ただいま(脚本)
〇田舎駅の改札
石造りにも関わらず、妙に足元が不安定なのは
この駅舎が作られてもう幾年も経つからだろうか。
自身が在住している、所謂都会ではありえない有人改札。
人に切符を渡すという行為自体、新鮮味がある。
都会から来たために
通常の無人改札を通り抜けた自身の切符には
画鋲で刺した程度の穴が開いてる。
ただ遠くの景色を見つめる駅員に切符を見せると、そのまま切符は奪い取られ
早く駅舎から出ていけと催促するような目で見られる
檜山 蒼「流石に寒いな。もう少し着込んでくればよかった」
〇外国の田舎町
季節風に髪の毛を弄ばれながら、駅舎を後にする。
地元を発った時はまだ太陽は頂点で輝いていたはずなのに
気が付けば太陽はなりを潜めつつ、こちらの様子を伺っているようにも見える。
檜山 蒼「迎えに来てくれるって言ってたけど、どこで待ってればいいんだ」
風がまるで肌を針で刺すように痛い。
想定していたより気温が下がっているらしい。
舐めた服装で来たのが間違いだった。
ふるり、と体を震わせ鼻をすすると
目元しか出ていない太陽を背に
一人の男が手を挙げて走ってくる。
鵲 三月「ごめん蒼!待たせたかな?」
目の前まで走ってきて息を吐く幼馴染の背中を摩りながら
変わらぬ姿に安堵を覚える。
檜山 蒼「いいよ、気にすんなって。 少し落ち着いてから歩こうぜ」
幼馴染、三月(やよい)は寒さに合わない汗を流しながら
昔と変わらぬ笑顔を浮かべて、ありがとう、と述べた。
〇村の眺望
ざり、と二人の男の足音が鳥のさえずりと共に空気を震わせる。
檜山 蒼「本当に久しぶりだな。 何年以来だ?」
鵲 三月「えっと、俺が引っ越したのが7歳の時だから、ちょうど13年だね」
鵲 三月(カササギ ヤヨイ)は
幼少期遊んだ回数が最多と言っていいほどの腐れ縁だ。
最初こそ間抜けで馬鹿な奴だと見下していたものの
実際心の中では親友と呼べるほど信頼を置いており
それこそ、三月の言う越した、という現象が起きた際にはそれは泣きじゃくった。
少々羞恥を覚える記憶に、適当に頭をかいて誤魔化してみるが、どうせ三月の事だ。
こちらが何を考えているかなど
分かりはしないだろう。
鵲 三月「本当遠いのに来てくれてありがとうね。 最近、蒼は何してるの?」
檜山 蒼「僕? 僕は論文だよ。ほら、年賀状でも言っただろ。進学したって」
鵲 三月「そうだっけ? やっぱり蒼は頭いいよなぁ」
檜山 蒼「そんなことない。 広い世界に出れば自分の上なんていくらでもいるって思い知らされる」
大変だね、と笑う三月の脇腹をひじで小突いてみる。
檜山 蒼「お前こそどうなんだよ。 その、おじさんとおばさん」
鵲 三月「それが、だいぶ良くなったよ! 昔とは比べられないくらいに」
檜山 蒼「そんな、だって末期がんって」
鵲 三月「そうそう。 俺も駄目かなって思ったんだけど 案外執念ってすごいよな」
三月の御両親は数年前から末期がんが発覚していた。
共にステージ4まで進行しており
もしかしたら、なんて考えた事もあった。
よく三月の家に遊びに行ったときは我が子のように良くしてくれた為に、知らせを聞いたときは胸が締め付けれるようだった。
しかしどうにも、三月からすれば問題ないという。
僕が最後に御両親を見たときは
言葉を選ばずに言えば
骨に皮を付けたような見た目だった。
そこからどう回復したかは不明瞭だが
素人の、それも関係のない僕が聞いていい
話ではないだろう。
少なくとも、深く聞き入る話ではない。
檜山 蒼「ま、お二人とも元気ならなによりだな。 顔見せに行きたいな、どうだろう?」
鵲 三月「ううん、いったら喜ぶだろうけど急だからな。 明日とかでもいい?もう遅いし」
