乃子さんに推されたい

中村朔

第1話 私、霊能人になります!(脚本)

乃子さんに推されたい

中村朔

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〇住宅地の坂道
爽介「──ごめん、待った?」
  立ち止まった彼の前髪が、春風にふわりと揺れる。
乃子「そ、爽介、くん」
  制服のリボンの下、心臓の音がドキドキうるさくて、爽介くんに聞こえてないか心配で。
爽介「どうした? 急に呼び出して」
乃子「あっ、あの・・・」
  言わなくちゃ。
  今日こそ、この気持ちを告げるんだ。
  お願い、届いて。私の想い──
乃子「あ、あのね、私・・・」

〇雲の上
乃子「爽介くんのことが好き!」
? 「ひゅー!」
乃子「きゃあああ!?」
乃子「だ、誰ですか!?」
? 「あ、ども初めまして。 俺のことはまあ、Pとでも呼んで」
乃子「あれ? 私、どうして雲の上に・・・ていうか浮いてる!?」
? 「ん? 何があったか忘れてる?」
乃子「・・・何をですか」
P 「やっぱ憶えてないんだ。 じゃあ、いっしょに振り返ってみよう! はいコレ」
乃子「えっ・・・スマホに私と爽介くんが映ってる?」
  爽介くんのことが好き!
P 「ひゅー!」
乃子「止めてください! 隠し撮りなんてひどい!」
P 「いい告白じゃん」
乃子「自分で聞くと超はずかしい・・・」
  爽介くんのことが好き!
乃子「リピートしないでください!」
P 「副音声で心の声も聞けたりして」
乃子「え?」
  お願い、届いて。私の想い──
乃子「いやー!!」
P 「人生のハイライトに相応しいシーンだね!」
乃子「止めてくださいってば!」
P 「止めてもいいの?」
乃子「・・・もうちょっとだけ」
P 「返事を聞きたいんでしょ?」
乃子「・・・映ってるんですか?」
P 「ま、ショックかもしれないんで音声だけで」
乃子「ショック? フラれるんだ・・・」
  キキー! ドンッ!
乃子「きゃっ!? 今の音・・・車?」
P 「そ。キミは爽介くんに告白した直後に、暴走運転の車にはねられたの」
乃子「・・・私、死んだんですか?」
P 「そう、押井乃子(おしいのこ)。 キミは3月3日、17歳の誕生日に死んだ」
乃子「・・・そんな」
P 「幼少より大人しく真面目。 社交性に欠け交友範囲は狭く声も小さく、友達は極めて少なかった」
乃子「・・・言われなくても知ってます」
P 「そんな自分を変えたくて17歳の誕生日に一念発起」
P 「一生分の勇気を振り絞って片思い相手の爽介くんに告白」
P 「・・・したところを暴走運転の車に轢かれて死亡。まさに一生分だったワケ」
乃子「うう、冗談でもひどい・・・」
乃子「・・・あの、告白の結果は?」
P 「書いてないね。 死んだ時にわからなかったことは霊界でもわからない」
乃子「私、爽介くんのところに行きます!」
乃子「告白の返事だけでも聞かないと死んでも死にきれません・・・」
P 「無駄だと思うよ? 霊は普通は人に見えないからね。 生前も存在感が薄かったんならなおさら」
乃子「・・・存在感の薄さって死んでも消えないんですね」
P 「それに、仮に見えたとしても死んだときの姿だから」
乃子「ひょっとしてスプラッタ・・・」
P 「いや、君の場合、外傷はほとんどない。 けど・・・」
乃子「けど?」
P 「実際に画像見た方が早いかな」
乃子「・・・わぁ」
P 「スカートが捲れていちご柄のパンツが丸見え」
P 「おまけに両方の鼻からコントのような鼻血がツーっと」
乃子「こんな姿じゃ爽介くんに会えない・・・」
P 「綺麗な姿で会いたい?」
乃子「それはもちろんですけど・・・」
P 「あるんだな、そんな方法が」
乃子「ホントですか!? お願いします! 爽介くんに会えるんだったら私・・・何でもしますから!」
P 「わ、わかったわかった! 普段は大人しいのに爽介くんのことになるとテンションあがっちゃうね、君」
乃子「す、すみません・・・」
P 「でも言ったね。何でもって。 じゃあ・・・契約完了だ!」
  Pさんはそう言って、ニヤリと笑ったのでした

