逆転世界

いそぎんちく

逆転世界(脚本)

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〇水の中
  明日、この世界は水没する──。
  それは神の意志による決定事項であり、いかなる手段によってもけして覆ることはない。

〇サイバー空間
  世界に期限があると知るや否や、各国の権力者や富豪などが騒ぎ出し、彼らとその家族の延命のため専門の技術者たちが動員された。
  『楽園』と名付けられたその計画は密かに速やかに進行し、下の者に恩恵が施される頃にはシステムが完全に出来上がっていた。

〇菜の花畑
  頑丈な耐水ガラスで造られた巨大なドーム。その向こうには美しい自然が広がり、移住を許された民たちが誇らしげに微笑む。

〇らせん階段
  最終日となる本日。選抜兵によって固められたドーム唯一の入口には、微かな希望にすがる長蛇の列ができていた。
  その中にはエレナもいた。──亡き妻の忘れ形見。私の最愛の娘。
エレナ「どうかお願いです。父と私の移住をお許し下さいませ」
  エレナは毎日欠かさず繰り返していた懇願を今日も変わらず口にする。
選抜兵「・・・また貴様か。ったく懲りん奴だ」
  対する選抜兵の態度も毎回同じ。
選抜兵「邪悪なる魔術師ヒムラーの呪われし娘が」
エレナ「父は邪悪ではありません! そして私も呪われてなどおりませんわ!」
カノー「・・・どけ」
選抜兵「こ、これは・・・技術官長カノー殿! 失礼致しました!」
  ・・・カノー・・・
  まさか、いつも高みからこちらを見下ろしていただけの奴が直接姿を現すとは・・・
  カノーは車椅子に乗った私を感情のこもらぬ瞳で一瞥すると、技術者の最高職である人物の出現に戸惑うエレナのほうへ振り返る。
カノー「君はエレナだったか・・・」
エレナ「・・・はい」
カノー「君ら庶民が楽園に入る最低条件は、若く、健康体である男女一対であることだ・・・」
カノー「かつてノアの方舟が選ばれた種、選別された雌雄を乗せたように──」
エレナ(・・・)
  その狭すぎる条件設定のせいで、沢山の人々が選に漏れて苦しんでいるというのに。
  拒絶され、絶望の足取りでじきに水没する住まいへと戻る選外者たちの姿は心に痛い。
カノー「だが、君たちはどうだ? ヒムラー君は若くも健康体でもない。見るたびに体の部位が失われていくじゃないか」
カノー「ましてや、君らは恋人でも夫婦でもない。親子など──ハッ! まったく生産性のない無意味な関係だ!」
カノー「・・・エレナ、君ならば許可してやってもいい」
  カノーの口調がガラリと変わる。冷徹をかなぐり捨て、欲情すら感じさせる猫撫で声へと。
カノー「君は若く聡明で、そして美しい女性だ・・・」
カノー「エレナ・・・君だけであれば、そう、僕の対として楽園へ招待して差し上げよう」

〇血しぶき
  ギリリと下唇を噛みしめる。吹き出す血が苦い。噛みしめたのはおのれの無力さだからか。
  ここで”計画”が頓挫するのは無念だが──例え親のエゴでも、エレナが生き延びられるのであれば──

〇らせん階段
エレナ「いいえ、結構です!!」
  !?
エレナ「父を見捨てるくらいなら、私は喜んで一緒に水底へと沈んでいくわ!」
  ああ──そうだ。エレナはこういう娘だ。私がそう育てたのだ。
エレナ「・・・それでは失礼致しますわね、カノー様」
カノー「・・・っ!!」

〇地下室
エレナ「じゃあ・・・おやすみなさい、パパ」
  「おやすみエレナ。良い夢を」
エレナ(・・・)
  「どうしたんだい? 眠れそうにないならやっぱり薬を・・・」
エレナ「うぅん! 大丈夫よ、おやすみなさい!」
エレナ「愛しているわパパ! ずっとずっとだーい好き!」
  「パパもだよ・・・エレナ」

〇黒
  さて──そろそろ取り掛からないと明日になってしまうな。

〇地下室(血の跡あり)
  向かったのは隠し部屋。エレナにも知られていない私だけの秘密の場所だ。
  カノーはかつて良き友であったが、意中の女性と私が結ばれてからというもの、静かで激しい狂気に染まってしまった。
  私憎しのはずがなぜか魔術師憎しへとねじ曲がっていき、憎悪はやがて魔術師全体の迫害へと繋がってしまう。
  大勢の同胞を売った見返りとして、本人は科学という分野の大層な地位にちゃっかり収まっていた。
  閉じてしまえば二度と開かぬ耐水ガラス製のドームは奴の発案だと聞く。
  私を含めた選外者たちがもがき、溺れゆくさまを娯楽とするつもりなのだろう。悪趣味極まりない。
カノー「見るたびに体の部位が失われていくじゃないか」
  ・・・奴はどうやら魔術の真髄を忘れてしまったらしいな。
  我らの究極、おのれの血肉で少しずつ描いていった魔法陣で” 大いなる魔”を呼び出すことを。

〇モヤモヤ
  神に疎まれ、科学にも見放された我々が救われるためには、もはや”魔”に頼るしか法はない。
  ただし、私程度の腕では”魔”を呼び出すのが精一杯で、複雑な命令などは下せない。
  だから──
  楽園を地獄に
  水没世界を楽園に
  
  逆転してくれ
  こう命じて、体の残りと意識を捧げるつもりだ。

〇水の中
  明日になればこちら側は魚のように群れ泳ぐ人々の楽園となり、

〇テクスチャ3
  ドーム内は有り余る水を目の前にしておきながら、人工の草木は枯れ果て、永遠の渇きに苦しむ地獄と化すに違いない。
  あちらの無辜な庶民達には大変申し訳ないけれど、これでカノーへの復讐も果たせるというものだ。

〇魔法陣2
  発動を始めた魔法陣の中央に身を横たえ、ドーム同様、二度と開かぬ瞼を閉じる。

〇水中
  意識が途切れる寸前まで脳裏に思い描いていたのは、美しき人魚となり、悠々と泳ぎ続ける愛娘の姿であった──。

〇水中

〇黒

コメント

  • 最後の父親の願いが強くてきれいです。
    命の選別はやってはいけないことだと思うんですよ。
    それをやったドームの中の人々はどうなってしまうのか…娘さんはどうなってしまうのか…気になるところです。

  • 自分たちだけは助かった!よかった!と今は安堵している人々が、明日になれば苦しむことになるのだろう。かと言って健康な対の男女の多くはあちらがわ。人類存続なるにだろうか。どちらが正義で悪なのか難しいですね。

  • その後の世界がどうなったのか…
    結局は金持ち達がはこびるドームの世界が救われたのか、それとも死を覚悟した庶民の世界が救われたのか。
    結局は自分が救われれば他は犠牲になってもという考えが人を滅ぼすのだろうな

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