偽恋サスティナビリティ

みもざ

3(脚本)

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〇講義室
新井「シノケン、先行ってんぞー」
  階段教室の後方から、呼びかける声が聞こえる
  篠と須賀崎は理学部応用生物学科の二年生で、出席番号も隣り合っている
  前から三番目の席に座っていた篠は、後方を振り返って友人たちに手を上げる
  篠はリュックを背負うと、当たり前のように、隣で座っていた須賀崎の支度が終わるのを待った
須賀崎「・・・帰りたいんだが」
  飲みに連行される気配を察知したらしく、須賀崎は控えめな抵抗を見せる
篠「却下。今日は言ったろ、決起集会だって」
  決起集会、と大袈裟な名前はついているが、要は来週に控えている実験の予習だ
  わざわざグループの予定を合わせてレポートを持ち寄った
  ブレーンをみすみす逃すわけにはいかない
  須賀崎は集団行動を嫌う
  普段から興味のない相手に対してはあからさまに表情がなくなるが、飲みではそれが加速する
  なぜ須賀崎が自分にだけ心を開いてくれたのか、正直篠自身もよくわかっていない

〇美容院
  正直なところ始めは面白半分だった
  服のセンスは悪くなかったから、荒れ放題だったヘアスタイルを整えて、襟足にマリンブルーのインナーカラーを入れさせた
  それだけで見違えるように須賀崎は垢抜けた
  赤と青になったのは偶然だったが、そのキャッチーなカラーリングの組み合わせで、コンビとして周囲にも認識されるようになった
  まるで猛獣を手懐けたようで、どこか誇らしくもあった

〇黒
  だが、そんなものは篠の自己満足に過ぎなかった
  須賀崎はただ須賀崎であるというだけで、輝きを放つ存在なのだ
  じわじわと体に回る蛇毒のように、須賀崎は篠にとって嫉妬の対象になっていった
  人目を惹く外見も頭の回転の速さも、須賀崎に負けない自信はある
  それなのに誰にも媚びようとせずに飄々と生きている姿を間近で見ていると、篠はどうしようもなく敗北感に駆られた
  須賀崎が自由自在に空を飛び回る鳥ならば、自分は翼が退化してしまった飛べない鳥だ

〇居酒屋の座敷席
  集合場所の居酒屋では、当たり前のようにテーブルにアルコール類が置かれていた
篠「お前らなぁー!」
新井「やば、シノケン来る前に飲み終える予定が!」
新井「てか須賀崎来てくれたん!? ありがてぇ〜」
須賀崎「篠に無理矢理連行された」
新井「素直か!」
  身も蓋もない須賀崎のコメントに、笑いが起きる
篠「あっお姉さんちょうどよかった 烏龍茶2つ──・・・って聞いてる?」
店員「はっごめんなさい! ウーロンハイでしたっけ!?」
  明らかに須賀崎に見惚れていた店員が、頬を染めながら慌てて端末を覗き込むのを、篠は醒めた眼差しで見守る
  初めて自分たちを目の前にした女性は、大抵いつもこうだ
  篠を見るか、須賀崎を見るか、もしくはどちらもを見るか
  須賀崎はそんなあからさまな反応にも、眉の一つも動かそうとしなかった
  先陣が注文していたらしいメニューを摘まみながらレポートを回して読み合う
ちほ「うーん、PCRって実際に自分でやるとなるとこんな面倒くさいんだ・・・」
あみ「わかる。特にプライマーやばくない?」
須賀崎「これ、見て」
「え???」
  須賀崎が指差す塩基配列に、皆が注目する
篠「ん? ・・・ああ、これわざと?」
須賀崎「考察にはないな」
篠「へー」
新井「ちょ、お前らだけで完結すんのやめて!?」
篠「・・・」
須賀崎「・・・」
  どうやら須賀崎は説明する気がないらしい
  はぁ、と溜息をついて篠はタブレットを引き寄せる
篠「あーっと、須賀崎が言いたいのは、たぶん、この部分。GTCAのちょっと離れた場所にTGACって部分あるじゃん?」
  ・・・・・・
篠「そういうわけで、プライマー役に立たなくなってるから結果散々だろ」
篠「だけど考察に触れられてるのが、二重構造のことじゃなくて反応の温度とかだから、これ減点されてるんじゃね?」
新井「なっるほど〜!」
  篠の説明で次々歓声が上がるのを、須賀崎は満足そうに見ている
新井「いやぁスガシノやっぱすげぇわ!」
あみ「見つけたすがっちもやばいけど、シノケンもなんでわかったの?」
ちほ「ほんとほんと、会話ないのにわかりあってるとか夫婦すぎる」
篠「はは・・・」

