世界終末時計の針は――

星降る夜

まもる(脚本)

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〇黒
  人は人に恋をする──
  これはいけない。
  例え人の恋する相手が人だとしても、これはいけない。
  なのに。
月璃(つきり)「ねえ心葵(うらあ)お兄ちゃん? 私は思うわけですよ」
  狭い船室で、妹はいともたやすくオレの心のガードを突破してくる。
  突破して、無邪気に頭に自分のアゴを乗せてくる。
心葵(うらあ)「なにを?」
  そんな妹にオレは極めて冷静に言葉を返す。心臓バックンバックンいってんだけど。
月璃(つきり)「いやぁこんなところに二人っきりだともう私たちがアダムとイブになるしかないんじゃないかな? なんて。あっはっはっ」
  シャレになってないんだが?
心葵(うらあ)「オレと月璃(つきり)に子供が産まれてもこの船で育てられるとは思えないんだけど」
  狭いからね、ここ。
月璃(つきり)「・・・・・・や、恋愛タイムぶっ飛ばしていきなり出産タイムにいくとは思わなんだ」
心葵(うらあ)「あ」
  しくじった。頭の上から聞こえる月璃の声音がちょっと低くなっている。マジで引いたわぁ、そんな感じだ。
月璃(つきり)「心葵お兄ちゃんのドスケベ」
心葵(うらあ)「違!」
月璃(つきり)「う痛ぁ!」
心葵(うらあ)「おおぅ!」
  慌てて上を向いたもんだから月璃のアゴがはね上げられて下の歯と上の歯がごっつんこ。
  すっごい音したな今。月璃の全ての歯が壊れてたらどうしたもんか。
月璃(つきり)「ちょっと心葵お兄ちゃん慌てすぎ!」
心葵(うらあ)「悪い! ごめん!」
月璃(つきり)「うん! 素直に謝れるのは良い事だ!」
  褒められた。嬉しいな。そんな場合じゃないけど。
月璃(つきり)「あ~痛かったぁ。 総入れ歯になったら責任取ってよね」
心葵(うらあ)「責任!」
  男が聞きたくない言葉殿堂入り!
月璃(つきり)「ま、この『星合金魚』の中じゃ入れ歯なんて作れないんだけど」
心葵(うらあ)「・・・・・・そうだな」
  右を見る。うん黒い。
  左を見る。うん黒い。
  上を見る。うん黒い。
  下を見る。うん黒い。
  前を見る。うん蒼い。
  後ろを見る。うん、生活臭あふれる二段ベッドの置かれたワンルームが見える。
月璃(つきり)「・・・・・・お母さんとお父さん、生きているかな? 大丈夫かな?」
心葵(うらあ)「大丈夫さ。きっと」
  わかっている。こんな言葉は気休めだ。けれど気休めの一言をかけるくらいしかできない。
  まさか「もう無理だ」なんて言えるわけもなし。思えるわけもなし。
  例え。
  例え前方に存在する地球と連絡が取れなくなっているとしても。

〇黒
心葵(うらあ)「お父さんから『帰ってくるな!』って言われて星合金魚のコントロールプログラムが書き換えられてひと月」
心葵(うらあ)「オレたちが地球に帰れなくなってひと月か」
月璃(つきり)「永(なが)いね・・・・・・」
心葵(うらあ)「ああ、永い」
  まるで永遠にでも感じられるひと月だった。
  地球に――人の社会に異変が起きてひと月。帰星を拒絶されてひと月。
  こんな時に限って時間の流れと言うものはとてもゆっくりに感じられて。
月璃(つきり)「なにがあったんだろう、地球にさ」
心葵(うらあ)「オレにはわからないよ。けど──」
  船内にある時計を見やる。故郷である日本を中心に、世界中の時刻が表示されている時計を。
  その一番下に表示されている『世界終末時計』を。
  世界終末時計、現在二十三時五十九分五十九秒。
  世界が滅ぶ前日。そこで針は止まっている。
心葵(うらあ)「オレたちがこの星合金魚で宇宙航行を楽しんでいた時、地球が大きな閃光に包まれた」
  熱帯魚にも白い金魚にも見える小型宇宙船・星合金魚。
  ウチが家族で所有する宇宙船だ。
心葵(うらあ)「でも閃光だけだ。爆発があったわけじゃない、地球が壊れたわけでもない。 戦争は・・・・・・起こっていないはずだ」
  きっとお父さんを怒らせる事をオレたちがやってしまったんだ。
  しかしだとしたら、どうしてオレたちの他にも地球に帰れなくなっている船がいくつもある?
  どうしてそれらの船員と連絡が取れない?
  簡単な推理だ。いや連想と言っても良いか。
  戦争が起きた。
  地上にいる人たちが宇宙にいるオレたちを生かそうと多くの船のコントロールを奪った。
  他の船に乗っている人たちが『祖国の敵』になったから連絡を取れないようにした。
  これがもっともしっくりきてしまう。
心葵(うらあ)「・・・・・・船のプログラムは半分以上修正できた。きっと帰れる」
月璃(つきり)「さっすが心葵お兄ちゃん。頼れる」
  明るい妹。明るく振る舞う月璃。
  けれど声が震えている。きっと兄であるオレだから気づけるほどに小さな震え。
  だから。
心葵(うらあ)「月璃」
  だからオレは、月璃の頭を引き寄せて、抱きしめる。
心葵(うらあ)「大丈夫だ。オレがいる」
月璃(つきり)「・・・・・・うん」
  声の震えが止まった。
  オレと月璃――ともに十六になるオレたちはこのひと月何度もこうして励ましあった。
  その内にオレは月璃に恋をしたのだと思う。けれどもこの想いは隠し通す。だって兄貴だから。
月璃(つきり)「心葵お兄ちゃんには私がいるよ」
心葵(うらあ)「・・・・・・ああ」
月璃(つきり)「ずっといる」
心葵(うらあ)「ああ」
  地球になにが起こったのかはわからない。帰れるかどうかもわからない。
  けど世界終末時計はまだ動いていない。動かす人が死んだだけかもしれないが。
  それでも、世界が終わる前日に芽生えた恋。
  それを密(ひそ)やかに守りつつ、オレは月璃を護り抜くと誓った。
  了

コメント

  • 兄妹の健気さが寂しさを引き立ててるんだと思いました。
    こんな時でも、お兄ちゃんはしっかりしてて、なんだかそれがいじらしいです。

  • 兄、妹の関係性がとてもよく心が温かくなりました。世界の終わりと聞くと、恋人やパートナーを想像しがちですが、実は家族、もありますよね。

  • SFチックでありながら恋愛の要素も含んでいて、不思議なお話でした。地球の時間が止まってしまったのはなぜなんだろう。もし人類滅亡してしまったとしたら、船に生き残った少しの人たちだけでいつか地球に戻り、またあらたな命を増やしていくのかな、、続きをよんでみたいです。

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