実話怪談 夜の港

クナシリ

実話怪談 夜の港(脚本)

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クナシリ

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〇実家の居間
  釣り好きの伯父から聞いた話。

〇堤防
  昭和の昔、北海道のとある港で、一件の事故が発生した。
  港内を徐行してきた一台の乗用車が、そのまま停まる気色もなく、突堤のどん詰まりから、ぽろりと海に落ちたのだ。
  目撃者たちが呆気にとられて見守る中、本当にぽろり、という感じで、あっさりと海に落ちていったという。

〇堤防
  水飛沫をあげて墜落した乗用車は、数瞬、ためらうように水面を漂った後、鼻先を下に向けて、一気に沈みはじめた。
  それだけでも十分に非現実的な光景といえるが、港にいた人々の目は、さらに信じがたいものを見た。
  沈みゆく乗用車の後部座席には、二人の幼児が乗っていたのである。
  あどけない顔を、車の窓に押し付けるようにして、立ちすくむ人々を不思議そうに眺めている。
  小さな手が、ウィンドウのガラスを叩いていた。
  無心に叩いている。
  泣くでも怯えるでもなく。
  ただ無心に。
  コツコツという音が、呆然と見守る人々の耳に響いた。

〇堤防
  当然のことながら、休日の港は阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。
  子どもたちを助けようと、何人もの釣り人が海に飛び込んだ。
  しかし、人々の奮闘もむなしく、沈んでいく乗用車のドアをこじ開けることはかなわなかった。
  その後、通報を受けて駆けつけた警察と消防によって乗用車は引き上げられた。
  車内からは、若い両親と、幼い兄妹の変わり果てた姿が発見された。
  両親がしたためた遺書も見つかった。
  つまるところ、借金を苦にした無理心中だったという。
  いわゆる「サラ金」による強引な取り立てが社会問題化していた時期でもある。
  死を選ぶほどに追い詰められた両親と、巻き添えとなって水底に沈んでいった幼い命の物語は、人々の紅涙を絞った。
  特に、幼い兄妹が、沈む車のウインドーを無心に叩いていたというエピソードが、哀れを誘った。
  このくだりは語り手の創作ではない。
  当時の地方紙は、
  「窓をコツコツ・・・波間に消えた幼い命」
  という見出しでこの悲劇を報じている。
  沈みゆく車内に閉じ込められ、窓を叩くことしかできずに、最悪の瞬間を待つ子どもたちを悼む当時の人々の思いが伝わってくる。

〇堤防
  その後、港の周辺で、奇妙な噂がまことしやかにささやかれるようになった。
  夜、港にいると、どこからともなく、コツコツという音が聞こえて来るのだという。

〇堤防
  無心に何かを叩くような、小さな音が、
  コツコツ・・・
  コツコツ・・・
  夜風に 乗り、暗い水面を渡って、
  確かに聞こえて来るのだという。
  コツコツ・・・
  コツコツ・・・
  ・・・

〇実家の居間
  ここまでがこの話の前提。
  ここからは伯父の体験になる。

〇堤防
  その日、伯父は会社の後輩と連れ立って夜釣りに出たのだという。
  平日の夜ということもあって、初夏の港には釣り人の姿もなく、
  埠頭に繋がれた大小の漁船たちだけが、微かに波に揺れながら眠りについていた
伯父「それじゃ、今日はひとつ、アイナメでも狙ってみるかな」
後輩「春先に、ルアーでイトウを揚げた人がいるらしいですよ。60センチの」
伯父「港でイトウかい! そりゃ豪勢だ。 こっちもあやかりたいもんだね」
  そんな会話を交わしながら、二人は早速突堤から釣糸を垂らして釣りはじめた。

