エピソード1(脚本)
〇通学路
???「あっ、ごめんなさい!」
篠崎「いえ」
衝突を回避した僕は、すぐに去ろうとする。
???「あの、これ落としました?」
篠崎「え? あっ、ありがとうございます」
受け取ろうとするが、直前で引っ込められてしまう。
篠崎「あ、あの?」
???「このタコ糸、何に使うんですか? 篠崎さん」
篠崎「え?」
凪「ふふ、やっと顔を上げてくれましたね」
篠崎「・・・凪ちゃん」
凪「お久しぶりです。最近見かけないので、心配しましたよ」
篠崎「し、心配?」
凪「しますよ、当然じゃないですか。坊主がお経を唱えるくらい自然の摂理ですっ」
篠崎「は、はは、ありがと、うれしいよ。タコ糸返してもらっていいかな?」
凪「ふふ、どういたしまして、恐縮です。タコ糸何に使うんですか?」
篠崎「言わなきゃ、だめ?」
凪「言うだけでは、ダメかもしれません」
凪ちゃんがおどけている隙を見て、
僕は素早く手を伸ばす。
しかし、その手は空を切った。
凪「残念でした」
凪「そんなにタコ糸がいいんですか。目の前のぷりちぃナギちゃんを差し置いて」
篠崎「焼豚を作るんだ」
我ながら酷くお粗末な嘘だ。
凪「や、焼豚ですか。そう来ましたか」
篠崎「そういうことだから、ほら、返してくれ」
凪「実は私、焼豚大好物なんですよ」
篠崎「頼むから、返してくれ」
まじめなトーンで強く迫る。
凪「・・・少し時間をください。どうか、お願いします」
やっぱり・・・この子は勘付いている。
手に握られたその糸が、明日僕を吊るすためのものであると。
〇西洋の市場
凪「と、いうことで、精肉店へ来ましたー!」
篠崎「なにも、精肉店にまで来なくてもよかったんだけど」
凪「ダメですよ。どうせ作るなら、いいお肉を使って、とびきりの焼豚を目指しましょう!」
店主「お、嬢ちゃん嬉しいこと言ってくれるねぇ」
凪「その台詞・・・確変とみました。これは、サービスしてくれる流れですね!」
篠崎「お、おい」
店主「ははは、面白い嬢ちゃんだ。いいだろう、別嬪さんに免じて大出血サービスだ」
凪「やりましたね! 篠崎さん!」
爛漫な笑顔が眩しかった。
〇商店街
篠崎「おいしくできるといいな、焼豚」
凪「あのあのっ! もしかして、お前の味噌汁を毎朝食べたいって言ってます?」
篠崎「いや、言ってないが・・・」
篠崎「せめて、凪ちゃんにはいい思い出が残ればいいな」
凪「まだ、そんな・・・」
輩A「おっクソザキはっけーん」
輩B「なになに? 女連れ? 生意気じゃんかよ、おい」
囲まれて、尻を蹴られる。
篠崎「ぐっ!」
凪「やめてください!」
輩A「邪魔すんな」
弾き飛ばされ、尻餅を着く凪ちゃん。
輩A「そうだ、この女の前でボコボコにしちまおうぜ」
凪「や、やめて!」
篠崎「・・・っ!」
僕は逃げ出した。凪ちゃんをそこに残して。
〇商店街
数時間後・・・
現場に戻る犯罪者は、こんな心境なんだろうか。
篠崎「な、凪ちゃん」
凪「おかえりなさい、篠崎さん」
篠崎「あ、服が・・・」
凪「ああ、気にしないでください。飲み物をかけられただけですから」
篠崎「・・・最低だ、僕」
凪「何がです?」
篠崎「君を置いて逃げた」
凪「でも、戻ってきてくれました」
篠崎「それは、」
凪「理由なんてどうでもいいです。また会えた、それだけで・・・」
凪「私、もう篠崎さんが・・・そんな考えが過ぎって」
こんな僕のことを、まだこの子は・・・裏切ることはもう許されない。そう強く決意する。
降り出した雨は冷たくて、心に染み入るようだ。
〇商店街
傘を買った帰り道。強まった雨脚。待たせている凪ちゃんを考えると、自然と駆け足になる。
彼女が視界に入った時、僕は傘を投げ出して全力で走り出していた。
篠崎「凪ちゃん!」
肩を押されて、凪ちゃんの体勢が崩れる。
転倒する寸前、何とか受け止めることができた。
女A「何、こいつ」
女B「もしかして、凪が運命の人とか言ってたヤツ?」
二人の女が僕を見下ろす。毒々しい蛾を思わせる化粧が、嘲笑に歪んでいた。
男「なんだと?」
間にいる男の目に憎悪が灯った。
凪「にげて! 篠崎さん!」
凪ちゃんを背後に庇うようにして立ち上がる。
ここで逃げたら本当に死ぬしかない。
篠崎「ごめん凪ちゃん、先に」
篠崎「ぐっ!」
腹部から痛みが全身に広り、膝をつく。
凪「し、篠崎さん!」
横合いから強烈な衝撃。体が吹き飛ぶ。
凪「・・・っ!」
背後から、遠ざかっていく足音。よかった、あとは耐えるだけだ。
しかし、暴力に成り代わった憎悪は、死を予感させ、恐怖に身体が震える。
つい数時間前までは、感慨もなく死のうとしていたはずなのに。
〇商店街
???「腐れ野郎共がぁ!」
意識が朦朧とする中、大気も竦み上がる怒声が響いた。
精肉屋の店主が、雨を撥ね飛ばして突っ込んでくる。
男らは舌打ちを一つ残し、去っていく。
凪「篠崎さん!」
雨とは違う暖かな雫が、顔にふりかかった。
篠崎「凪ちゃん。いままで、ありがと」
凪「え? 嘘・・・」
店主「嘘だな、ほら」
脇腹をつつかれ、ズキリと痛む。
篠崎「うぐっ!」
凪「篠崎さん?」
篠崎「い、いや、いつも振り回されてばかりだから、ちょっとした意趣返しと思って」
凪「・・・」
唐突に、凪ちゃんがひしと抱きついてくる。
篠崎「い、痛い、痛いよ、凪ちゃん」
店主「今のは、坊主が悪いな」
凪「ぐずっ、良かったでず、本当に」
体は相変わらず痛かったけど、どうにかして凪ちゃんの頭を撫でる。
凪「・・・タコ糸は、まだ必要ですか?」
篠崎「うん、必要」
凪「そ、そんな!」
篠崎「だって、とびきりの焼豚を作らないといけないから。凪ちゃんとね」
店主「そうだ坊主、よく言った!」
凪「・・・うれしいです」
雨が止み、太陽が顔を覗かせる。
どれだけ惨めな目に遭おうとも、この子のことを思えばいくらでも耐えられる。心からそう思えた。
たとえたった一人でも、本気で思ってくれる人がいれば人は自殺を思いとどまることができるのだとあらためて思いしらされました。運命の赤い糸ではなくて太くて丈夫なタコ糸で結ばれている二人。この先何があってもその糸が切れることはないですね。
短い中に巧みな心理描写がすごかったです。
彼の気持ちを変えられた、凪さんの健気さが心に染みました。
戻ってきた彼の気持ちも大切に出来る、素敵な女性だなぁと思いました。
これから死のうと思っている青年は彼女と偶然?に出会ってから、暴力に逃げた後は戻ってきて、今度は暴力に逃げなかった。自殺を上回る生きる気持ちが勝りましたね。