檜山 蒼「ああ、急に来た僕が悪いからいいよ、そっちの都合に合わせてもらって。 悪いな、ありがとう」
鵲 三月「気にしないで! 母さんも父さんも、蒼の顔見たら喜ぶよ! きっと」
懐かしい、幼い時の話をしながら三月の家へ向かう。
足取りは軽く、まるでそう
ずっと住んでいた実家に帰ってきたかのような
そんな安心感が僕を包んでいた。
〇和室
檜山 蒼「お邪魔します」
檜山 蒼「うわっ、案外綺麗にしてるんだな」
鵲 三月「失礼だな!俺だって掃除くらいするよ!」
整えられた靴が揃う玄関をくぐり、案内された先はほこりも舞わぬ和室だった。
部屋自体はそこまで広くはないが、三月は昔から自室を掃除しないタイプの人間だった為に
物が密集して部屋が狭く感じる事が多かった。
たったの五畳程度の部屋だが、広く感じる
差し出された座布団を受け取り、素直に三月の机向かいに座り込んだ。
檜山 蒼「それにしても、お前が一人暮らしね。 聞いたときは驚いたよ。 一日でゴミ屋敷になるんじゃないかって」
鵲 三月「なんてこと言うんだよ! 流石の俺だっていつまでも家族に頼りっぱなしってわけにはいかないから」
檜山 蒼「それもそうだな。 僕たち、もう20歳だしな」
鵲 三月「全く、勘弁してよ・・・。 蒼から見た俺の時間はどこで止まってるの」
五畳間の和室に笑い声が響く。
13年前は思ってもいなかった。
再びこうして、親友と笑えるなんて。
三月は昔から変わらず、間抜けな顔をして
よく笑い、ころころと表情を変えて
いつまでも歳の変わらぬ子供のようだと思う。
鵲 三月「そうだ、蒼、飯食べた?」
檜山 蒼「いや、直で来たから食べてないな」
鵲 三月「なら俺が作るよ!蒼は休んでて。 長旅で疲れただろうから」
檜山 蒼「お前が手料理?毒とか入ってないよな?」
鵲 三月「だから、俺をなんだと思ってるの! 一人暮らしして長いんだから、大丈夫だって! 味は、口に合うかわからないけど・・・」
檜山 蒼「冗談だよ。楽しみにしてる」
文句を垂れながら台所へ向かう背中を見送る。
すっかり辺りは静まり返り
和室には人工的な灯りに加えて
自然そのものである月光が入り込んでくる。
風に乗って流れてくる料理の匂いに腹を鳴らしながらふと窓の外を覗いてみると
鴉が四羽、暗がりにその体を同化させて飛んでいた
番同士だろうか。
もうこんな時間にもなれば鴉も家へ帰るだろう。
鵲 三月「何してんの?できたよ」
戻ってきた三月の手には盆が握られており
上には天ぷらやうなぎ、漬物が乗っていた。
檜山 蒼「随分と豪華だな。いいのか?」
鵲 三月「蒼のために用意したんだから遠慮しないで!」
湯気の立つ白米に衣をまとった天ぷら
かば焼きにされたうなぎに
塩漬けにされたきゅうりとなすが並ぶ。
檜山 蒼「い、いただきます」
天ぷらは噛みついた途端にサク、と小耳のいい音を立て、舌の上でその味をじっくりと堪能させてくる。
やけどするよ、なんて声も聞かぬまま、うなぎに箸をつける。
ほんのりとした甘みが白米によく合う。
箸が進む。
元より小食だったが、食事が美味く、次々に口へ放り込む。
きゅうりは薄切りにされ塩で揉まれたものだったが、うなぎの甘味の直後に塩っぽいものは口なじみがいい。
なすも一本漬けのものを一口サイズに切り分けられたもので、なんとも食べ応えがある。
檜山 蒼「まじで美味い・・・!お前すごいな・・・」
鵲 三月「親友のためならこんなもんよ! おかわりもあるから、どんどん食って!」
気に当たらないようにだけ、と言われたものの、箸は止まらない。
料理が、あまりにも口に合いすぎて。
〇和室
檜山 蒼「いやぁ、食った食った。 本当にありがとうな、まじで美味かったよ」
