エピソード(脚本)
〇丘の上
遠い街並みを、夕日が赤々と染めている
ふと、思い返せば
夕焼け空は、いつだってどこか寂しげに映っていた
不思議なことだ
こんなにも暖かな色をしているというのに
やっと・・・この星も終わるのか
大きく息をつく
延々と彷徨い続けた獣道から開放されたような
そんな、感想が浮かんでくる
カエデ「なにを一人で黄昏てるのさ?」
・・・おう、あんがとさん
カエデから湯気のたった銀色のカップを受け取る
最近は、このインスタントココアが
食後のデザート代わりになっていた
もうすぐお別れなんだ
たとえ朴念仁でも、いくらか感傷的になるもんだろう
カエデ「なるほど、なるほど。ここもまた思い出の場所ってヤツですか・・・ココアうんまぁ~」
・・・カエデにだって、いくらか思うところはあるんじゃないか?
そう聞くと、彼女は言葉を探すように
目を瞑りゆっくりと頭を揺らす
考えがまとまったのか、彼女は、目蓋を開く
その眼は、彼女の年齢には不相応な優しい眼をしていた
カエデ「んー。まぁ、あれですよ」
カエデ「思い出は愛しいけれど、過ぎたことは忘れちゃって。まずは、明日に目を向けなきゃだよ」
・・・その開き直りこそ、若さってヤツなのかねぇ
カエデ「もぅ、せっかく真面目に話してるんだからさ、茶化さないで欲しいな」
カエデ「それに、博士だってまだギリギリ三十路なんだから。そんな年寄りみたいなことを言ったって、全然締まらないよ」
はははっ、それもそうだな・・・。けれどもまぁ、明日・・・もう明日なのか
その言葉は今、特別な意味を持っている
ひとえに、唯一の希望だ
——つまり、その日こそ。この星から最終便が出発する日だった
〇ボロい山小屋
形ばかりの身支度をしていると
部屋を掃除しているカエデが目に留まる
別に、綺麗になんてしなくて良いだろ・・・?もう誰が使うって訳でもないのだから
カエデ「いえいえ博士、そういう訳にはいかないのですよ」
カエデは、わざと誇らしげに胸を張る
カエデ「三年間もお世話になったお家ですから、できる限りのことをしていくのが人情ってもんです」
カエデ「それに本音を言えば、このお家を丸ごと持って行ってしまいたいくらいですよ」
・・・そうか、そんなもんか
少しばかり言葉に詰まる
別に家屋なんて、ただの【もの】じゃないか
あっ、ああ。それならさ。床板の一枚くらい、剥がして持って行っても良いんじゃないか——
カエデ「ばっ、馬鹿なことを!駄目に決まってるよ!そんなことしたら可哀想じゃないですか!」
あはは、どうどうどう。落ち着いてくれ。いや、悪かった。こんな時だから冗談の一つでも言いたくなったんだ
カエデ「・・・はぁ。まったく博士は、ジョークのセンスが皆無だね。そんなんじゃ、新しい隣人と上手くやっていけないよ」
そんなやり取りをしながらも
頭の片隅には、冷たい目をした自分が居るのを感じていた
〇ボロい山小屋
[伝票]
届け先:Lagrangian Colony
依頼主:芹沢 修一
品名:Maple-Seedlings
最後に残した、一際大きな箱に伝票を貼る。
・・・騙して、ごめんな
情動を振り切るように声を出してみたものの
残された静寂が耳に痛い
そろそろ、ドローンが迎えに来る時間だ
そんな悠長には、してられない
考える。他に持って行かせるものは
何かあっただろうか?
あ、カエデの机があったな
机なんて乗せられないからと意識の外だった
けれど、その中には
小さくとも大切なものもあるかもしれない
〇怪しい部屋
机の引き出しを開けると、綺麗な色彩が目に留る
これは・・・レターセットか
考えるまでもない。これは、自分宛ての手紙だ
ある種の使命感を感じて、それを開いた
・・・
・・・
・・・・・・
・・・は、はははは!
俺のせいで・・・俺が見捨てたから、お前の家族は居なくなったってのに・・・!
これが・・・これが、俺への罰なのか?
誓って言える
今まで、自分の罪から目を逸らしたことなんて一時もなかった
けれど、それでも思わずにはいられない
「読まなければ良かった」と
「知らなければ良かった」と
ただ乱暴に詰ってくれれば、どんなに楽になれたのかと
ははは・・・なるほど・・・最後まで俺に、こんな酷い嘘を吐かせるのか
でも、だからこそ役目を全うしなければならない
近くのペン立てから、慎重に一本を選ぶ
——そして、その便箋の裏へと、筆を走らせた
〇丘の上
あれから、一人分の荷物と一人の女の子
そして、一通の手紙を乗せたドローンを見送った
今は一人、夜空を見上げる
きっと、次の夕暮れが来る頃には
空の向こうで元気にしているのだろう
そんなことを思い浮かべながら
ふと、手元にあるカップに口を付ける
夜風に冷やされたココアが
身体の芯まで行きわたった
あー・・・そうか。デタラメな嘘を書いたつもりだったんだけどな
それでも、後悔なんてありはしない
やっと、初めの一歩を踏み出せたばかりなのだから
〇水の中
カエデ「カエデより」
カエデ「まずは、この手紙を渡せたってことを褒めてください」
カエデ「それはそれは、勇気が必要だった筈なのです」
カエデ「でもまぁ。伝えたいことは、とってもシンプルです!」
カエデ「いつも、ありがとう!」
カエデ「もう一人のお父さん!」
切ない感情がわくお話でした。
主人公はどんな気持ちで、カエデさんの手紙を読んだのでしょうか。
人間の心の深い部分が交差していて、もの悲しさを感じました。
どんな嘘で彼女やその家族をどのように傷つけてしまったのかわからないけど、カエデの為にその嘘をつき通したのならそれは愛情ですね。
人の奥深くの感情が見え隠れしました。色々な感情と供に生きていくのは難しいですよね、、、でも命ある限りは避けれない。奥が深い話しだと思いました。