読切(脚本)
〇ボロい家の玄関
肌に冬を感じた夕方のこと──
高校3年生の僕は今日もただ1人だけが家に待つドアを叩く。
〇広い玄関(絵画無し)
僕「ただいまー」
・・・
相変わらず返事はない。
これは決して冬の静けさとは無関係だ。
我が家では、いつもこの時間に、職を辞め、今やほとんど置物に近い親父がいるのにも関わらず、音が何一つ聞こえないのだ。
だからと言って、寂しさやイライラの気持ちがある訳でもない。というか、もうそんな時期も過ぎてしまった。今じゃ、呆れに近い。
玄関を抜け、リビングに入ると、そこにはいつもと同じ光景が広がっていた。
〇実家の居間
テーブルの上に飲みかけのビール缶2本と空けかけのポテトチップス。
そして1台のパソコン。
最後に、仰向けで気持ちよさそうに寝ている親父がいる。
僕「あぁ、昨日も風呂入ってねぇんだな・・・」
昨日見た服装から、僕はそう推測した。
その証拠に、既にリビングには思わず鼻を塞ぎたくなるような匂いがもう浸透していた。
起こすのも億劫になっていた僕だが、さすがにリビングがこのままでは困る。
だから、僕は親父のその汚れた頭を自らの足で触るようにして、何回か叩いた。
!!
すると、親父は驚いた表情を見せた。
親父「なんだよ。またお前か」
僕「なんだよ、はこっちのセリフだよ!また怠けて!」
僕(稼ぎも無くなって、このままじゃ俺も親父も生活できないよ・・・)
そう、我が家は最近まで母を加えた3人暮らしだった・・・
しかし、3ヶ月前に交通事故で母を失った我が家では、僕と親父の2人暮らしになった・・・
親父はそのショックからなかなか立ち直れず、仕事を無断欠勤の矢先、結局今の仕事をクビにされた。
クビを食らってもなお、改心するどころか開き直ってしまって、もう今のままで良いと思っている。
しかし、このままではダメなことくらい、流石に高校生の僕でもわかる。
今月もなんとか母とそれこそ親父の貯金で生活を維持しているが、それだっていつかは底を見ることになる。
僕はこの受験期でも最も大切と言える冬に、もっと大切にしなければいけないことに悩まされていたのだ・・・
そんなことをあれこれと考えていたら、親父がとうとう姿勢を起こした。
親父「お前は黙って勉強していればいい」
親父はそれだけ言って、今度は僕に背を向けるようにして横たわって寝てしまった。
呆れからため息へと繋がって、最後に肩を落とした。
僕はその背中に背中を向けるようにして、リビングを後にした。
しかし、2階に上がる途中、横目に見えた親父の背中はいつもより、小さくは見えなかった──
〇街中の階段
次の日のこと。
今日も昨日と同じ道を同じテンションで帰る。
ただでさえ、勉強で繰り返しの日々なのに、家でも繰り返しの日常を送らなくてはならないのが、僕には本当ストレスだった。
ちなみに、今日は2学期最後の登校日だった。
そしてそれは、本格的な受験シーズンの幕開けでもあった。
そんなシーズンの幕を開ける前に、先ずはいつも通り自分の家のドアを叩く。
〇広い玄関(絵画無し)
僕「ただいまー」
どうせいっても返ってこないこともわかっていながら、やっぱり癖でいってしまう。
しかし、今日は不思議なことに返事があった──
親父「ちょっとこい」
静寂を破るように繰り返し響くその声の先を辿り、僕はリビングに向かった。
いつもと違う感じに、雨でも降るのかと思ったが、リビングに向かう途中、小窓から覗いた景色は、なぜか澄み切った夕暮れだった─
〇実家の居間
リビングに入ると、そこにはいつものようなテーブルの散らかりはなく、親父は既に身体も起き上がっていた。
僕「どうしたの?」
親父「いいから座れ」
そう言われて、流れるように親父と対面の位置に座った。
親父「お前に話がある」
僕「急に何?」
親父「今の父さん、何もしてないように見えるか?」
僕「うん」
親父「いつものように、酒飲んで、パソコンでも見てダラダラしているように見えるか?」
僕「うん。だって、いつもと見る姿変わらないし・・・」
