お菊の皿(脚本)
〇田園風景
累「──昔から寄席では、夏場になりますと【怪談噺】というのを、よくやりますが、」
累「落語に出てくる幽霊、妖怪というのは、あまり怖いものが出ることはないそうです──」
〇田園風景
五助「おい、ご隠居さんの話を聞いたかよ!」
五助「驚いたねぇ、この江戸の街にいまだに幽霊が出るんだってよ!」
五助「あの【番町】によ、【青山主膳】ってぇお旗本が住んでいてよ──」
〇屋敷の門
そこに奉公に来ていた【お菊さん】に、惚れたってんで、あの手この手で口説いたんだけどよ・・・
言うこと聞かねぇ、
するってぇと怖ぇじゃあねぇか、
逆恨みして、
青山家に代々家宝として伝わる【葵の皿】十枚組。
かの将軍さまから貰った物。
そいつを一枚隠しちまった!!
〇畳敷きの大広間
で、お菊さんが帰ってきたら、
主膳「【葵の皿】を出してまいれ」
なんにも知らねぇお菊さん、言われた通り箱を出してきたよ
主膳「数をあらためてみよ」
お菊「わかりました」
お菊「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚・・・・・・」
九枚と勘定したけれど、そりゃ一枚足りないよ
主膳「残る一枚はいかが致した?」
お菊「ぞ、存じません!!」
主膳「いいや! その方が盗まず誰が盗むかッ!!」
端っから因縁吹っかける気だろう?
たまったもんじゃねぇよ!
〇枯れ井戸
荒縄でふん縛って井戸の所に吊るして、さんざ責め苛んだ挙げ句、
〇枯れ井戸
刀で斬り殺して、
井戸の中へドボンッ!!
ひでぇことするじゃあねぇか!
──だけど、悪いことはできないね。
〇枯れ井戸
その晩から、井戸からお菊さんの幽霊が現れて・・・
シルエット「一枚・・・二枚・・・三枚・・・」
と皿一枚ずつ数えて、最後に
シルエット「九枚・・・一枚足りない・・・」
シルエット「恨めしゅうござんす・・・主膳どのぉ!!」
と、恨みの籠もった眼で見てくる!
これでとうとうおめぇ、青山主膳が、死んじゃったってんだからよ──
〇田園風景
五助「──だけど驚くのはまだ先だよ!!」
五助「今でも出るってんだからよ!」
五助「毎晩あの井戸ところから現れて九枚数えて、たいそう恐ろしいそう──」
五助「恐ろしいそうってのはね、九枚まで聞いたらその場で死んじゃうんってんだよ! 八枚まで聞くと、後で熱病に犯されるってんだ!」
五助「だからご隠居さんが言うには、六枚で逃げれば助かるんじゃねぇかと、そういう話なんだけどよ。ヘッヘッへ!!」
五助「おもしれぇじゃねぇか!」
五助「いい女だって云うからよ、みんなで見にいこうじゃねぇか!?」
茂吉「だからさぁ、なんでそやって、怖いもの見たがるのッ!?」
茂吉「おれイヤなのッ!!」
茂吉「昔から、幽霊と塩辛が嫌いなのッ!!」
五助「変なものと一緒にするんじゃあないよッ!?」
五助「いいからさぁ、なぁ!?」
茂吉「いやいやいやいやッ!」
五助「いや、そんな言うならお前、アレだよ? いい女──」
茂吉「いや、だからさぁ?」
茂吉「いい女だって言うけど、」
茂吉「いい女に限って根性悪いって言うじゃないッ!?」
茂吉「ねっ? 皿数えながら、ごま~い・・・ろくま~い・・・」
茂吉「七枚ッ! 八枚ッ! 九枚ッ! ってなったらどうすんのさ!?」
五助「いるか!? そんな幽霊!!」
五助「ああ、いやだったらもう帰れよッ!」
茂吉「へッ!? 帰っていいの!?」
茂吉「あ、んじゃそういうことでお先・・・」
五助「──おッ、帰んのか?」
五助「じゃあ気をつけろよ?」
茂吉「ヘッ?」
五助「あのな? 幽霊ってのは人を見るんだよ──」
五助「途中で帰った奴が一番臆病だろ?」
五助「あのまな板橋渡った辺りで、」
五助「お前の喉仏にガブ~ッ!! っなんてな?」
五助「ハハッ!!」
五助「まあ気をつけて──」
