日本一有名な動画配信者(脚本)
〇おしゃれなリビングダイニング
佐藤花子「さあ、ご飯よ」
佐藤一郎「お、随分凝ってるね」
佐藤花子「”ついで”だったから」
「ね!」
佐藤一郎「あ、そうか 後で編集しとくよ」
「よろしくー」
佐藤太郎「あの・・・私の分は?」
佐藤花子「あらやだ、ちょっと待って」
佐藤花子「はい、どうぞ」
佐藤太郎「・・・・・・」
佐藤花子「閲覧数、伸びてないでしょ」
佐藤太郎「・・・うん」
佐藤花子「もう、楽になったら?」
佐藤花子「ハローワークは逃げないわよ?」
〇黒
1年前
〇ダイニング
佐藤太郎「市役所、辞めることにした」
佐藤一郎「は!?」
佐藤春子「辞めてどうするの?」
佐藤太郎「次の仕事なら決まってるんだ」
佐藤一郎「お、脅かさないでくれよ」
佐藤春子「そうよー」
佐藤春子「あたしだって来年受験なのに」
佐藤一郎「大学辞めなきゃ?って」
佐藤一郎「焦ったわ」
佐藤春子「で、何の仕事をするの?」
佐藤太郎「これだよ」
佐藤春子「IT系の・・・何か?」
佐藤太郎「動画配信者になろうと思ってな」
「は!?」
佐藤花子「ただいまー・・・って」
佐藤花子「なにコレ?」
〇ダイニング
佐藤花子「説明してもらえるわよね?」
佐藤太郎「私が映像関係の仕事に就きたかったのは 知ってるだろう?」
佐藤花子「N大の芸術学部に落ちたって話でしょ?」
佐藤太郎「そう、一度は諦めた道だった」
佐藤太郎「しかし時代は変わり」
佐藤太郎「誰でも作品を発信できるようになった」
佐藤太郎「一郎と春子も動画を配信してるだろう?」
佐藤一郎「あんなのただの趣味だって!」
佐藤春子「そうだよ!」
佐藤春子「ただの・・・趣味だよ」
佐藤太郎「私も創作への情熱が」
佐藤太郎「抑えられなくなってしまったんだ」
〇ダイニング
佐藤花子「とにかく」
佐藤花子「せめてハルが大学出るまでは我慢してよ」
佐藤太郎「いや」
佐藤太郎「ていうかもう辞めてきちゃったんだが」
佐藤花子「あ゛?」
佐藤太郎「す、すまん・・・」
佐藤花子「子供達の学費」
佐藤花子「どーすんのよ!」
佐藤太郎「それくらいなら退職金でどうにかなるんだ」
佐藤太郎「動画が軌道に乗るまでは苦しいかもしれんが」
佐藤太郎「それまで何とか協力してほしいんだ」
佐藤花子「本当に苦しい生活になるわよ?」
佐藤太郎「退職金は全部渡す」
佐藤太郎「私の生活費も限界まで減らしてくれ」
佐藤花子「・・・・・・」
佐藤花子「駄目だったらすぐに再就職よ?」
佐藤太郎「もちろんだ」
佐藤太郎「でも自信はある」
佐藤太郎「動画を見てくれれば」
佐藤太郎「考えも変わるんじゃないか?」
〇たこ焼き屋の店内
佐藤太郎「ジェントル佐藤の〜」
佐藤太郎「なんでもチャレンジ〜」
佐藤太郎「今日は近所のたこ焼き屋『タコ部屋』の名物」
佐藤太郎「激辛『ハバネロたこ焼き』に 挑戦したいと思いま〜す!」
佐藤太郎「ふーむ」
佐藤太郎「ぱっと見は普通のたこ焼きと変わらないですね」
佐藤太郎「では、実食!」
佐藤太郎「はふっ、はふっ」
佐藤太郎「ゴフッ、熱ッ!!」
佐藤太郎「ゲフッ、辛ーッ!!」
〇ダイニング(食事なし)
「・・・・・・」
佐藤花子「ヤバいよね?」
「ヤバい・・・よね」
佐藤花子「ハルちゃんが国公立に行ってくれれば 学費はギリギリ何とかなるのよ」
佐藤花子「だけど本ッ当にギリギリなのよね」
佐藤花子「こんなしょーもない動画作ってるなら せめてバイトくらいして欲しいんだけど」
佐藤一郎「俺もなるべくいいとこに就職するよ」
佐藤一郎「ハルコが卒業するまでは俺も頑張るから」
佐藤春子「お兄ちゃん・・・」
〇ダイニング(食事なし)
佐藤花子「どうすれば諦めてくれるのかしら」
佐藤一郎「才能のなさを思い知ってもらうとか?」
佐藤花子「でも、どうやって?」
佐藤春子「アタシ達で動画を作って お父さんよりバズればいいんじゃない?」
佐藤花子「私達で?」
佐藤一郎「まあ、機材はいいのが揃ってるしなあ」
佐藤春子「お母さんは料理が得意だから お手軽料理のショートムービーとかさ」