〇飲み屋街
  おおまかな流れが決まったところで、篠と須賀崎は少し多めのお金を置いて店を出た
篠「・・・ほんっと飲みってコスパ悪ぃ」
篠「なあ腹減らね? 俺ラーメン食いたい」
須賀崎「・・・」
  須賀崎もほとんど食べていないようだったので、文句はないだろう
  そう思いながら、篠は検索結果が並ぶスマホの画面をスクロールさせていた
須賀崎「・・・篠、オレさ」
篠「んー? お前、ラーメン塩派だったっけ?」
須賀崎「ああ、強いて言うなら醤油派だが・・・そんなことより篠」
  なんだろう、須賀崎の様子がおかしい
  篠はようやくスマホの画面から視線を上げて立ち止まる
篠「なに?」
  瞬きの回数が多い。らしくない
  落ち着かなげに視線を泳がせ、まるで続きを言うかどうか迷っているようだ
  説明のつかない不安が体の奥で揺らめいて、篠の顔は険しくなった
須賀崎「・・・オレ、付き合いたいと思ってて」
篠「へっ?」
  言葉の意味を理解する前に、ひゅっと足元の地面が抜き取られた感じがした
  付き合いたい? 誰と? あの須賀崎が?
  頭の中がクエスチョンマークで一杯になる
  須賀崎は焼けつくような強い眼差しで、ただ篠のことを見ていた
  その温度が高すぎて、体が融け出してしまいそうになる
篠(この目・・・どこかで・・・)
  その熱に耐えかねて、篠は誤魔化すようにぎこちなく笑顔を作った
篠「そ、そか。紹介してやろうか?」
  須賀崎はなぜか苦しそうな顔になった
  こんなふうに須賀崎が考えていることが全く読めないのは、初めてのことだった
須賀崎「そう、だな・・・」
  たった一言が、最終通告のように篠を殴った
篠「ち、なみにどんな子がタイプなわけ?」
篠「お前そんな話全然・・・はは、その顔でむっつりとかやばすぎだろ」
篠「なんなら店また戻る? 新井が新しく女の子呼ぶって言ってたし」
  もはや何を言っていいのわからなくて、ぺらぺらと機械のように話し続けることしかできなかった
  しかし篠の言葉は、須賀崎によって遮られる
須賀崎「去年のハロウィンで、絡まれてたオレを、助けてくれた」
篠「!?」
須賀崎「その子が、オレのタイプ」
  一言、一言、区切られる言葉に、逆方向からまた殴られる
篠(こんなことって・・・)
篠「す、須賀崎、やっぱラーメンなしで!」
篠「ごめんな、今日、バイトだった。いやぁシフト変わってたのすっかり忘れてたわ!」
  もうその場にいることすら耐えられなかった
  篠は両手をパンっと音を立てて合わせると、そのまま走り出す
  唖然としたような須賀崎の顔を、見る余裕もなかった

〇渋谷のスクランブル交差点
  嘘だ嘘だ嘘だ
  篠の頭の中は、自分の声でぐちゃぐちゃになっていた
  去年のハロウィン、須賀崎を助けた・・・間違いない
  須賀崎がタイプだと言った女の子
  ハロウィンで、セクシーポリスの仮装をしていたのは・・・
  俺だ

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