〇幻想
  第一話「私、霊能人になります!」

〇荒廃した教室
乃子「・・・ここ、廃墟ですか?」
P 「失礼な。俺の事務所だ」
乃子「事務所?」
P 「おい紫怨(しおん)! 霊司(れいじ)! 新人が来たからいつものアレやってくれ!」
紫怨「おや、随分地味な子だね」
霊司「新しい事務員ですか?」
P 「そんなの雇う金ねえよ。 お前らと同じ戦力だ」
紫怨「へえ・・・じゃ、霊体検査やるよ。 ボーッとしてないでその鼻血まみれの服を脱いで白装束に着替えな」
乃子「白装束?」
紫怨「まずは持久走から」
乃子「持久走?」
霊司「その次は牛乳の一気飲みです」
乃子「一気飲み!?」

〇荒廃した教室
乃子「はあはあ・・・・霊もがんばると疲れるんですね」
乃子「幽霊なのに持久走って何の意味が・・・それに牛乳の一気飲みって」
紫怨「何が得意かわからないと売り方も決まらないだろ」
乃子「売り方?」
紫怨「あんた希望はあるかい? バラエティ系で行きたいとか」
乃子「言ってることがよくわからないんですけど・・・」
紫怨「社長から何も聞いてないのかい?」
乃子「まったく」
紫怨「ったく、ちょっと待ってな。 社長にひと言文句言ってくるわ」
乃子「・・・・・・」
乃子「ここが死後の世界・・・?」
乃子「思ってたのとだいぶ違う・・・」
?「そこの地味な事務員!」
乃子「えっ? 私ですか?」
?「このゴミ捨てといて」
乃子「え、あ、はい」
?「相変わらず淀んだ事務所ね。 空気が悪くて成仏しちゃいそう」
紫怨「あら、トップアイドルの殺芽(あやめ)さんがこんな零細事務所に何の用?」
?「あら、時代遅れの怨歌歌手さん。 仕事で来たのよ、し・ご・と」
紫怨「あら失礼。 それよりうちの新人をいじめないでくれる」
?「え? 冗談でしょ? この地味なのが新人?」
紫怨「その地味なのが新人」
乃子「両側から地味って言わないで・・・」
?「よっぽど人材がいないのね。 ま、がんばって〜」
乃子「何ですか今の人・・・」
紫怨「霊能人やるんなら、ああいうのと戦わなきゃいけないのよ」
乃子「霊能人?」
紫怨「ここは霊能事務所だから」
乃子「霊能事務所?」
紫怨「現世で言うところの芸能事務所」
乃子「ていうことは私・・・芸能人になろうとしてるんですか?」
紫怨「そう。今さら何言ってんの」
乃子「ムリです! そんな目立つこと!」
紫怨「でも現世でやり残したことがあって事務所に入ったんじゃないの?」
乃子「心残りがあると芸能人にならなくっちゃいけないんですか・・・?」
紫怨「ホントに何も聞いてないのかい」
紫怨「あのね、幽霊が成仏せずに現世に残るには、生きてる人間の推しが必要なの」
乃子「推し?」
紫怨「怖がられり祀られたり。 要するに人の記憶に残る必要があるのさ」
乃子「・・・そういうのムリなんですが」
紫怨「ムリでもなんでも推しを手に入れないと強制的に成仏させられちゃうよ?」
乃子「強制的に成仏・・・どこか違う世界に行くんですか?」
紫怨「成仏したらそりゃ霊界に行くのさ。 あんた、どうしても現世に残りたい理由があるんだろ?」
乃子「・・・はい」
紫怨「じゃなきゃ来ないよね、こんな借金まみれの事務所」
乃子「え? 借金まみれ?」
P 「つーわけでうちの事務所の未来は君の肩に乗っかっちゃってるんで、そこんとこよろしく!」
乃子「あの、私芸能人とか聞いてないんですけど・・・」
P 「何もしないと半年くらいで成仏しちゃうから、ぼーっとしてると爽介くんに会えないよ?」
乃子「う・・・」
P 「特に君は存在感が薄そうだから3ヶ月くらいで成仏しそうだね。 そうなる前に、ね、会いたいでしょ?」
乃子「うう、爽介くん・・・わかりました、がんばります!」
  こうして私は爽介くんに会うために、霊能人としてがんばることになったのです。
霊司「社長、霊体検査の結果が出ました」
P 「この子、成仏するまでどんくらい?」
霊司「あと3日です」
P 「あ、そう・・・3日!?」
乃子「3日!?」
  3日間だけかもしれないですけど・・・

次のエピソード:第2話 乃子さん、初めての推し

コメント

  • 推しの応援がないと成仏しちゃうって面白いですね!
    「死んだ女よりもっと哀れなのは忘れられた女です」っていうフレーズの歌を、昔ラジオで聞いたことありますが、それを思い出しました😭

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