私からあなたへ。(脚本)
〇空
峠を越えると何だって楽になる。嵐も痛みも苦しみも後悔も。
じゃあそのてっぺんを決めるのは誰なんだろうか。誰ももう少しで終わるよなんて教えてくれない。
最中にいる間はただただ痛みを受け続ける事になる。
死は峠を越えたというのだろうか。登り坂の後は下り坂だと相場は決っているが、崖になっている事もあるし、穴に落ちる事もある。
線が途絶える。
なんにせよ、死んだら終わり。苦しみや痛みからの解放だ。良い事なんだろう。
煙草に火をつけて石の上に置く。
私は同じ煙草に火をつけて深呼吸した。
煙が上にあがっていくのは上を見なさいっていう意味なのかな。吐いた煙はまるで魂が抜けていくように見えた。
煙草の後のキスは好きじゃなかったけれども、煙草同士でキスをして火を別けるのは好きだった。
15cmの距離は実際に舌を絡めるよりも違った興奮がある。なんというか初恋の様なもどかしさなんだろうと思う。
煙につられて上を見上げる。
今の私は空なんだろう。いいじゃないか、叙述的で。
そらなのかからなのか、どっちだって良いんだし。
彼女が永遠になった瞬間から時間は止まった。もう二度と彼女の情報は更新されない。
アーカイブされた記録と記憶から良い事も悪い事も私が勝手に思い出す事しか出来なくなった。
当時は絶望したけれども、これも峠だろうか。私が彼女を想う時間は更新され続ける事を理解してからは大分気は楽になった。
時間はオートマチックで止めたくても止める事が出来ない。どんなに喚いても叫んでも立ち止まった瞬間にそこに取り残される。
そしていつか見えなくなる。
私がしている行為は一体どういう事なんだろうか。
取り残された彼女の断片を持ったまま移動しているのか、いつかそこに戻れるようにパンの屑を置いていく行為なんだろうか。
ふと石の上に置いた彼女の分の煙草を見ると、8割も残ったまま火が消えていた。
これだからスロウバーニングの巻紙は駄目だ。情緒がない。
でも彼女の人生の位置だと思うと妙に納得できたし、まだこんなにも残っていたのかと思うと自然と涙が出てきた。
彼女の残ったタバコに火をつける。残った彼女の人生を手に入れた気分になるが全部茶番だ。
ただ、状況としては良く出来た茶番だなと思う。
それでも彼女の煙草の煙は私を少し癒してくれた。