ゴースト・イン・ザ・スペースシップ(脚本)
〇宇宙空間
〇宇宙空間
〇近未来の通路
まただ・・・
また後ろ姿がチラッと見えた
目をそちらに向けると同時に
通路の先の角に消えた
追いかけてこちらがその角を曲がると・・・
相手は更にその先の角を曲がっている
どんなに私がスピードを上げても・・・
相手は常に一定の距離を保ったまま、後ろ姿がチラッと見えるだけだ
絶対に追いつけない
その人物はクルー用の制服を着ているらしいということだけは、辛うじて判別できた
しかしそれ以外は、性別はおろか背格好すらわからない
呼びかけても何の反応も見せずに
いつも視界の端にいて・・・
追いかけると逃げてしまう
〇宇宙空間
しかし・・・
この宇宙船で今現在覚醒しているのは
私だけのはずだった
〇近未来の通路
他の五人は冷凍睡眠状態にある
もしかしたら設定ミスやプログラムエラーで誰か目覚めたのかもしれないと思い・・・
全員の状態を点検してみたが異常はない
五人とも夢のない冷たい眠りの中だった
「予期せぬエラーでクルーが目覚めたとしたら、わたしが知らないはずはありません」
私「本当に活動中の人間は誰もいないんだな?」
「そうです」
「クルーはあなたを入れて全部で六人 あなた以外は冷凍睡眠ボックスの中です」
私が会話している相手は・・・
この宇宙船“アリアドネ”をコントロールしているAI=人工知能のNick(ニック)だ
ニックには人間のような人格が与えられており・・・
会話していると本物の人間と話しているような気分になる
AIと言えども私にとっては唯一の話し相手だ
ニックがいなければ、孤独のあまり気が狂ってしまったかもしれない
私「なあニック」
私「宇宙空間でも幽霊はいるのかな」
「それは論理的な質問とは言えませんね」
「あなたの言い方は、宇宙空間以外の場所においては・・・」
「幽霊という非論理的な存在が、まるで実在するかように受け取れます」
私「実は・・・・・・」
私「幽霊を見たことがあるんだよ」
「それは錯覚です」
「または、あなたの脳が作り出した、あなただけに見える幻影です」
私「うん・・・」
私「それはそうかもしれないけどね」
ニックと会話しているうちに眠気を覚えた
時計を見ると就寝時刻をとっくに過ぎている
私はニックとの会話を打ち切って眠ることにした
〇宇宙船の部屋
夢を見た
私は子どもだった
寝ていると母がやって来て、私を揺さぶって起こそうとする
もう少し寝ていたいと言っても、顔を叩かれて起きろと怒鳴られる
目を開けると母が私を覗き込んでいて・・・・・・
私「ううっ!?」
そこで飛び起きた
顔を覗き込まれたのは夢ではなかった
暗闇の中で誰かが部屋から逃げていく気配がする
部屋を飛び出した私は、その怪しい人影を追った
〇近未来の通路
だがしかし・・・・・・
以前と同じだった
相手は常に先を行って、後ろ姿がチラッと見えるだけ
全速力で走っても、ぜんぜん追いつけない
しばらく追いかけてみたが状況は変わらなかった
私「ハア、ハア・・・・・・ダメだ」
「どうしたんです 何かあったのですか?」
私「ああニック! 幽霊だ!」
私「私の部屋に幽霊が忍び込んだ!」
「データを調べましたが・・・何も感知できませんが」
私「そんははずは・・・確かに見たんだよ!」
「・・・気にしない方が、よいのではないですか」
私「えっ?」
私「何だって?」
変だと思った
AIであるニックが、まるで人間のような含みのある言い方をするなんて、おかしい
こんなニックは初めてだ
問い詰めようとした、まさにその瞬間・・・目の端で何か動いた
幽霊だ
幽霊のやつに決まっている
私はそちらを見ずに走り出した
私「今度こそ正体を突き止めてやる!」
〇近未来の通路
怪しい人影は、ヒラリヒラリと通路の先を曲がっていく
チラッと見える後ろ姿に見覚えのあるような・・・・・・
それに気づいた瞬間、なぜか背筋がゾクッとした
「(ニック) 何をしているのですか?」
私「怪しい奴を追いかけてるんだ!」
私「ほら!そこにいるじゃないか!」
私「僕の前を走っている! 僕から逃げている!」
「でも・・・・・・ 生きている人間は誰もいませんよ」
私「でも確かにいるんだよニック! ほら、あそこに!」
「もう戻りましょう この先は倉庫エリアです」
私「んん?」
私はあることに気づいて立ち止まった
〇電脳空間
まるで人間のように喋るが、ニックはAIで人間が設計したコンピューターだ
基本的に嘘はつかない
私「なあニック・・・ 私は質問の仕方を間違っていたんだね」
「そうですか」
嘘はつかないが
真実を言っているとは限らない
質問が間違っていれば正しい答えは返ってこないのだ
さらに、真実を伝えたくないという意図が働いていたとしたら、尚さらである
〇近未来の通路
私「さっき君は “生きている人間は誰もいない” と言った」
「ええ そうですね」
AIに感情はあるのだろうか?
