4(脚本)
〇渋谷の雑踏
ちょうど半年前、十月最終週の土曜日のこと
赤いピンヒールを穿いて、篠はスクランブル交差点を闊歩していた
真っ赤なボブのウイッグに、ボルドーの口紅。ばさばさのつけまに負けないくらいの、ぎらっぎらのアイシャドウ
蜘蛛の巣柄の網タイツに、セクシーポリスの制服
ちほとあみの手によって頭から爪先までハロウィン仕様にされたのだ
ちほ「はぁ、シノケンが一番美人ってどうなってんの」
あみ「ほんと腹立つぅ。偽乳も違和感ないしぃ」
シノ「残念ながら素材がいいからな〜」
一時間以上かけてメイクを施されただけあって、自分で見てもなかなかの仕上がりだ
ドラキュラにゴーストにジャックオランタン──町は仮装であふれかえっていた
定番コスから、くすりとしてしまうような地味な仮装まで、パレードさながらだ
路上飲酒は禁止されているはずだが、どう見ても酔っ払っている輩もいる
須賀崎に会ったのは、そんな喧騒のなかだった
ドンッ
男「ってぇなー!!」
男「おにーさんずいぶんきれーな顔で、やることはえげつないねぇ」
耳に飛び込んできた声に、篠は頭を抱えた
イキっていた囚人服が知り合いだったからだ
ちほ「あれ・・・ってもしかしなくても須賀崎くん?」
あみ「やばじゃんめっちゃ絡まれてるぅ」
須賀崎、という名前には篠も聞き覚えがあった
確か入学式で新入生代表の挨拶をした男の名だ
どう見てもたちの悪い相手に絡まれているのに、須賀崎は無表情だった
そういう反応が火に油を注ぐ行為だということを知らないのだろうか
男「はは、ぜーんぜん悪いと思ってなさそうじゃん」
予想通り、淡々とした須賀崎の態度に、男の怒りは勢いを増すばかりだった
喧噪の中で目立とうとでもするように、声が大きくなる
観念したように須賀崎が目を伏せると、それが導火線に火を着けた形となった
男が須賀崎の胸ぐらを掴み、乱暴に引き寄せる
まずい、そう思ったときには篠は二人の前に飛び出していた
シノ「・・・脱獄した人、だぁれだ♡」
男の腕を掴んで手に持っていた手錠のおもちゃを見せながら、首を傾げる
男「え? 篠???」
シノ「お久しぶりですぅ♡」
篠はきゃいきゃいはしゃいで、伸びやかな手足を惜しげもなく男に絡ませた
密着されて、男は満更でもなさそうだ
持って生まれた強烈な引力で、空気を乱すことなく場を支配する
美しき闖入者に須賀崎も釘付けになっている
いつのまにか須賀崎の胸を掴んでいた男の手も、服から離れていた
シノ「そうそう、昨日のプレイやばかったじゃないすかぁ!」
男「ん?」
シノ「あの中盤でかけてたの誰っすか。ほらあの、しゃらららり~って♪」
男「ンだよそれ。お前の鼻歌まじ再現率低いわ」
男の気を逸らすために次から次へと話題を振る
そうしているうちに、遠巻きに見守っていたギャラリーも散っていく
篠は男に手錠を掛けると、ぐいぐいと引っ張るようにしてその場から連れだす
須賀崎「あのっ!」
去り際に須賀崎に呼び止められて、思わずふり返った
須賀崎は、食い入るようにこちらを見ていた
本能が呼び覚まされるような、焼けつくような眼差し
ゆるやかにカーブを描く睫毛に縁どられた瞳は、どこまでも深く、世界の深淵を見ているような気になった
魂を抜き取られてしまいそうになって、篠は慌てて後ろを向いた
それは、たった数秒の出来事だった