相方のすすり泣きが聞こえた気がした(脚本)
〇本棚のある部屋
大丈夫。明日のためにずっと準備してきたんだ
僕はしがない大学生。
就活が終わった後の持て余した時間を注ぎ込み、明日のプレゼンに備えてきた。
準備にかけた月日は約半年。
彼女の心をつかむことはできるだろうか。
〇川に架かる橋
家を出ると、すっかり暗かった。僕はコンビニへと歩き出した。
〇コンビニのレジ
リョウジ「おまえ、なに緊張してんだよ?」
深夜のコンビニバイトで、相方が呟いてきた。
帰宅ラッシュも終わり、オフィス近くの我がコンビニは閑散としている。
コースケ「ハハ、ちょっと明日のことで」
相方を見ずに、真正面を向いたまま答える。
一年ほどいっしょに深夜帯のバイトをしているが、僕はこの青い髪のバンドマンが苦手だった。
リョウジ君、二十二歳。僕とタメ。大学生をしつつ、本気でバンド活動をしているらしい。
リョウジ「明日って、なに?」
彼は別に悪人ではない。ただ、少し知りたがりなだけだ。
コースケ「彼女が明日、留学から帰ってくるんです」
リョウジ「まじ? 明日? こんな時間までバイトしてて、大丈夫なの?」
ほら食いついてきた。
好奇心に光る目が向けられる。
コースケ「明日って言っても、夕方なんで。朝帰って寝てから迎えに行きます」
リョウジ「ふーん。どこ留学してたの?」
コースケ「ニュージーランドです」
リョウジ「ああ、じゃあ時差ボケとかしてる感じ?」
コースケ「四時間なんで、大したことないと思います」
リョウジ「どれくらい会ってないの?」
コースケ「一年ですよ」
リョウジ「長っ! オレだったら絶対に耐えられない!」
そんなことは知ったこっちゃない。僕は現に待ってたし、明日も迎えに行く。
リョウジ「で? 一年ぶりに会うから緊張してんの?」
ちょっとうっとうしくなってきた。
どうしてそこまで聞きたいんだよ?
コースケ「そうですねー」
気のない返事を返す。
リョウジ「ほんとにそれだけか? だって高校のときからだから──えーっと、六年? ほんと長いな」
コースケ「なんで知ってるんですか!?」
僕はリョウジ君に、彼女のことを詳しく話したことはない。
どちらかというと、その手の話は上手くはぐらかしてきたつもりだ。
リョウジ「いやあ、この前アオイちゃんと同じ夕方のシフトになったとき、聞いちゃった」
やられた。
まさかちらっと話したことが、こいつにも伝わってるなんて。
コースケ「・・・そうですか」
リョウジ「で、明日なんかするんじゃないの?」
ねえねえ~、と肘でつつかれる。
ただし、リョウジ君は僕より背が高いので、腕と肩の中間あたりをごつごつ押された。
コースケ「そんなに聞きたいですか?」
リョウジ「うん。面白かったら、オレのバンドの歌詞にする」
歌詞、ね。悪くないな。
コースケ「明日は、まず空港に車で彼女を迎えに行きます。その後、彼女の家まで送ります」
リョウジ「彼女、一人暮らしー?」
リョウジ君は、まだあんまり面白そうな顔はしていない。
見てろ。ここからだから。
コースケ「普通に一人暮らしです」
コースケ「あっ、留学から帰ってきたばかりで、彼女が疲れてると思ったから家に行くんですよ! ケチってるとかじゃないです」
リョウジ「あーあー、わかってるって」
コースケ「それで、彼女の家で夜、美味しい金目鯛の煮つけを僕が振る舞います」
コースケ「魚は、バイト終わりに新鮮なのを買います」
リョウジ「魚?」
コースケ「外国から帰ってきた人は、日本料理の繊細な味付けが懐かしくなるんですよ」
リョウジ「なるほど」
リョウジ君が、うんうん頷いている。
コースケ「夜ご飯が終わって、満腹で気持ちよくなってるときに・・・」
言葉が詰まる。
リョウジ「なんだよ? はやく!」
やっぱり、実際に話すのは勇気がいる。彼女にも、受けてもらえるだろうか?
コースケ「プ、プロポーズします。パワポ付きで」
リョウジ「は?」
リョウジ「ハハハハハ! パワポ!」
コースケ「リョウジ君は、一瞬驚いた顔をした後、涙が出るくらい笑ってた」
リョウジ「そっか、もうそこまで考えてんだな」
リョウジ「ところで指輪は・・・、ああ、指輪代のために深夜にシフト入れてたのか」
コースケ「っす」
恥ずかしくて、声が小さくなる。
コースケ「受けてもらえたら、二人で買いに行こうと思って」
リョウジ「頑張れよ! でも、帰国後すぐにそんな話されて、いろいろきつくねぇ?」
コースケ「それはちょっと考えたけど、別に保留にされてもいいんです」
コースケ「僕が結婚を真剣に考えてることだけでも、伝わればいいかなって」
隣で肩が、ぴくりと震えた気がした。
リョウジ「成功したら、何かあげるよ」
コースケ「金が欲しいです」
リョウジ君は鼻で笑った。
リョウジ「身も蓋もない」
コースケ「そっちが聞いてきたんでしょ!」
リョウジ「そうだよ。でも、歌詞にはできそうもないな」
コースケ「なんで!? せっかく話したのに」
リョウジ「期待してた? ごめんねー」
コースケ「しました。ライブで歌ってくれたら、絶対に彼女と見に行こうと思ってました!」
リョウジ「・・・そうだな、バンドの売り上げのためにも頑張ろうか」
リョウジ「コースケ君がオレとタメ口でしゃべるようになったら」
困ったような笑い顔だった。
タメ口かどうかって気にしてたのか?
コースケ「えーっと」
リョウジ「冗談。先に休憩すれば?」
時計を見ると、確かにいい頃合いだった。
自動ドアの外にも人の気配はない。
コースケ「お先に休憩入ります」
〇部屋の扉
休憩室のドアを開ける。
コースケ「それじゃ、今からタメ口でいく、から」
僕はドアで顔を隠しながら言った。
そして隙間からピースサインを出す。
〇店の休憩室
「ハッ」
ドアの向こうから笑い声が聞こえた。
よし、ピースは成功。
僕は休憩室の椅子に座り、明日のプロポーズプランをもう一度確認し始める。
ここまでプランを立てて…とても大事に思っている証拠ですね!
それに茶化しつつも話を聞く相方。
周りにも支えられていることをしっかり感じてそうで、読んでいてとても爽やかな気分になりました!
とても素敵なお話だなと思いました。でも題名の相方のすすり泣き?それってあの青髪の子が主人公に好意を寄せてたって事なんでしょうか?気になるー!
切ないなぁ。知りたがりなんじゃなくて、かれのことが好きで好きでたまらなかったんじゃないかな。好きな人のことってどんなことでも知りたいよね、、たとえそれが悲しい情報だったとしても。自分の入る隙が一切ないとわかっても、元気にふるまっているところがより切なくなりました。