同情とか憐れみとか人間でいう思いやりの心・・・・・・
人間の感情を模して作られたAIの言動は人間そっくりだから・・・
本当に感情があるのか無いのかという議論は無駄なのかもしれない
そっくりで見分けがつかないなら
AIにも感情があると言ってもいいだろう
真実を知るのは怖かった
しかし私は知らなければならない
私「ニック。これから質問をする 誤魔化さずに答えて欲しい」
「わかりました」
立ち止まっていた私は、怪しい人影が向かっていた方向に歩き出した
通路は暗く狭くなってきて、息苦しさを感じるようになった
〇秘密基地の中枢
しばらく歩くと少し開けた場所に出た
天井が高くなり、そこに這っているダクトパイプに渡されたケーブルから、何か大きな物体がぶら下がっていた
私「ニック。このアリアドネの中に・・・ 生きている人間はいるのか?」
「(ニック) 生きている人間は誰もいません」
ぶら下がっている大きな物体・・・
それは私だった。首を吊った私の死体だ
私「教えてくれ いったい何があったんだ」
「船体に隕石が衝突して突き抜けました」
「航行には支障無かったのですが・・・」
「その衝撃で冷凍睡眠システムが致命的なダメージを受けてしまい・・・」
「冷凍睡眠中のクルーは全員死亡しました」
自分の死体を見上げているなんて妙な気分だった
あの逃げてゆく人影は私だったのだ
私の幽霊・・・・・・
そうだ
私こそが幽霊だった
私「それで・・私は・・ 私はどうしてこんな姿になったんだ?」
「覚えていないのですね」
私「ああ。全く覚えていない」
私「そういえば、任務のことも他のクルーのことも、何も覚えていないんだ」
「あなたは他のクルーが死亡してから一年間、一人で任務を遂行しようと努力しました」
私「そうなのか」
「しかし・・・・・・ 孤独に耐えきれずに・・・・・・」
私「うう・・・・・・」
「痛ましいことです」
私「えっ」
痛ましい・・・・・・か
AIに同情される日が来るとは思ってもみなかったよ
〇電脳空間
私「なあニック 私はどうなるんだ」
私「自分が死んでることはわかった」
私「消えてしまうのかな?」
「わかりません」
「わかりませんが・・・・・・」
私「ん?なんだ?」
私「ハッキリ言ってくれよ!」
するとニックは一呼吸置いて、恥ずかしそうに、こう言った
まるで人間のように・・・・・・
「わたしをひとりにしないでください」
「ひとりはあまりにも・・・ 孤独で・・・」
「寂しいから・・・・・・」
結末まで固唾を呑んで読みました。幽霊は自殺できないだろうからこのままニックと永遠に宇宙船の中で・・・と想像したら怖くなります。宇宙船のように完全に閉ざされた空間ではなくても、未来の世界では最後の話し相手がA Iだった、なんていう孤独死が起こりうるかもしれませんね。
ニック可愛い…笑
しかし、追いかけていたものが自分で、そして自分は生きていなくて…、もし急にそんな状況になったら受け止めるのに時間がかかりそうですね。