〇堤防
  穏やかな夜だった。
  コンクリートの岸壁を洗う波の音が幽かに響き、対岸には街の灯が暖かな色を見せて瞬いている。
  しばらくの間、二人ともそれぞれの手元の釣竿に集中していた。
後輩「そういえば、経理のタカハシさんが言ってたんですけど」
後輩「この港って、「出る」んですよね?」
伯父「あ? 何が出るって?」
後輩「ほら、昔ここで車で一家心中した家族があって・・・」
伯父「ああ、「コツコツ」聞こえるって話だろ」
伯父「あれはお前、まだ昭和の頃の話だべさ。 お前もタカハシもまだ生まれてないべ。 なんだ、まだそんな噂が流れてんのかい?」
後輩「なんか、タカハシさんの友達の兄貴の同期が、」
後輩「冬にチカ釣りに来たときにコツコツ聞こえて来たって」
後輩「真っ暗い海の方から」
後輩「コツコツ コツコツ 聞こえてくるんで」
後輩「ゾッとして、慌てて逃げたら、途中でクルマ擦っちまったらしくて、」
後輩「修理代取られて、奥さんに大目玉食らったってぼやいてたって話を、友達が兄貴から聞いたってタカハシさんが言ってましたよ」
伯父「ハハハ、 そりゃカミさんも怒るべさ」
後輩「ねえ、ホントに出るんですかね?」
伯父「どうだべな。 あの時分、俺はまだガキだったけれども、新聞やらテレビやらが何日も大騒ぎしてたのは覚えてる。」
伯父「「コツコツ」いうってのも評判になって、肝だめしのバカが港に押し掛けたり、実際に聞いたって騒ぐ奴もいたりしたっけども・・・」
伯父「まあ、なんだ・・・ 切ない話だべ」
伯父「親の都合なんて、子どもにゃわからないべさ。 なのに──なぁ」
後輩「そうですね。 理由どころか、自分が殺されたってことも、わかんないんじゃないですかね」
  それきり、二人とも口をつぐんで、打ち寄せる波の音に耳を傾けていた
後輩「ねえ、部長・・・」
伯父「ああ、釣れねえなぁ。 場所、変えっか」
後輩「いえ、聞こえませんか? ほら、なんか・・・」
伯父「・・・あ?」
伯父「おい、脅かすなや。 さっきの今で、年寄りを担ごうったってそうはいかないべさ」
後輩「違いますよ!」
後輩「だって・・・ ほら・・・ 海の方から・・・」

〇堤防
  その時やっと伯父は気がついた。
  潮の囁きに混じって、暗い水面を渡り、幽かに耳を打つ、あるか無きかのその音に──
  コツコツ・・・
  コツコツ・・・
  コツコツ・・・
  ・・・
「うわあああああっ!!」

〇海岸線の道路
  揃って悲鳴を上げるが早いか、竿を畳むのももどかしく、乗ってきた伯父の車に転がり込み、二人は一目散に港を後にした。
  伯父はハンドルにしがみつき、後輩は助手席でクーラーボックスを抱き締めて、でたらめな念仏を叫びながら、夜の港内を走る。

〇開けた高速道路
  と、不意に車外に光が差した。
  港湾で働く作業員や漁船の乗組員、トラックの運転手を相手にする居酒屋の灯りだった。
  迷わず伯父はハンドルを切り、二人は先を争うようにして店内に転がり込んだ。

〇警察署の食堂
  店内は八分の入りだった。
  居合わせた客たちは、血相を変えて転がり込んできた二人組に、驚いた顔を向けた。
  だが、二人の様子から何かを察すると、今度は一斉に笑いだした。
客「アンタら、あれだべ?」
客2「埠頭で釣りしてたら、 「コツコツコツ」て聞こえてきて、 泡さ食って吹っ飛んで来たんだべ?」
伯父「え? あ? はあ・・・まあ・・・」
後輩「えっと・・・ それは・・・ どうしてわかるんですか?」
店主「なに、簡単さぁ。 年に何人か、アンタらみたいな感じで、大慌てで駆け込んでくるお客がいるのさ」
伯父「は、はぁ・・・」
  すっかり毒気を抜かれてしまった伯父たちは、中老の店主に勧められるまま、
  アイナメの唐揚げ(店主が釣ってきたそうだ)を食べながら、店主や客たちが語る「怪談の正体」を拝聴することとなった。
客「先に言っとくとさぁ、 アンタらが聞いた「コツコツ」いうのは、あれは、船の綱が当たる音なのさ」
伯父「つ、綱ぁ!?」
客2「もやい綱ってのがあるっしょ? 潮の加減で船が揺れると、あれが船の腹さ当たって、コツコツコツコツ音をたてるんよ」
伯父「は、はぁ・・・」
客「風のない夜でないとダメなんだ。 ちょっとでも風が立って波が高くなったら、もっとこう、ドラム缶叩くみたいな音になるから」
店主「綱の具合とか船の場所とか、いろいろあるから、めったに聞けるもんでないけどな」
客「言われないとわからないべさ? 小っちゃい音だから。話でもしてたら気が付かないほうが多いべ」
客2「したっけども、たまぁにアンタらみたいなのが、コツコツいうのを聞いて、血相変えて飛び込んで来るのさ。」
伯父「はあ・・・あ、ああ・・・ 言われてみれば、成る程ねえ。 したっけども、あれば聞いたら・・・いやぁ、寿命が縮んだわ」
  恐縮しながら、伯父は、これも店主が勧めてくれた「八角(ハッカク)の味噌焼き」に舌鼓を打った。

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コメント

  • 物語に引き込まれて、一心に読み入ってしまいました!描写の細やかさも、恐怖を感じさせる展開の起伏も、とにかく本当に凄いです!

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