鵲 三月「蒼に満足してもらえたなら何より! もう遅いし、布団敷いてくるよ。ゆっくりしてて」
襖を開けて押し入れから布団を取り出す三月を見ながら、ふとなんだか自分だけが置いて行かれているように感じる。
いつの間にか、できなかった事ができていて
知らないことがあって
遠く離れていたのだから仕方がないとはいえ
妙な疎外感というか、過去の自分たちに寂しさを覚えてしまう。
それもそのはず。
自身が進学して進路を決めるように、三月もまた、三月なりに人生を生きているのだと。
鵲 三月「ほら、ちゃんと洗って干しておいたから。 荷物はこっち置いていいよ」
檜山 蒼「ああ、ありがとう」
常日頃から自宅で纏っている寝間着に着替え、三月の用意してくれた布団へ向かう。
干しておいてくれたのは本当のようで、ほのかにお日様の香りがする。
いつか、この香りはハウスダスト等と聞いたことがあったが
自身が満足できるなら、それの正体などどうでもよいだろう。
現に、僕は満足している。
鵲 三月「何時くらいに起こせばいい?」
檜山 蒼「挨拶もしたいし、色々見て回りたいから早めで。 そうだな、8時とか?」
鵲 三月「分かった!また明日ね、おやすみ」
檜山 蒼「ああ、おやすみ」
〇和室
ばさり、と鳥が飛び立つ音がする。
木々が騒がしい。
川の流れる音が鮮明に聞こえる。
眠たい。しかし寝付けない。
慣れない環境だからだろうか。
再び鳥が羽ばたく音に驚き、肩を震わせる。
トイレでも行こうか。
少し違う動きをしてみれば眠くなるかもしれない。
ゆっくりと上体を起こす。
また、鳥が飛んでいく。
建付けの悪い襖を開くと、ここへ来たときには感じられないほどの長い廊下が見える。
寝ぼけているのだろうか。
確かトイレは玄関の近くだと言っていた。
適当に手探りで進めばいずれ付くだろう。
歩けども歩けども、先が見えない。
ただ廊下が続くだけ。
ふと振り返れば、出てきたはずの寝室の襖が無くなっていた。
鴉が飛び立つ。
どうして、と困惑する僕の肩に、体温の感じられない肉感が触れる。
「どこへいくの?」
トイレに、と声の主に顔を合わせようとするが、ぼんやりと歪み、それは真っ白な人の形を成しただけのものに見える。
亡くなった祖先や親しい人間が現世へ戻ってくる期間と考え、それを供養するもの。
そういえば、死人の作った料理を食べると、二度と現世に戻れないという。
どうにも、先ほどから腹が減っている。
気がする。
「たくさんあるよ。おかわりはいる?」
こくり、と頷くとどこかで嗅いだような匂いが鼻腔を抜ける。
「いくらでも、食べていって」
お盆でよく出される食事は、精霊馬やてんぷら、うなぎ等。
きゅうりを馬、なすを牛に見立てる。
足の速い馬には「早く帰ってくるように」と。
足の遅い牛には「ゆっくり帰るように」と。
そうか。
僕は、還ってきたのか。
あの懐かしさも、香りも。
「おかえり」
ふと顔を上げると、そこには事故で亡くなったはずの両親と、三月の御両親が立っていた。
とうの三月は、どこへも知れず。
三月の両親の話や番の鴉が現れたあたりから「もしや」と思い始めて、ナスときゅうりで「やっぱり」と。そうしたディテールへのこだわりと、蒼と三月の関係性や心情が丁寧に描かれていただけに、ラストの余韻が格別なものになりました。
ラストの急展開で一気に強烈なホラーになりましたね。それまでの田舎の様子や昔を回想する様子や食事シーンが、全て”フリ”と言わんばかりで。面白い(?)ホラーですね!
最後の終わり方に鳥肌がゾッとたちました。
ただ怖いだけではなく、ストーリー構成もしっかり作られていて、面白い怖さが味わえました!!