エピソード1(脚本)
〇グラウンドの隅
「せーのっ!」
「うわっ!!」
ふいに頭の上から水をかけられる。
誰だ、このクソ寒い冬の日に。
トモヒサ「なにすんだよ!!」
マキ「サボってるからでしょ。あんたが」
ここは体育館の横の水飲み場。
練習中の突き指を冷やしていたところ
幼馴染のマキが水をかけてきやがった。
トモヒサ「サボってねーよ。 大体、お前こそサボってんじゃん。 マネージャー」
マキ「あたしは誰かさんと違って要領いーの。 完璧超人ですから」
トモヒサ「・・・自分で言うやつ初めて見たよ」
肩からかけたタオルで頭を拭う。
めちゃくちゃ冷たかったが、
実際は頭と顔以外はほぼ濡れてなかった。
マキ「んじゃまぁ・・・はい、これ」
トモヒサ「なんだこれ」
マキが差し出してきたのは青い袋。
中には何やら四角くて固いものが
入っている。
マキ「ま、腐れ縁ってやつよ。 毎年ゼロじゃ可哀想だからってだけ」
トモヒサ「・・・ああ! 今日14日だったっけ」
2月14日。バレンタインデー。
この日に縁があった試しがない俺は、すっかりその事実を忘れていた。
トモヒサ「妙に教室がソワソワしてるなと思ったら、そのせいか」
マキ「感謝しなさいよ。 普通のチョコが食べられないとかいう 人類最底辺の味覚を持つあんたに チョコの味を教えてあげたんだから」
トモヒサ「恩着せがましいやつ。 買ってきただけのくせしやがって」
俺はチョコレートが嫌いだ。
別にアレルギーや、食べたら吐くなんて
ことはないが、
美味しいと思ったことが一度もない。
ただ、
マキが毎年買ってくるチョコだけは別だ。
クッキー生地にナッツが入っていて
ホワイトチョコでコーティングしてある。
苦さはなく、甘ったるくもないこのチョコだけは、この人類最底辺の俺の味覚でも
美味しいものとして認識しているらしい。
にしても、だ。
トモヒサ「包装、変わった?」
中身を取り出してみたが、
こんな安っぽい包装ではなかったはずだ。
マキ「そうなのよねぇ。 しかも量もちょっと減っちゃってるし。 世知辛いったらありゃしない」
マキ「ま、世の中はあんたが知らない内に どんどん変わっていくのだよ。 トモヒサくん」
トモヒサ「へいへい。どうせ俺は成長しないよ」
淡い金と白色のリボンをほどき、無造作に包装紙を破る。
手で包むように箱を持ち蓋をあける。
薄紙をぺらりとめくると、
白い塊が綺麗に整列しており、
毎年見る光景のままだった。
トモヒサ「良かった。中身は変わってないらしい」
おもむろに一つつまんで口に放り込む。
いつもと変わらない味。
毎年変わらない味。
マキ「お返し。3倍くらいでよろしくね」
トモヒサ「どこぞの銀行員でも 倍返しだったはずなんだがな」
マキ「5倍にしないだけありがたいと思いなさい」
めちゃくちゃ冷たかったが、
実際は頭と顔以外はほぼ濡れてなかった。
〇公園の砂場
トモヒサ「うー、さっぶ。 なんだよ、急に呼び出して。 俺今日徹夜明けでさ」
近所の公園に呼び出された俺は、
ジャケットを羽織っているものの、
中身はシャツにスーツのパンツのまま、
白い息を吐きながら
登ってくる朝日に目を細めていた。
マキ「いや、ほら・・・その、年一回、あたしがあんたを呼び出すっていうのはさ」
トモヒサ「・・・ああ、そういう」
トモヒサ「・・・ん? いや、ちょっと待てよ」
今日は土曜日だ。
昨日、システムトラブルで徹夜して、
今朝解決して始発で帰宅したところだ。
間違えるはずもない。
トモヒサ「・・・ははん。なるほど」
完璧超人も歳には勝てませんってな。
マキ「・・・」
おずおずと差し出される紙袋を、
俺は何の気なしにさっと受け取る。
トモヒサ「お前さぁ、間違えてるぞ。今日は13にt」
マキ「明日、結婚するの」
トモヒサ「・・・は?」
マキ「・・・」
朝の静けさを遮るように、
小鳥の声が聞こえてきた。
太陽ももうすぐ完全に登りきって、
雲ひとつないこの空を
照らしていくんだろう。
マキ「結婚、するんだよ ・・・それを、言いに来たの」
ふと、カサカサとする音が気になって
紙袋の中を覗くと、
毎年変わらずもらっていた袋の中に
手紙のようなものが入っていた。
トモヒサ「・・・そっか」
マキ「・・・うん」
トモヒサ「知ってるやつ?」
マキ「・・・会社の人」
トモヒサ「そっか・・・そっか」
マキ「・・・」
俺は袋から箱を取り出し、
白いリボンを解く。
そのままゆっくりと蓋を開け、
中の食べ物を一つ口に放り込んだ。
トモヒサ「・・・まっず」
マキ「な、なによ! 人がせっかくタクシー使ってまで 買ってきたって言うのに!!」
トモヒサ「どうやら俺の味覚は この味もわからないくらい、 最底辺を更新したらしい」
そう言って、
俺は箱に蓋をして袋に戻し、
金で縁取りされた手紙を取り出して
袋を差し出した。
トモヒサ「というわけで、これは受け取れない。 環境保全のためにも食べ物を捨てる なんて、もってのほかだ」
マキ「・・・バカ」
紙袋を返すと、そのままゆっくりと
振り返って歩き出す。
とりあえず寝て起きて、髭そって、
白いネクタイとハンカチ探して、
銀行は開いてないだろうから、
ATMから出たお札で綺麗なのを探して、
それから、
トモヒサ「あ、そうだ。遠藤ー」
マキ「んー、なにー?」
俺は振り返って声をかける。
トモヒサ「おめでとー!!」
マキ「・・・ありがとー!!」
もう一度振り返って歩き出した俺は、
スマホで目覚ましのアラームを
セットしようとしたが、
指が震えてうまくいかなかった。
ちょっと鈍感なともひさ君と気が利いて繊細なマキちゃん。大事なところでなにかすれ違ってしまったみたで、二人が結ばれないのが歯がゆい気分です。それでも、何となく思い合っている二人の雰囲気が素敵でした。
ちょっとほろ苦い展開でしたが楽しく読ませて頂きました。実際、こういうことってあるのかも知れないなーと思いつつ…こういうことを心にいつまでもしまっておくのは、男の方なのかな?
毎年2月14日に当たり前にチョコを受け取り、彼は彼女の存在を感じてきたのに、結婚前の時には彼女は14日ではなく13日にあえて渡すという選択をしたことで、彼女が結婚相手を優先したんだなということが伝わり、切なさがよりこみあげた。もしくは本当は、まだ結婚まで1日あるということでおめでとうの言葉じゃなく、彼にひきとめてほしかったのかなとも考えてしまう。切ないだけでなく余韻が残るよい作品。