Memory

つむぐ

メモリー(脚本)

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〇手術室
  2040年──
  脳科学の研究が大進歩を遂げ、人の『メモリー』までも自由に削除できるようになった。
  それに伴い、「黒歴史」とかいう、記憶から抹消したいことも、文字通り『メモリー抹消』できるようになった。
  現在では、離婚調停で争う際に、お互いが愛し合った「メモリー」の抹消が争点になることも珍しくはない。
  俺、長谷川雄太は、いまメモリー抹消装置の上で横になっている。
  そう、いままさに僕のメモリーは、抹消される時を迎えようとしている。
長谷川雄太「俺たち、これでいいんだよな?」
  俺は、医療器械に囲まれた部屋の天井を睨みつけるようにして、元妻のつぐみに声を掛けた。
  彼女は、別室のモニターで俺の様子を確認している。
長谷川つぐみ「私たちのためには、もうこの道しか残されていないの」
  室内マイクから、涙交じりの声が聞こえてくる。
長谷川つぐみ「陽太は、もう生き返ってこないのよ。私たちの陽太は、もう──」
  と、今度は感情を露わにしたスピーカーの声が室内に鳴り響いた。
長谷川雄太「陽太・・・・・・」
  俺の目からすうと流れる一筋の滴。
  ああ、俺は、その名前を聞くだけで、あの頃の幸せいっぱいに包まれた家族のメモリーを思い出してしまう。

〇病室
  今から10年前──
長谷川雄太「陽太、パパでちゅよー。陽太は、パパに似てイケメンでちゅねー」
  俺とつぐみにとって、陽太は、7年の間の不妊治療の末に、やっと産まれてきたくれたかけがえのない命だった。
長谷川つぐみ「ちょっと、産まれてまだ一週間で、その調子だと、これから先の親バカぶりが心配だわ」
  つぐみは、産後でやつれた顔をしていたが、それでも俺と陽太の顔を見て、嬉しそうな表情を見せてくれた。
長谷川雄太「俺には分かるんだ!  陽太はきっと、俺に似てイケメンで、お前に似て優しくて、それでいて賢い」
長谷川雄太「きっと将来は俳優やモデル。いや、スポーツ選手なんかもいいかもな」
  つぐみは、「また始まった」とばかりに、あきれ顔で、大切に陽太を抱きかかえる俺を見つめていた。
  ふと、
長谷川つぐみ「そういえば、お父さんに報告してきた? ちゃんとお供えもしてる?」
  と、つぐみは、怪訝そうな顔で俺を見る。
長谷川雄太「なあんだよ。その信頼の欠片もない顔は。ちゃんとしてるって。なあ、陽太」
  俺は、一週間前にお供えしたご飯が一瞬、脳裡をよぎったが、すぐさま忘れることに成功した。
  俺は、性格上、何でも顔に出てしまうらしい。
  つぐみは、そんな俺の性格を熟知しているからこそ、いつも俺の表情を見て、嘘を見抜いてくる。
  だが、こちらも対策は完璧だ
  俺は、嘘を見破られないようにするため、「忘れる」ということの特訓を日々重ねてきた。
  嘘をつくのではなく、忘れてしまえば、嘘にはならない。いわゆる記憶の一時消去だ。
  つぐみは、36歳での初産で体力の消耗も激しいらしく、退院をあと一週間延ばすことになった。
  俺は、陽太に授乳するつぐみを病室に残し、病院を後にした

〇総合病院
  病院の自動ドアが開くと、外は寒気の強風が容赦なく体に突き刺さってくる。
長谷川雄太「うう、寒い。このまま凍結しそう」
長谷川雄太「早く帰って、親父に供えたものを新しいものにしとかなきゃな。あの世から、拳骨が落ちてくるかもしれないからな」
  もう何年も着古された厚手の上着のポケットに、両手を突っ込んで、俺は凍てつく町を駆けて行った。

〇職人の作業場
  俺は、この小さな町で工務店を経営している。
  といっても、俺が建てた会社ではない。この会社の前社長は、つぐみの親父だ。
  親父は、昔、俺が町で粋がってやんちゃしていた頃に、本気で俺と真っ向からぶつかってくれた初めての大人だった。

〇ビルの裏
  親父と初めて会った日は、凍てつく風が身に染みる12月の飲み屋街だった。
  あの頃の俺は、ただただ寂しくて、でもそれを口にしてしまえば、俺のプライドが根っこから倒れていきそうで、恐くて。
  どうしていいいか分からないから、目に映るもの、体に触れるもの、兎に角、何でもよかった。蹴散らして、壊して――。
  その生き方が正しいんだと、自分自身に唱え続けていた。
  俺は路地裏で、いつものように酔ったサラリーマン相手にカツアゲをしていた。
長谷川雄太「おじさん、もっと持ってんでしょ? あんま俺をイライラさせないでくれるかな? 俺さ、こう見えて短気だからよ」
「本当に、これだけしか今日は持ち合わせていないんだ。許してくれ」
  そう言って頭を下げる大人を見るのも始めのうちは楽しかった。
  だが、いまでは、簡単に頭を下げてくるだらしない大人に、俺はひどい嫌悪感を抱くようになっていた。
  その男の胸倉をつかみ、俺は拳を振り上げたその時だった。
  俺は誰かに、振り上げた右腕を掴まれ、そのままアスファルトの地面へと叩きつけられた。
  一瞬にして世界をひっくり返された俺は、何が起きたのかを理解するまでに、どれくらいの時間だったのだろう?
  空から降ってくる雪が、地面にぽっと落ちるのを映画のスローモーションを見ているかのように、感じた。
  おそらく時間にして1秒や2秒そこらかもしれない。でも、俺の感覚的には、5分? いや、それ以上のようにも感じた。
  親父は地面に這いつくばっている俺に言った。
親父「お前を助けたかった」
  俺は仰向けになり、降ってくる雪の空を睨みつけた。
  雪が俺の顔に落ちては、一筋の滴となって流れてゆく。
長谷川雄太「なんだよ・・・・・・。人を投げ飛ばしておいて、『お前を助けたかった』って」
長谷川雄太「俺はついさっき、誰だか知らない大人の胸倉をつかんで、殴ろうとしていたやつだぞ!」
長谷川雄太「助けたかったのは、俺じゃなくて、あのサラリーマンの間違いだろ!」
  俺は、起き上がるのも馬鹿らしく思えて、蕭蕭と降る雪の空を睨み続けた。
親父「お前、やることないんだったら、俺の店、手伝えよ。住む部屋が無いんだったら、俺が面倒見てやってもいい」
親父「兎に角、その握った拳は、あったかいポケットにしまってよ」
親父「人の温もりってやつを、俺が教えてやるよ。その寂しさ握りしめたままの拳の両掌によ!」
  そう言って、親父は煙草ケースから一本煙草を取り出して、俺に「そらっ」とライターごと投げて渡した。
  そのときの親父の顔は、まるで陽太の産まれてきたときの顔とそっくりだと、
  陽太が死んでから、俺は、毎日のように思い出すこととなる。

コメント

  • 親父との出会い、陽太の誕生、それらの記憶もみんな抹消されてしまうなら、雄太の存在意義自体がなくなるのでは?不都合な記憶を抹消すると言うと聞こえはいいけど、記憶がその人の人生を作っているのだから、黒歴史だろうが辛い記憶だろうが、背負い続けるのも一つの生き方ですよね。

  • かっこいいですね、お父さん。
    でもメモリー、記憶を消さなければならない真の理由はこれから明らかになっていくのでしょうか。凄く気になります。

  • 親父さん、あったけぇ…
    素敵でした✨

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