ある学生の話(脚本)
〇古びた神社
むかしむかし、あるところに大きな神社がありました。
村の者たちは『おきつねさま』に豊穣を願い、毎年祭りを開いていました。
しかし世は変わり、信仰が薄れていくと、村に飢饉が襲いました。
『おきつねさま』の祟りだと恐れた村の者たちは、贄として子供を差し出すと、飢饉は収まりましたとさ。
めでたしめでたし。
〇大学の広場
珀兎「なんだそれ、また怪談話か? それならセンスなさすぎだぞ」
読みかけの本を閉じ、飛鳥に目を向ける。
飛鳥「だろ? けどこれ、俺の地元の言い伝えなんだよ。灯台下暗しとはこのことだ」
彼は篠宮(しのみや)飛鳥(あすか)。同じ大学で民俗学を専攻している。
なぜそんなところを選んだか聞くと、ホラー映画を作りたいからという、なんとも絶妙な理由で選んだそうだ。
彼は毎日映画のネタを探す為、怪談を調べまくっている。友人から『お化け監督』なんて呼ばれているが、本人は気にしていない。
飛鳥「さらに、この話が作られたのは一五二二年の二月の二九日なんだ。これが何の日かわかるか?」
珀兎「分かるわけないだろ。何の日だよ」
飛鳥「その年はうるう年、つまり『存在しない日』なんだよ!」
飛鳥「「これはすごいぞ! 映画のネタになる要素がこんなにも詰まっているのが俺の家にあったなんて!」
飛鳥「なあ、今度の休み、一緒に取材に行かないか?」」
珀兎((本来なら断りたいところだが、特にやることもないので暇つぶしにでも行ってみるか))
〇神社の石段
電車に揺られること約一時間半。ようやくついた所は、いかにも何かが出てきそうな、そんな神社が立っていた。
珀兎「ここが、言い伝えの神社か? 別に普通の神社に見えるけどな」
飛鳥「だから気づくことが出来なかったってわけだ」
飛鳥「・・・・・・ん?」
珀兎「何か見つけたのか?」
飛鳥「いや、あそこに子供が・・・・・・でも、あんな奴、いたっけな?」
???「・・・・・・!」
飛鳥「あ! 逃げた!」
珀兎「追いかけるのか?」
飛鳥「当たり前だ! まてー! 映画のネター-!」
〇古びた神社
兎「・・・・・・」
亀「・・・・・・」
おきつねさま「・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ん? 珍しい、客人か?」
飛鳥「これは驚いた、神社の奥に、もう一つの神社?」
亀「ごめんなさい、おかあさん。バレちゃった・・・・・・・・・・・・」
おきつねさま「よいよい、ほれ、あっちでウサギと一緒に遊んでおれ」
亀「・・・・・・うん!」
珀兎「・・・・・・・・・・・・あなたは?」
おきつねさま「わしに名前などない。 あの子たちからは母と呼ばれ、 村の者たちからはおきつねさまと呼ばれておった」
珀兎「・・・・・・・・・・・・あの子たちは?」
おきつねさま「ただの名も無き、無垢な子じゃ」
おきつねさま「死ぬために生まれてきたあの子たちに名など必要なかろうて」
おきつねさま「じゃが、それだといささか呼びにくいのでな。女子を兎、小僧を亀と名付けた」
飛鳥「それじゃああの子たちは、この村の・・・・・・贄」
飛鳥「でもそれはおかしい。それは五〇〇年も前のことだ」
珀兎「てことは、幽霊・・・・・・?」
おきつねさま「そんなにも時は流れていたのか・・・・・・ それなら、ここらで潮時かの」
〇古びた神社
おきつねさま「ここは、わしが作り出した世界」
おきつねさま「進むことも、戻ることもない、『止まった世界』」
おきつねさま「・・・・・・おぬしらの住む未来は、子供たちは笑っているか?」
珀兎「・・・・・・」
飛鳥「・・・・・・」
「もちろん!」
おきつねさま「・・・そうか、それなら、あの子たちを元居た世界に返すとするか」
珀兎「・・・どうやって?」
おきつねさま「飢饉が起こった原因がわしなら、わしがこの世界を壊せば、あの子たちの因果は変わる」
おきつねさま「そうすれば、あの子たちが幸せな生活を送ることが出来るだろう」
「そんなこと言わないでよ! おかあさん!」
おきつねさま「・・・」
おきつねさま「お前たち、いつから・・・」
亀「僕達にとってのおかあさんはおかあさんだけだ!」
兎「おかあさんがいなくなるなんて、私は嫌!」
おきつねさま「だけど、わしは本当の親ではないし、本当の名だってあるはずだ・・・!!」
珀兎「本当に、それしか方法はないのですか? 他に何か、あるんじゃないですか?」
おきつねさま「・・・一つだけ、ある」
おきつねさま「生贄文化を生み出した原因、『飢饉』さえ起ることがなければ、この子たちがあんな目に合う必要性がなくなる」
亀「じゃあ、昔に戻って、頑張って食べ物を作ればいいんだね!」
亀「じゃあ、僕たち家族でそれをやればいいんだ!」
亀「これでおかあさんがいなくなることはないね!」
おきつねさま「・・・わしら家族にそれはできない」
飛鳥「・・・タイムパラドクス、ドッペルゲンガー。もし、そんなことが起こりえるのなら」
飛鳥「歴史が変わってしまう・・・」
亀「そんな・・・」
珀兎「・・・!!」
珀兎「だけど、僕達なら!!」
飛鳥「!! そうか、過去に存在していないのなら、そんなことを心配する必要もない!」
おきつねさま「けど、そんなことをすればおまえたちは・・・」
飛鳥「もしかしたら血のつながっている先祖かもしれないんだ。遠く離れた家族でも、助けたいものなんだ」
おきつねさま「本当にいいのか?」
珀兎「飛鳥がこんなに決意しているんだ。隣で応援するのが、友人ってものだろ」
おきつねさま「お前たち・・・感謝する」
〇古びた神社
おきつねさまが目を閉じると、あたりが突如明るくなる
そして世界は少しずつ、遡り始めた
〇古びた神社
〇古びた神社
〇古びた神社
〇古びた神社
そして僕達は、500年前に戻った。
未来の知識を生かして、この村を、この神社を、あの家族を救おう
けどそれは、また別のお話
彼らが失踪した事件は『行きはよいよい、帰りはこない』そう名付けられ一つの怪談話となった
「とおりゃんせ」も怖いけど「かごめかごめ」の歌詞も意味は諸説ありますが、口減らしのために身売りされる子供たちという説もあるので、作中の鶴と亀にその姿が重なって不気味で切なかったです。飛鳥と珀兎はミイラ取りがミイラになって自分たちが民間伝承の怪談話の主人公になってしまった、というのも皮肉のきいた恐ろしいオチですね。
わらべうたの歌詞を捩ったタイトルに引かれて読んでみると、、、こういう意味だったのですね!おきつねさまの不思議な空間世界を感じられる、読み応えのある作品ですね。
帰りは怖いではなく、こない!なところが、これから繰り広げられる彼らの時空旅行を色々と想像させられます。どうかよい土産をもって帰還してほしいですね。