茂吉「うわぁちょちょちょい!!? 待ってくれぇ!?」
茂吉「わかったから!! 一緒に行くからッ!!」
五助「おっそうかい?」
茂吉「その代わり、みんな先歩いてッ! おれ、一番後ろについていくからッ!」
茂吉「ほら、これなら幽霊出ても、最初に逃げられるから!!」
五助「バカだねお前」
五助「幽霊なんてのは、どっから出てくるかわからないよ? 後ろからやってきて・・・・・・」
五助「お前のケツッぺたにガブーーッ!!」
茂吉「ああああ~~ッ!?」
茂吉「じゃ、じゃあじゃあさッ!! お前、前! お前、後ろ! お前、脇! お前こっち!」
茂吉「こ、これなら、囲まれてるから大丈夫!!」
五助「──宙を飛ぶよ?」
五助「上から来て頭ガブッ!!」
茂吉「う、う、上ぇッ!? 上ってお前・・・!!」
茂吉「うぇええんッ!!」
五助「泣くなよ」
五助「ほら、そうこうしているうちに着いたよ」
〇屋敷の門
五助「なるほど荒れてるねぇ・・・ 塀は崩れて草ぼうぼうで、蜘蛛の巣が張ってるよ・・・」
五助「──ッ!」
〇枯れ井戸
五助「あの井戸じゃあねぇかッ!?」
五助「待て待て待て待てッ! まだ何にも出ちゃいないよッ!!」
五助「せっかくお前、景気づけに一杯ひっかけてやってきたんだからよッ!!」
五助「おとなしく待ってようじゃあねぇか!!」
と、言っているうちに、
せっかくひっかけた酒もすっかり覚めてくる。
そうしているうちに、八つを報せる鐘が何処で打つのか、陰に籠もって、
ご~ん、
と、打ちきる途端に、
青い陰火が、ぽっ、ぽっ・ぽっ・・ぽっ・・・
出たかなと思う途端に井戸から・・・
「・・・恨めしゅうござんす・・・主膳どのぉ・・・」
「出たァーーッ!!!?」
茂吉「いい女かなぁ?」
茂吉「えっ、だって、怖くて見られないんだもの!!」
茂吉「わかった! わかったよ! 見るよ!! 見る──」
茂吉「・・・・・・ッ」
茂吉「・・・あら綺麗!?」
茂吉「いい女ッ!! いい女ッ!!」
茂吉「綺麗ッ!! とても綺麗ッ!!」
お菊「一枚・・・二枚・・・」
五助「始まった始まった!! いいか!? 六枚だぞッ!?」
五助「六枚まで逃げるなよ!! いいかぁッ!?」
お菊「三枚・・・四枚・・・」
五助「四枚だ四枚ッ!! そろそろ支度しとけよッ!?」
お菊「五枚・・・六枚・・・」
五助「それ六枚だ逃げろーーッ!!!」
〇田園風景
五助「いいからいいからッ!! その先その先ッ!!」
五助「曲がって曲がって駆け出せ駆け出せッ!!」
〇城下町
五助「・・・みんないる? みんな揃ってる!?」
五助「怖かったなッ!?」
茂吉「・・・」
〇枯れ井戸
〇城下町
茂吉「・・・」
茂吉「・・・明日も行こッ♪」
五助「えっ!? 怖かったのに明日も行く!?」
五助「え、みんなも!?」
五助「・・・じゃあ、しょうがねぇなッ!!」
なんてんで、明くる日になるとちょっと人数が増えてたりする。
さぁ、それでまた、六枚まで聞くと
〇枯れ井戸
お菊「五枚・・・六枚・・・」
五助「それ逃げろーッ!!」
と、まあ六枚まで聞くとワァッと逃げてくる。
するとこの評判が、段々だんだんと大きくなりまして、日に日に見物人の数が増えてくる。
そうしますと、もうお菊さんの方でも、
今までは、長年ただただ惰性で一枚二枚とやってたものが、見物人がいると張り合いが出るのでしょうね。
ますます芸に脂が乗ってくる!
そうするとまたさらに見物人が増え、
”お馴染み”とか”常連”とか、
中には半被に鉢巻き団扇を持った”親衛隊”なんてのが出てきて、最前列にズラァと並んでたりなんかする!!
さあ、この評判に目をつけたのが、ある興行主!
〇城
お上に願って出ると、十日間の興行を許された。
〇枯れ井戸
早速、井戸の周りに浅黄の幕をサァーッと張り、周りに桟敷席(観客席)を拵えた。
〇城下町
チラシを撒いて、前売り券を発行すると、即日完売!
