明日世界が終わるなら。

剥製ありす

本編(脚本)

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〇本棚のある部屋
  もしも、明日で世界が終わるなら。私は、何をするのだろうか。
  もしも、今夜で『おやすみ』が最後なら。私は、どんな顔をするのだろうか。
  ずっとずっと、考えていた。朝も昼も、夜も、きっと、眠っている時にだって。
  (どうして命は終わるのだろう?)
  子供のころから、ずっと不思議だった。
  どれだけ生きても、どれだけ頑張っても、いつか命が終わってしまうのなら。それに、なんの意味があるのだろう。
彼「おはよう」
私「おはよう」
私「あと、何日?」
彼「・・・・・・わからない」
  本当のことは、きっと教えてくれない。けれど私は、毎日同じ質問をした。
  彼の同じ答えを聞いて、同じ表情をした。
  本当はわかっていた。きっとそれが、あなたを苦しめているのだと。
  こんな私を好きでいてくれるみんなを、苦しめているのだと。
  けれど私は、同じ質問をした。
  それは、確認ではなく、感情の整理だった。
  毎日同じ質問をすることで、少しずつ終わりへの恐怖を消していった。
  それでもやっぱり怖いけれど、もう取り乱すようなことはなくなっていた。
  だから私は、今日もおやすみを言って、電気の消えた天井を眺めた。

〇本棚のある部屋
  それは真っ白で、真っ暗で、なにもない、キャンパスのようだった。
  私はそこに、いくつもの絵を描いた。

〇病院の診察室
  生まれた日のこと。

〇明るいリビング
  初めて歩いた日のこと。
  初めて言葉を覚えた日のこと。

〇大きな木のある校舎
  初めて友人ができた日のこと。
  初めて恋人ができた日のこと。

〇本棚のある部屋
  私は、絵を描いた。生きる意味を、そこに探し求めた。
  結局今日も、生きる意味はわからなかった。
  けれど、死にたくだって、なかった。
  (どうして意味がないのに、死にたくないんだろう?)
  私はいつも、不思議に思った。
  そうして後に湧いてくるのは必ず、抑えきれない感情と、涙と、たくさんのありがとうだった。
  私を産んでくれてありがとう。
  私を育ててくれてありがとう。
  私と出逢ってくれて、ありがとう。
  そうしてまた、夜が明けた。

〇本棚のある部屋
  今日も隣には、みんながいた。
私「おはよう」
彼「おはよう」
母「おはよう」
私「あと、何日?」
彼「・・・・・・わからない」
  また同じ質問をして、同じ答えを聞いて、みんなは同じ表情をした。
  世界は、簡単に終わるんだと知ったあの日、私は泣いて泣いて、それから抜け殻のようになった。
  抜け殻になった私に再び感情を与えてくれたのは、みんなの声と、夜の静寂だった。
  少し騒がしいくらいの声と、少し静かすぎるくらいの沈黙が、私の凍った心を揺らして、溶かしてくれた。
  再び泣き笑いするようになった私を、昔よりたくさん感情をみせるようになった私を。
  みんなはとっても暖かくて、そしてとっても寂しそうな目で見守ってくれた。
  喧嘩別れしていた両親が、毎日訪ねてくれた。
  もう何年も連絡をとっていなかった友人が、遠方から駆けつけてくれた。
  ずっとそばにいたあなたは、変わらずずっとそばにいてくれた。
  どうして人は、終わりが来ると優しくなるのだろう?
  どうして人は、失ってからでしか気付けないのだろう?
  今日もどこかで、人が死ぬ。
  きっと、たくさんの未練や恨みや憎しみを残して、死んでいった人たちだっている。
  誰もが簡単に、『またね』と言うけれど。
  その『また』が本当に来るかなんて、誰にもわからない。
  けれど私たちは、今夜も別れを告げる。
  おやすみを、さよならを、またねを口にして、夜に枕を沈めていく。
  (どうして世界には、終わりがあるのだろう?)
  考えて考えて、けれどわからなくなって、私は思考を投げ出した。
  それからどうしても虚しくなって、嗚咽を隠しながら、いつもとは違う言葉を吐いた。
私「出逢ってくれてありがとう」
  みんなは悲しそうな、嬉しそうな、感情のごちゃまぜになった顔をして。
「生きてくれて、ありがとう」
  あと何度、同じ質問ができるだろう。
  あと何度、ありがとうを伝えられるのだろう。
  そうしてまた、夜が来る。

〇本棚のある部屋
  (どうして命は、終わるのだろう)
  今夜も私は、真っ白で、真っ暗で、なにもないキャンパスに、いくつもの絵を描いた。

〇教室
  なんでもない、普通の一日。必死に勉学に励んだ日。

〇オフィスのフロア
  仕事で失敗をして、怒られた日。上手くできて、褒められた日。

〇観覧車のゴンドラ
  初めてあなたとデートをした日。
  初めてキスをした日。

〇本棚のある部屋
  いくつも、いくつも絵を描いた。なのにキャンパスは滲んで、ぐちゃぐちゃになった。
  泣いて泣いて、その涙を、思い出が拭ってくれた。そうすると心は落ち着いて。
  泣き腫らした目で、私は呟いた。
私「おやすみなさい」
  瞳を閉じて、夜を迎えた。
  きっとまだ、終わらないと信じて。
  きっとまた――。

〇雑踏
  もしも明日で世界が終わるなら。
  もしも今夜で『おやすみ』が最後なら。
  それでも私は、今を生きよう。
  辛くて、苦しくて。終わりなんて、見えなくて。見たくなくて。
  けれど、きっと、最後には笑って終われるって、信じたいから。
  ――明日世界が終わるなら。
  それでも私は、今日を生きよう。
  ――きっとまた、あなたに。みんなに。
  笑顔で『おはよう』を、伝えるために。

コメント

  • もし明日で世界が終わるなら、今をどのように生きていくかわからない。生きているから死ぬのか?みんな死ぬから生きたいのか?奥が深くて答えが出ません。

  • 真摯な文章で素敵でした。主人公の声が頭の中に響いてくるようでした。読んでいて彼女の気分にもなり、恋人の気分にもなり、駆けつけた人たちの気分にもなりました。先が分からないのは辛いことですが、そういう中でこそ輝くものは確かにありますね。

  • 答えは見つかりませんよね。
    人間問わず、生命体はそれぞれどうして存在するのか。
    いずれ世界の終わりが来た時、生きていればどう考えるのか、自分でもわかりません。深い話ですね。

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