしいことなの?
違う、と。スマホの中の数字が叫んでいた。
〇学校の屋上
通っている中学の屋上。学校に行くのは嫌だったけど、死ぬと思えば足取りは軽かった。
死ねそうな場所は他に思い付かなかったし、ここで死ぬことでちょっとはあいつらが責められないかという期待もあった。
ゆっくりと歩いていると、柵の側に人影が見えた。先客がいたんだ。
その人影は、今まさに柵を越えようと足をかけているところだった。
市井ユカ「ま、まって!」
自殺しにきただけだ、例え目の前で誰かが先に飛び降りようが関係ない。そう考えても良かった。
だけど、私は焦り、全力で柵に駆け寄る。人影に見覚えがあったから。
市井ユカ「トオル・・・?」
そこにいたのは小山トオル。クラスでもっともこの景色が似合わない人間だった。
そして私の幼馴染・・・だった存在。
小山トオル「ユカ・・・?」
トオルは足を降ろしながら振り返って、私の名前を呼ぶ。
こうやって向き合うのはいつぶりだろう。
昔はいつでも一緒にいたのに。中学に入ったあたりから、さっぱり喋らなくなった。
それも当然だ。トオルはクラスでも人気で活発だけど、私はずっと一人で本を読んでいる日陰者。
正反対なんだから。
小山トオル「お前なんでここに・・・?」
市井ユカ「そ、それはこっちのセリフだよ」
トオルは私と同じで、死のうとしている。そうわかってしまった。
市井ユカ「なんで、トオルが・・・?だって、あんな楽しそうだったじゃん」
小山トオル「お前には、わからないよ。一人でも平然としていられる強いやつには」
市井ユカ「平然となんかできてないよ、一人でいるしかないだけだもん!」
市井ユカ「それに、わからないとか。当然じゃん!トオルから離れていったくせに!」
中学に入ってすぐくらいから、話しかけても気まずそうに目線を逸らされるようになった。
トオルたちの騒ぎ声がなぜか特別嫌いだったのは、大事な幼馴染を取られたような気がしていたから。
小山トオル「それは・・・。てか、もうお前にはどうでもいいだろ、さっさとどっか行けよ!」
市井ユカ「嫌。飛び降りようとしてたんでしょ?私だって死にたいの。むしろそっちがどっか行って」
別にここでないといけない理由なんてないけれど。
ここで死ぬのは自分だからお前はどっか行けなんて無駄な争いだ。ほかのところを探せばいいんだから。
それに、ここで自殺してもよかった。どうせ死ぬんだから、後か先にもう一人が死のうがどうでもいい・・・なんて、ことはない。
市井ユカ「だからいやだって、一人になったら死のうとか思ってるんでしょ!?」
小山トオル「そうだよ、何が悪いんだよ、お前だって死のうとしてるくせに!」
市井ユカ「悪くは・・・ないよ」
自殺は駄目なんて月並みな言葉を言うつもりはなかった。
私だって迷惑がとか甘えとかそんな薄っぺらい言葉を振り切ってここまで来てるんだから。
市井ユカ「悪いとかじゃないの。私が死んでほしくないの、トオルに」
小山トオル「それは、こっちのセリフだ・・・」
〇学校の屋上
そのあと、すごく長い沈黙があって。
とりあえず柵に寄りかかりまくっているトオルを引きずって屋上の中央部で座った。
ぽつぽつとしゃべり始めたのは、私だったのか、トオルだったのか。
最初はなんで死にたいのかとか話してた気がする。
正直、トオルが死にたい理由は聞いても納得いってない。
トオルも、私が死にたい理由に納得いってないみたいだった。
でも、そういうものなんだと思う。
いじめられました。親に虐待されました。そんな大層なものじゃない。
甘えって言われるかもしれない。もっと辛い人がいるとか、がんばったらなんとかなるとかも。
けれど、辛いのは辛くて。死にたいって思う気持ちに嘘はなくて。
・・・そして、死にたいと思っている幼馴染に死んでほしくないと思っている。
市井ユカ「九月一日が来るまでに、死にたかったの。始業式、なんてさ」
小山トオル「学校なんて始まってほしくなかった」
市井ユカ「さっさと終わりたかった」
小山トオル「知ってる」
市井ユカ「でも、さ。やり直せないかな」
なんでか、大した話はしてないけど、この空気が心地よかった。数年ぶりに安心できた。
そうだ、まだ終わりたくないなんて思っちゃってる。
市井ユカ「陽キャとかパリピとか、レッテル貼って勝手に避けてたけど」
小山トオル「からかわれるからって、先に避け始めたのはこっちだよ」
市井ユカ「そうだったね」
明日は九月一日。始業式だ。
なら、なにかを始めたって、また関わり始めたっていいじゃん。
小山トオル「明日、学校来る?」
市井ユカ「行くよ。そっちも来るでしょ?」
先に立ち上がったトオルが手を差し出す。それをつかんで、二人で柵に背を向けた。
明日、おはようって言うために。
9月1日の始業式を学生の苦悩と自殺に焦点を当てたのは流石ですね。学校という苦行場に行きたくない若者も少なくはないでしょう。
夏休み明けの少年少女達の思いって複雑ですよね。
決して夏休みが終わるのを楽しみにしてる子はいなくて、明日への絶望感が伝わってきました。
でも、明日の挨拶の約束が出来て良かったと思います。
素敵な終わり方だと思いました。
お互い状況は違えど思春期の2人の悩みや想いがすごく伝わってきた作品でした。おはようと言うために。とても素敵な締めくくりで2人の始業式の姿が楽しみです