祈り(脚本)
〇木造校舎の廊下
深い夜だった。
彼らはほんの少しの焦燥を心に覚えながら廊下を歩く。
生命の声が聞こえないそんな深すぎる夜だった。
ニーナ「卒業、明日ね。サブローは怖くない?」
サブロー「何が怖いって云うんだよ。なんなら楽しみなくらいさ」
二人の間に沈黙が流れる。
ニーナ「でも、今まで当たり前だった日常が無くなるんだよ?」
サブロー「・・・」
サブロー「僕たちにとって初めから『当たり前』は存在していなかったから」
ニーナ「・・・」
ニーナ「──でも、楽しかったでしょ? この三年間」
サブロー「・・・楽しくなかったと言えば嘘になるな」
ニーナ「・・・三年間、なんかあっという間だったね」
サブロー「・・・ああ」
〇教室
ニーナ「初めまして」
サブロー「──君は誰?」
ニーナ「私はニーナ。そう名乗るように博士から言われた」
サブロー「・・・ニーナ。ああ、なるほど。 僕はサブロー。仲よくしよう。マニュアル通りにね」
ニーナ「ええ、そうね。マニュアル通りにね。それを博士が望んでいるというなら」
〇木造校舎の廊下
ニーナ「──寂しくなるね」
サブロー「寂しいか。随分と人間みたいなことを言うようになったな」
ニーナ「・・・」
サブロー「ニーナは俺よりも生まれが早いから情もひとしお大きく育ったってわけか」
ニーナ「──どうして博士は私たちに学生生活を送らせたんだろうね」
サブロー「さあな。博士の意地悪なんじゃないか」
ニーナ「・・・意地悪か。 意地悪にしては、幸せだったなあ」
サブロー「──幸せか。 でも、ああ。幸せだったよ」
ニーナ「うん。 それに──、」
〇華やかな裏庭
サブロー「──学校は慣れたかい?」
ニーナ「ええ。半年も居れば勝手に慣れるものね」
サブロー「半年か。もう夏とは言えそうもないな。季節が過ぎるのは一瞬だ」
ニーナ「季節なんて早く過ぎていけばいいのよ。 時間は本来私達には存在していないものなのだから」
サブロー「・・・それでも僕たちは今ここにいるだろう? 過ぎ行くことをせがんでも時は早く移ろわない。だったら楽しめばいいじゃないか」
ニーナ「・・・楽しむ?」
サブロー「今ある時間の全てさ。本来、僕たちには存在しえなかった時間。それら全てを嚙み砕くんだ」
サブロー「噛み砕いて噛み砕いて、味がしなくなったその日々を憂いながら卒業しよう。そうしないと勿体ない」
ニーナ「・・・勿体ない。 貴方は随分人間らしいことを言うのね」
サブロー「ああ、君よりも生まれが遅いからね。最新なんだよ色々と」
ニーナ「あまりにも最新だと厄介ね」
サブロー「厄介さ。人間らしさなんてものは厄介以外の何物でもない。でも、今はそれも悪くもないって少しだけ思えるんだ」
ニーナ「人間らしさか・・・」
〇木造校舎の廊下
ニーナ「──楽しいと思えることを知った」
〇教室の教壇
サブロー「──全く、面倒だな」
サブローとニーナは多色で彩られたパネルを運ぶ。
ニーナ「文化祭の準備ってのは思ったよりもやることあるのね」
サブロー「本当だよ。何故僕たちがやらなければならないんだ」
ニーナ「・・・私達は生徒だから。ヒトはやるものなのでしょう? 文化祭ってものを」
サブロー「祭りなんてのはなんであるのか分からないな」
ニーナ「祭りは神に祈るためのものだった。今回は学校という小さな空間を借りて私達からヒトに祈りが向けられる。そんな感じでしょ」
サブロー「ヒトに祈ることなんてないよ。逆に祈ってもらいたいぐらいなんだがな」
ニーナは顔を伏せた。
ニーナ「・・・でも、ヒトが私たちを作ってくれたのよ」
サブロー「・・・勝手に作られたんだ。そして今度は死ねというんだよ。不条理さ」
サブロー「そんなヒトたちのために何を祈るというんだ。祭られるのは僕たちだというのに」
ニーナ「──でも、」
ニーナはパネルを教室の中央に置いた。
教室の中を吹きぬける風が変わった気がした。
ニーナ「なんとなく心がざわめくの。これが多分。多分だけど、楽しいって感覚なんじゃないかなって思う」
サブロー「・・・」
ニーナ「・・・文化祭の意味が何であっても私は今が楽しいからそれだけでいい。なんか、そう思った」
サブロー「・・・そうか。今が楽しいか。ならそれだけでいいのかもしれないな」
〇木造校舎の廊下
ニーナ「──美しさと好きの気持ちを知った」
〇美術室
サブロー「ニーナは冬好きかい?」
ニーナ「──急に何?」
サブロー「ただ聞いてみたかっただけさ」
ニーナ「・・・好きと答えればいいの?」
サブロー「別に自分勝手に答えてくれて構わない」
ニーナ「・・・分からない。好きという感情がどんなものなのか知らないの」
サブロー「そうか。変なことを聞いたな。忘れてくれ」
ニーナ「貴方は冬、好きなの?」
サブロー「僕かい? ああ。僕は好きだよ」
ニーナ「・・・どんなところが好きなの?」
サブロー「空が一番青い気がするんだ。四つもある季節の中で一番」
ニーナ「冬が一番青い? それも青いから好きなの?」
サブロー「そうさ。冬が一番青い。 それに青いから好きっていうよりは・・・そうだな。綺麗なんだ。そう、綺麗」
ニーナ「綺麗だから好き・・・?」
サブロー「ああ」
ニーナ「・・・そっか。綺麗なんだ。 それに──美しいは好きなんだね」
サブロー「ああ。似たようなものさ」
ニーナ「──だったら私も冬好きだよ。 雪が綺麗だと多分、多分だけどそう思うから」
サブロー「そうか。だったら一緒だな」
ニーナ「・・・うん」
〇木造校舎の廊下
ニーナ「そんな気持ちを感じられただけで十分だよ」
サブロー「・・・」
ニーナとサブローのポケットが振動する。二人はスマホをポケットから取り出した。
ニーナ「・・・最終通達。博士からね」
サブロー「そのようだな。最後の「卒業おめでとう」がなんとも憎らしいよ」
ニーナ「──行きましょう。明日のために準備をしないと」
サブロー「・・・そうだな。今までありがとうな。ニーナ。いや、27号」
ニーナ「・・・いえ、こちらのセリフよ。36号。私達の役目忘れてないよね?」
サブロー「ああ。人が住まう星、地球の奪還。ヒトの敵となる対人生物「テスカ」の殲滅」
ニーナ「──ええ。行きましょう。 そのために私達、人造兵器は創られたのだから」
冬の空ってきれいですよね。
途中不穏な雰囲気が漂ってきてましたが、あぁやっぱり…みたいな感じがしました。
切ないお話なんですが、二人が生きた時間は大切なものだと思いました。
機械や道具は人間が必要だから作り出して、不要になれば捨てる。
この話では利用価値で目的がハッキリとしてますが、それならわざわざ人間と生活するということをさせなくても…って思いました…。
映画エイリアンに出てくる人造ロボも確かに感情を持ち合わせていましたね。この二人いや2体にも感情が生まれつつ、卒業しなければならなかったのは可哀そうに思いました。感情をもつことって素敵な事だとあらためて思いますね。