親父「そうか。だとしたら、お前は何もわかっていないようだな」
僕「え?」
親父「お前は父さんが日中何をしているか知らずに、夕方の姿だけを見ていつまでも怠けていると思っているんだろう」
僕「いや、実際そうでしょ。風呂にも入ってないし、どうせここ3日くらいリビングから一歩も出てないでしょ」
親父「確かに父さんは3日ほど風呂に入ってはいないな」
親父「だが、それは日中にインターネットで次の就職先を探したり、昨日なんかはオンラインで面接したりしてたんだよ」
つまり、僕が見た時、いつも親父が寝ているのは日中に就職活動をして、疲れているのが原因だったのだ。
僕「それなら言ってよ!なんで言わなかったの?」
親父「言わなかったんじゃない──」
親父「言えなかったんだ」
親父「だってダサいだろ。いい年したオッサンが、今更就職活動だなんて」
僕「別にダサくないよ。なんなら、風呂に入らない親父の方がよっぽどダサい」
親父「ははは。それもそうか」
親父「でも、本当この1ヶ月で次の転職先を決めたかった。それで、お前にちゃんと俺は前に進めていることを示したかったんだ」
親父「けれども、なかなかうまくいかないもんだな。今のところ、父さん、まだ無職だ」
僕「そりゃ、そんな甘くないよ。それは受験勉強やっている俺が1番わかっている」
親父「確かにそうだよな。父さん、なんもお前のことわかってなかったわ」
僕「本当だよ。でも、"まだ"よかった」
親父「"まだ"?」
僕「うん。まだ前に進んでいることがわかって良かった。正直、お母さんを失ってからの親父、別人みたいに元気なかったから」
親父「まあ、それくらい失ったものが大きすぎたんだな。でも、見ての通り、父さんは父さんなりに頑張ってるんだよ」
親父「失ったものばかりに目を向けてばかりじゃなくて、あるものに目を向けていかなきゃな」
僕「本当そうだよ・・・」
親父「失ったものがお母さんだとするなら、あるものは何かわかるな?」
この時、僕は正直わかっていた。けれども、それをあえて知らないふりをした。
僕「何?」
親父「お前だよ。これからは母さんと父さんが残した唯一のお前のために生きていく」
この時、悔しくも、これが聞きたかった僕がいた。そして、僕は心の中でそっと"ありがとう"と言った。
僕「クサいこというなよ。泣かないよ?」
親父「たまにはいいだろ。もうこんな機会もないかもしれない」
気づけば、あたりは暗くなっていて、冬の寒さが家まで浸透してきていたのがわかった。
〇実家の居間
僕「いいからとりあえずお風呂入ってきなよ。あの、控えめに言って臭いし。身体も休まるよ」
親父「たまにはいいこと言うな」
僕「ずっと言ってきたよ。それに耳を傾けてこなかったのは親父の方だけどね」
そう言って2人笑った。
親父「とりあえずお前は受験勉強がんばれ。父さんはまた就職活動がんばる」
僕「そうだね。お互いがんばろう」
〇実家の居間
次の日から親父の臭い匂いもなくなり、
同時にクサい話も無くなった。
また鼻につくことがあったら、言おう。
でも、当分大丈夫そうだ──
ありえない話ではなく誰の身にも起こりうること。その時に自分はどんな態度でどんな言葉を家族にかけてあげられるのか、考えさせられました。臭いのは困るけどクサイ話ができるお父さんはかっこいいですね。
大きな喪失感の中の不器用な父と息子の関係、何だかいいなーって思います。男性に多くみられる「照れ」の感情が前面に出ていてリアリティのあるイイお話ですね。
前半主人公は内心では呆れたりこの先を不安がったりしていましたが、それをお父さんに直接喧嘩腰で言ったりしなかったので、優しいんだなあと思いました。高校生という年頃でしかも受験シーズンでピリピリしそうなのに…。そして、息子を守るべく就活を頑張るお父さんの姿にも良いお父さんなんだなあと思いました。お母さんを失って本当に辛いと思いますがこの親子には幸せになって欲しいと思いました。
心が温かくなりました。