佐藤一郎「ショートムービーで料理ネタは定番だけど 逆に言えばライバルは多いぞ?」
佐藤春子「だからみんなの得意なことを 全部入れてみたらどうかな?」
佐藤一郎「どういうことだ?」
佐藤春子「お母さんが料理しながら踊って お兄ちゃんがアレンジした曲を合わせるの」
佐藤花子「え?私が踊るの?」
佐藤春子「うん 振り付けはアタシが考えるから」
佐藤一郎「まあ、母さんは美人だってよく言われるし」
佐藤春子「アタシもね お母さん”は”美人だねって言われる」
佐藤花子「ハルちゃんだって可愛いわよ」
佐藤春子「・・・いや、そーいうのいいから」
佐藤一郎「みんなの得意分野を合わせてみるってのは いいと思う」
佐藤春子「このままじゃお父さんは改心しないし」
佐藤春子「やれるだけやってみようよ」
佐藤花子「そうね、今より悪化することはないわよね」
〇綺麗なキッチン
佐藤花子「ハナコのダンシング=クッキング」
佐藤花子「今日はミートオムレツを作りまーす♪ 材料と分量は下を見てね」
佐藤花子「はい、出来上がり」
〇ダイニング(食事なし)
しかし現実は厳しかった
佐藤花子「全然伸びないわね」
佐藤一郎「10本作っても閲覧数は最高で二桁・・・」
佐藤一郎「同じような動画なら それこそ無数にあるからなあ・・・」
佐藤太郎「お前たちも動画を作ったんだって?」
佐藤花子「そうよ」
佐藤花子「あなたに才能のなさを自覚してもらうためにね」
佐藤太郎「全然見てもらえないだろう?」
佐藤太郎「この世界はそんなに甘くないんだ」
佐藤一郎「そんなら余計に 子育てが終わったからにしてくれよ」
佐藤太郎「新しいことを始めるなら なるべく早いほうがいいんだ」
佐藤一郎「動画配信なんて 何年も前から飽和状態じゃん」
佐藤花子「そうよ!」
佐藤太郎「どんな分野でも駆け出しの頃は厳しいもんだ」
佐藤太郎「そのうち上向くから」
佐藤太郎「もう少し辛抱しなさい」
佐藤一郎「失敗だったか・・・」
佐藤花子「本当にどうしたものかしら」
〇女の子の部屋
佐藤春子「・・・・・・」
〇SNSの画面
父が公務員辞めて動画配信始めた
私は高校生で兄もまだ大学生なのに
父の作った動画がこれ↓
みんなどう思う?才能ないよね?
泣けてくる
てかもう涙も枯れた
〇女の子の部屋
佐藤春子「?」
佐藤春子「!!」
〇ダイニング(食事なし)
佐藤春子「テレビ見てる場合じゃないよ!」
佐藤春子「た、大変なことに!」
佐藤一郎「何、このリプ数?」
佐藤春子「私のつぶやきが 有名なまとめサイトに紹介されたらしくて」
佐藤一郎「うわ、父さんの動画の閲覧数が凄いことに!」
佐藤花子「でもほとんどが低評価よ コメント欄も酷いことになってるわ」
次の話題はSNSから
〇テレビスタジオ
伊達アナウンサー「家族を顧みずに夢を追ってしまった男性が 話題になっています」
伊達アナウンサー「VTRをご覧下さい」
〇カラオケボックス(マイク等無し)
〇テレビスタジオ
伊達アナウンサー「パネラーの皆さん、いかがでした?」
ロッカー野口「これは ひどい」
メタラーひろし「僕ら芸人でも動画の閲覧は なかなか伸びないですからね」
ロッカー野口「このオッサン無謀すぎますわ」
メタラーひろし「ご家族は途方に暮れているでしょうね」
〇ダイニング(食事なし)
佐藤一郎「いろんなとこで転載されてるぞ」
佐藤一郎「【悲報】妻子持ちのオッサン、50過ぎで自分探しを始めてしまう」
佐藤一郎「【失笑】脱サラした中年男性、渾身の動画の出来がエグい」
佐藤太郎「どうだ!凄い勢いで伸びてるぞ!」
佐藤一郎「いや、晒し者にされてるだけじゃん」
佐藤太郎「これで私も有名配信者の仲間入りだな!」
佐藤春子「こんなの長続きしないのに・・・」
佐藤一郎「いや、乗ろうぜビッグウェーブに!」
佐藤春子「え?」
〇テレビスタジオ
伊達アナウンサー「先週、元公務員の配信者を紹介しましたよね」
ロッカー野口「すんごいつまんない動画の人?」
メタラーひろし「その人が何か?」
伊達アナウンサー「今度はその家族が話題になっているんです」
〇綺麗なキッチン
〇テレビスタジオ
ロッカー野口「これ、あの人の奥さん?」
