三本の角(脚本)
〇古い本
怪談師『想華』「ずいぶん前のこと」
怪談師『想華』「D君が体験した話です」
〇渋谷駅前
怪談師『想華』「東京の国分寺にあった丸井へ、彼は服を買いに行きました」
D君「欲しかったブランドがバーゲンで安くなっていたので・・・」
D君「つい、買いすぎてしまったんです」
怪談師『想華』「店を出た彼は、荷物が多かったので、どこにも寄らずにそのまま家に帰ろうと思った」
怪談師『想華』「時計を見ると正午近くになっていた」
D君(腹が減ったな)
怪談師『想華』「しかし両手に大きな紙袋をぶら下げている状態で、どこかの飲食店に入るのは面倒でした」
D君(よし 家に着いてから何か食おう)
怪談師『想華』「D君は、空腹を我慢して駅に向かいました」
〇駅のホーム
ホームに立ったD君の目に、立ち食いそば屋の看板がありました
D君(電車が到着するまでまだ少し時間があるな)
D君(立ち食い蕎麦なら早いし簡単だ)
食券を買うために財布を取り出した彼の視線が、なんとなく、空へ向いた
〇空
D君「あれ!?」
D君「なんだ?」
D君「あれは、何だ?」
怪談師『想華』「その日は気持ちよく晴れた良い天気だったそうです」
怪談師『想華』「雲一つない真っ青な空」
D君「その抜けるようなスカイブルーをバックに、変なものがあったんです」
〇空
D君「な、何だあれは!?」
怪談師『想華』「カフェオレ色のもくもくした煙を後ろに引いて・・・」
怪談師『想華』「ゆっくりと、巨大な何かが、空高く登っていく」
怪談師『想華』「その周囲に比較できるものがないので、距離感が掴めない」
D君(近いような、すごく遠いような・・・)
D君「音がまったくしなかったので、なんだかとても不思議でした」
〇空
怪談師『想華』「彼がポカンと見上げていると、それはゆっくり、三つに枝分かれした」
怪談師『想華』「まるで、巨大な三本の角(つの)が生えたようになり・・・」
怪談師『想華』「カフェオレ色の煙も三本になった」
D君(でも、相変わらず音はまったく聞こえてこない)
怪談師『想華』「ふと、その光景を眺めているのが自分だけであることに、D君は気がつきました」
怪談師『想華』「駅のホームには、混雑しているというほどではないが、日曜日の昼だからそれなりの人々がいた」
怪談師『想華』「にもかかわらず、D君以外の誰も気づいていないらしい」
怪談師『想華』「目を上げれば見えるのに・・・」
怪談師『想華』「わざわざ空を見上げずとも視界に入るはずなのに・・・」
怪談師『想華』「周囲の人たちは、誰も気づいている様子はなかった」
D君「あれは、いったい何だ!?」
D君「飛行機の爆発か? それとも人工衛星が落ちてくるとか?」
D君(でも墜落してくるのではなく下から上に登っている・・・)
D君(まるでロケットが打ち上げに失敗して上空で爆発したシーンのような・・・ニュースで見たことがある)
D君「でもなあ 東京近辺でロケットを打ち上げるわけがないしなあ」
〇魔法陣
D君(何だかわからないが、俺は逃げた方がよいのかな・・・)
D君(周りの人たちは、なぜか気づいていないらしい)
D君(彼らに向かって「あれは何だ!」とか、空を指差して大声で叫ぶべきなんだろうか?)
〇空
怪談師『想華』「三分経ち五分が過ぎても、三本になったそれは、音もなくゆっくり空を登っている」
怪談師『想華』「カフェオレ色の煙は、下の方が徐々に薄くなって青空に溶け込んでいた」
怪談師『想華』「今はその軌跡が大きくゆるやかなカーブを描いているのがわかる」
怪談師『想華』「かなりの高度にあるようにも、すぐそばにあるようにも見える」
D君「蕎麦を食べるのも忘れ、俺はそれに見惚れていました」
〇駅のホーム
・・・電車が参ります。白線の内側までお下がりください
アナウンスのあと、ゴトンゴトンと電車がやって来た
ドアが開き、D君は電車に乗りました
〇電車の中
D君「ドア際に立って、窓にへばりつくようにして空を見上げたら・・・」
D君「その変なものは、まだ空にありました」
怪談師『想華』「D君は、それが見えなくなるまで、ずうっと見ていたそうです」
〇一人部屋
D君「家に着くと、すぐにテレビのスウィッチを入れました」
D君「でも、飛行機事故のニュースも、もちろん、人工衛星が落ちて来たという報道もなかったんです」
D君「いつもどおりの、平和で退屈な番組ばかりだった」
〇魔法陣
D君(あれはいったい・・・・・・)
D君「俺が見たものは、いったい、何だったんでしょう・・・・・・」
この出来事が起こった「ずいぶん前」というのがいつ頃か不明ですが、最近ならばスマホですぐに撮影できますね。撮影したはずなのに写っていない、動画が再生できない、という二次的な怪奇現象もありうる、と思わせるような不思議な話ですね。
誰もが見られる空において、相当のサイズと思われる光景、それに誰も気づいていないというところに不思議さと不気味さを感じますね。
D君以外に誰もその光景に興味を示していないということがポイントのような気がします。D君が並外れた人間か、単に疲れていただけなのか、想像しています。