さらに二日間の追加公演が決定なんて、大変な騒ぎなっていきまして──
〇お祭り会場
千代助「ウワァーすごいねコレ!?」
千代助「いやだってさ! このまな板橋の通りは、昔は夜になると誰も通らかったんだろ!?」
千代助「それがこんなにぞろっかぞろっか!!」
千代助「また道の両側にいろんな店が並んでるよ!! 土産物!!」
千代助「”お菊まんじゅう””お菊最中”!!」
千代助「あれは有名な”お菊せんべえ”だよ!!」
千代助「一袋”十枚”入りってさ! 葵のお皿のかたちしてんの!!」
千代助「買って帰ると”九枚”しか入ってないの!!」
千代助「いや怖いねぇ!!」
幾三「いや別に怖かねぇよ、そんなん」
幾三「それよか席は?」
千代助「ああ席ね席ね!? えっと、オレらの席は・・・」
千代助「あ、ここだ!!」
千代助「いや~楽しみだなぁ!! はやく~!」
多助「・・・・・・いやぁ。 喜んでるけど、こりゃダメですよ」
千代助「な、なんです?」
多助「いや、わたしぁ、最初っから来てんですけどね?」
多助「幽霊を見るってのは風情がいりますよ。 少人数でもってコソッと見る──」
多助「なんですか、この桟敷席?」
〇渋谷の雑踏
「五万五千人収容ってなんですか、これ!?」
〇お祭り会場
多助「お菊さんの方も、これだけの人数いっぺんに驚かそうとするから最近、芸がクサくって見てられないんですよ」
千代助「で、でもいい女・・・」
多助「いい女ったってね? 昔は痩せて凄味があった」
多助「けど、差し入れをみんな食っちゃうもんだからねぇ・・・ぽっちゃりしちゃって」
〇枯れ井戸
「こないだ『うらめし・・・!?』出ようと思ったら井戸につっかかって出らんないなんてことになってたからね!」
〇お祭り会場
千代助「ま、まあでも・・・楽しみですねぇ・・・」
──って、言ってるうちに、八を知らせる鐘が、ご~ん、と打ちきる途端に、
〇枯れ井戸
青い陰火がぽっ、
──なんてものじゃあない。
スポットライトがバーンと当たる!!
紙吹雪と浅黄の幕がサッと下がる!!
中からお菊さんの幽霊!!
お菊「あ、恨めしゅうござんす!! 主⭐膳どのぉ!!」
千代助「──なるほどクサいねアレは!?」
千代助「あ、でもいい女だ!!!」
千代助「いいですねぇ~!! たっぷり頼むよぉ~!!」
お菊「あ、一枚~♪ あ、二枚~♪」
千代助「幽霊が見栄切ってるよッ!?」
千代助「でもいいもんですね! よぉよぉ!! 待ってましたぁ!!」
お菊「あ、三枚♪ あ、四枚~♪」
千代助「くぅ~たまらねぇな~!?」
千代助「いっそのことおれを殺してくれ~!!」
幾三「バカなこと言ってんじゃねえよ!?」
幾三「そろそろ支度しときな!! 逃げる支度を!!」
お菊「あ、五枚♪ あ、六枚~♪」
幾三「──ほら逃げろ!!」
千代助「六枚、六枚、六枚、六枚~♪」
千代助「って!? 何してんの!?」
千代助「はやく、逃げなさいよ!?」
シルエット「押したってムリですよ!?」
〇渋谷の雑踏
「前がつかえて、あんま進まないんですから!!」
〇枯れ井戸
千代助「ちょ、ちょっと待って!?」
千代助「だって九枚まで聞いたら死んじゃうのよ!?」
千代助「は、はやくはやく前に進んで!!」
お菊「あ、七枚~♪ 八枚~♪」
千代助「は、八枚だよ!?」
千代助「あと一枚で死んじゃうの!!」
お菊「──九枚~♪・・・」
「九枚だ――!?」
「ああああ~~ッ!?」
お菊「・・・十枚♪」
お菊「十一枚♪ 十二枚~♪」
千代助「あああああッ・・・・・・」
千代助「・・・・・・はッ?」
千代助「・・・・・・十三、十四って、ちょっと様子がおかしいぞ?」
千代助「十五枚、十六枚って、これどこまで数えるの!?」
お菊「十七枚♪ 十八枚~♪」
お菊「・・・”おしまい”♪」
「──ッ」
千代助「最後ダジャレで落としたッ!?」
千代助「な、何これ!?」
千代助「お、おいお菊ちゃん! 帰ろうとしちゃダメだ!!!」
千代助「おーいッ! おーいッ!!」
お菊「あ”っ?」
千代助「柄が悪いなオイッ!?」
千代助「あのね、お菊の皿ってのは”九枚”と相場が決まってるんだよ!?」
千代助「なんだって十八枚も数えるんだいッ!?」
お菊「いいだろう、別に何枚数えたって」
千代助「良かないよ!? おれたちは高い銭払って観に来てんだよ!!」
千代助「なんだって倍も勘定するんだいッ!?」
お菊「わっかんないかねぇ・・・」
お菊「──明日、お休みなの!!」
お後がよろしいようで──
初コメントです。
私はtapライターをやっている
「わからん」と言う者です❣️
このネタ懐かしかったです❣️
お菊さんが可愛い🩷
ネタ元は
笑⭕️で見た‥おっと誰か来た
落語に皿屋敷の演目があるのは知ってましたが、分かりやすくコミカルな描き方で楽しめました。お菊さんが太ったりオシャレしたり、いろんなバリエーションの姿が見られるのもTapNovelならではの工夫でよかったです。
シリアスな雰囲気から終盤にかけてコミカルな要素が増えながらも、とてもバランスが取れた読み物だと思いました。うまい商売の仕方を学んだような・・・!