ロッカー野口「めっちゃ美人じゃないですか!」
ロッカー野口「ダンスもいい感じやし!」
メタラーひろし「簡単そうだし、自分でも作りたくなるなあ」
メタラーひろし「曲のアレンジも動画に合ってて 何度でも見れますね」
伊達アナウンサー「音楽と振付もお子さん達が手掛けてるんです」
ロッカー野口「才能ないのはお父さんだけだったってオチ?」
〇ダイニング
佐藤一郎「テレビで紹介されてからは」
佐藤一郎「順調に登録が増えてるな」
佐藤春子「もしかして配信で生活できちゃうんじゃ?」
佐藤花子「・・・実はそうなのよ」
佐藤花子「パートはこのまま続けるけどね」
佐藤春子「あ、あのね」
佐藤花子「なあに?」
佐藤春子「友達の飼ってる猫が子猫を産んでね」
佐藤春子「できたら一匹引き取りたいんだけど・・・」
佐藤春子「生活が苦しいから・・・無理かなって」
佐藤花子「それくらいならもう大丈夫よ」
佐藤一郎「その猫も動画に出したら?」
佐藤春子「いいの?」
「もちろん!」
〇女の子の部屋
〇SNSの画面
774の875ファン「ハナコさんの娘の動画も見たんだけど」
774の875ファン「全然可愛くなかったわ」
774の875ファン「親父に似ちゃったとか?」
774の875ファン「可哀想だけど、裏方で輝くタイプだな」
〇女の子の部屋
佐藤春子「・・・」
佐藤春子「やっぱり見た目が良くないと」
佐藤春子「人前に出る仕事は無理なのかな」
〇男の子の一人部屋
〇SNSの画面
774の875ファン「ハナコさんの長男の動画見たけど」
774の875ファン「オリジナル曲はパッとしねえわ」
774の875ファン「二次創作なんて誰でもできるからねー」
〇男の子の一人部屋
佐藤一郎「来年からは銀行員だし」
佐藤一郎「音楽なんてただの趣味・・・」
佐藤一郎「・・・」
〇黒
そして現在は
〇おしゃれなリビングダイニング
佐藤花子「あらあら、あなたもまだだったわね」
佐藤花子「ちょっと待っててねー❤️」
佐藤太郎「100gで1000円の肉か・・・」
佐藤太郎「これは特売で98円・・・」
佐藤花子「広告収入に応じてお金が使える」
佐藤花子「あなたが決めたことよね?」
佐藤花子「ミーちゃんの動画は」
佐藤花子「あなたより閲覧数多いのよ?」
佐藤太郎「でも、お前達が有名になれたのも」
佐藤太郎「ある意味私のおかげじゃない?」
佐藤花子「確かにその一面はあるわね」
佐藤太郎「だろ?」
佐藤花子「でもそのチャンスを活かせないのも事実よね」
佐藤太郎「くっ・・・ ジェントル佐藤の伝説はこれからだ!」
佐藤春子「もー、意地張らないで再就職しなよ」
佐藤太郎「職にはついてるだろ?」
佐藤一郎「でも収入はネコ以下じゃん」
佐藤太郎「次の動画は必ずバズる!」
佐藤一郎「いつもそう言ってるよね」
佐藤太郎「テレビで数字が取れる3大要素を知ってるか?」
佐藤一郎「グルメと子どもと動物・・・とか そんなんじゃなかったっけ?」
佐藤太郎「そのとおり 次作はそれを全部入れる」
佐藤太郎「ミーちゃんを連れて『タコ部屋』のたこ焼きを近所の子どもに配って歩く」
佐藤一郎「ただの不審者じゃん!」
佐藤春子「今でもフリー素材にされてるのに」
佐藤春子「これ以上恥の上塗りをしないで!」
佐藤花子「いっそ逮捕されてくれれば話題になるわ」
佐藤太郎「おーい!」
自分も似たようなところがあるので他人ごとではない気がしました。自分らしく生きるというのもタイミングをつかまないと難しいですね。これからこの主人公の佐藤さんのような人が自分の好きなことをして家族ものんびり暮らせる世の中になるといいですね
これは喜劇でもあり悲劇でもあり、令和のドン・キホーテのような作品ですね。ジェントルがしたり顔で動画配信の厳しさを語るのは面白いですが、日々の苦労も見て取れます。でも、他の動画がバズって収入ある分、好きに出来る分、ジェントルには頑張って欲しいです。
ジェントル佐藤の企画名が「何でもチャレンジ〜」の時点で「あ、ダメそう」と悟りました。動画配信サービスの片隅に居そうな、ダメさ加減が絶妙ですね……笑
面白かったです!