Untitled

ビスマス工房

Story#0120:私の、世界で一番の(脚本)

Untitled

ビスマス工房

今すぐ読む

Untitled
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇けもの道
  この森に来るのは久し振りだ。北米エリアの西にあるこの森には、十年来の友人であるバリオンとリリィが住んでいる。
バリオン「久し振りだな、キャサリン」
リリィ「元気だった?背が伸びたわね」
  二人は種の違うエルフであり、人間に比べて遥かに長い寿命を有する。
キャサリン(大人)「二人に報告したいことがあって」

〇ビルの地下通路
  私がキャサリンと出会ったのは、18年前だ。異能力を有する彼女はWSAサイト25に収容されていた。
キャサリン「お兄さん、誰?」
  彼女は怪訝そうな顔をして、こちらを見る。警戒心を露にして。
バリオン「私はバリオンと言う者だ。レバノンの森から来た、黒エルフだ」
  彼女の周囲に浮遊する物体が、こちらを捉えて離さない。私は静かに語り掛けた。
バリオン「私を故意に傷付けるなら君は同じ傷を負う。私にはそういう加護が施されている」
  浮遊する物体がふらふらと覚束ない。明らかに動揺している様子だった。
キャサリン「私が、怖くないの?」
  脳裏に彼女の記憶が閃く。災害レベルと恐れられる異能力を持って生まれた彼女は、自分を脅威と見る冷徹な大人達に囲まれて育った
  彼女が何者か、直感的に理解する。”亜人”と呼ばれる、異能力を有する人間の一人。
キャサリン「答えてよ」
  ならば、私の答えは一つだ。
バリオン「恐ろしくなどはない。君は、ただの子供だ。優しい、ただの子供だよ」

〇シックなリビング
エージェント藍「今日からあなたに、デイルームへの立ち入りを許可します」
  担当エージェント”藍”は、物静かで事務的な男の人だ。
エージェント藍「あなたは高脅威度収容体なので、常に私たちエージェントに、精神構造体電流をスキャンされることになります」
エージェント藍「何かあったらすぐに収容室に戻しますから、安心してくださいね」
キャサリン「分かったわ」
  口ではそう言ったが、頭の中を常に見られているというのは気分が悪い。
キャサリン「バリオン、いる?」
バリオン「どうした?キャサリン」
キャサリン「・・・・・・何でもない」

〇黒背景
キャサリン「う、うあああ」
  頭が、割れるように痛い。壁や床や天井に、音を立ててヒビが入る。
エージェント藍「大丈夫ですか、#0120」
  天井のスピーカーから担当エージェント藍の声が響く。
キャサリン「大丈夫じゃないわよ!」
  声を上げるとバンと力場が広がり、壁も床も天井もヒビが入り崩れてくる。
バリオン「キャサリン、どうした」
キャサリン「能力暴走よ、見れば分かるでしょ!」
  かっとなり、壁の破片を彼の方に投げ付けるが、彼は避けようともせず、頬に傷が入る。すると自分の頬にも同じように傷が入った。
キャサリン「バリオン、何で避けないの?」
バリオン「前に言ったな。悪意を以て私を傷付けるなら君も同じ傷を負うと」
キャサリン「ごめんなさい」
  咄嗟に謝ると、バリオンはとても悲しそうな顔をした。
バリオン「自覚はないだろう。君が人を傷付けねばならないほどの悪意に押し負けたこと。それが、悲しいんだ」
  自分の愚かさに、初めて気付いた。

〇黒背景
  Entity#0120
  Race:human
  Thought:neutral
  Entity class:normal
  #0120は、ポルターガイスト系統の異能力を有するコーカソイド系の女性です。精神面で不安定であり能力暴走を引き起こします
  精神面を安定させるために、暴走時には彼女が”バリオン”と呼ぶ黒エルフの青年を彼女と対話させてください。

〇黒背景
エージェント藍「こんにちは、バリオン。あなたにいくつか、質問があります」
バリオン「構わない」
エージェント藍「あなたは#0120と”絆”を結んだ。何故ですか」
バリオン「私の故郷のレバノンの森は、君たちWSAの前身である”異種間調停理事会”の結成前、1000年前に無くなった」
エージェント藍「はい。レバノンの森は古くから知られる材木業者の[Deleted]でした」
バリオン「私は人間が嫌いだ。天敵がいなくとも争いを好み、他種族のテリトリーに土足で踏み込むその心根に、辟易している」
エージェント藍「ならば何故、彼女と絆を結んだのですか?」
バリオン「彼女は、広い意味では”人間”ではない。彼女のオーラは、彼女がクリスタルであることを示している」
エージェント藍「Next Stage People/Crystal の事ですか?」
バリオン「・・・・・・」
エージェント藍「インタビューを終わります」

〇けもの道
  あの日、私は嘘をついた。キャサリンだけは、”嫌い”ではなかったのだ。
  自分でも、何故、あの娘と絆を結んだのか、分からない。
  恐れられ、忌み嫌われて、荒んだあの瞳が、ただ忘れられなかったのだ。

〇大きい病院の廊下
  廊下に出て、彼の名前を呼んだ。
キャサリン「・・・・・・バリオン」
バリオン「どうした?」
  気さくに返事を返してくれる彼に、私は以前から気にしていた事を訊ねる。
キャサリン「ねぇバリオン、あなたはエルフよね」
バリオン「ああ。それがどうした?」
キャサリン「いつかは森に、帰らなきゃいけない、そうでしょ?」
  彼は微笑み、こう言った。
バリオン「君を置いていけない。見捨てられないから」

〇ビルの地下通路
  あの日、私は心を決めた。
  いつかは森へ帰らなければならないのに傍にいてくれる彼のために。

〇けもの道
バリオン「それで、報告したいことというのは何だ」
リリィ「私たちにも報告したいことがあるわ。でも、お先にどうぞ」
  二人の表情に、思わず笑みがこぼれる。私は口を開いた。
キャサリン(大人)「エージェントになったわ。コードネームは菫」
  驚きを顔に浮かべる二人。私は続けた。
キャサリン(大人)「後ね、結婚したい人がいるの」
リリィ「私たちもよ!」
  皆で笑いあう”この時間”が、とても貴重で、美しいものだということを最近になって知り他人が好きになったのは、良い話だ。
フレデリック(大人)「えーと、よろしくお願いします」
  君の笑顔が好きなんだ。
  私の、世界で一番の──。

次のエピソード:Story#0540:クリスタルとグレイの子

成分キーワード

ページTOPへ