第6話『隣の真下さん(後編)』(脚本)
〇白いアパート
隣の真下さん(後編)
〇ダイニング(食事なし)
真下 英雄「・・・・・・」
「(じーっ)」
真下 英雄「ご迷惑をおかけしました」
向井 奏「頭を上げて欲しいのです」
向井 音「でも、探偵雇ってまで真下さんの居場所調べようなんて一体誰が・・・?」
向井 小百合「心当たりはあるんだって」
向井 音「へぇ、誰?」
真下 英雄「・・・言う必要、ある?」
向井 音「絶対必要でしょ」
向井 奏「奏も聞きたいのです」
真下 英雄「・・・母親か、姉か、妹」
向井 音「兄弟多っ」
向井 奏「・・・あれ?」
向井 奏「真下さん、前に『兄弟はいない』って言っていたのです」
真下 英雄「うん・・・言ったね」
向井 奏「奏に嘘ついたのですか!?」
向井 小百合「コラ、奏」
真下 英雄「いいんです、事実ですから」
真下 英雄「ごめんね、奏ちゃん」
向井 奏「今回は特別に許すのです」
向井 音「じゃあ、コッチの続き」
向井 音「何で家族が家族の居場所を突き止めるために、探偵なんて雇うの?」
真下 英雄「・・・まぁ、割と単純な話でね」
真下 英雄「家族と縁を切ってるだけ」
向井 小百合「それは、その・・・何で?」
真下 英雄「俺はどうも、人を嫌いになる才能があるらしくてですね」
向井 音「”嫌いになる”才能・・・」
真下 英雄「一緒に生活してると、どんどんその相手が嫌いになっていくんですよ」
真下 英雄「家族と”家族でいる事”に、向いてなかったんです」
向井 奏「家族に向いてない・・・」
真下 英雄「特に、息子役は向いてなかったみたいですね」
向井 小百合「という事は、お父さんかお母さん?」
真下 英雄「親父には、ガキの頃から何発殴られた事か」
向井 奏「虐待を受けていたのですか?」
真下 英雄「どうだろ?」
真下 英雄「今の時代ならともかく、俺が子供の頃は」
真下 英雄「『親が子供を叩く』なんて、当たり前だったんじゃないかな?」
向井 小百合「・・・ですね」
真下 英雄「もちろん、それは『しつけ』の一環だったと思う」
真下 英雄「言葉だけじゃ伝わらない事もあったんだと思う」
真下 英雄「だから俺も、殴られた時は『自分が悪い事をしたんだ』って思ってた」
真下 英雄「10回殴られても20回殴られても、そう思ってた」
真下 英雄「でも、大人になってわかったんだ」
向井 音「何がわかったの?」
真下 英雄「想像してみなよ」
真下 英雄「俺が今、音ちゃんや奏ちゃんを殴ったとしたら・・・?」
向井 奏「痛そうなのです」
真下 英雄「痛いなんてもんじゃない、下手すりゃ・・・殺しちゃうよ」
真下 英雄「それでも親父は、俺を殴った」
真下 英雄「きっと親父も、父親役に向いてなかったんだろうな」
真下 英雄「俺みたいに」
向井 奏「真下さんみたいに・・・」
真下 英雄「あの時の俺は、腹を立たせたから殴られた」
真下 英雄「イラッとさせたから殴られた、ただそれだけ」
真下 英雄「愛情なんて、1ミクロもなかったよ」
「・・・・・・」
真下 英雄「・・・たった1回」
向井 小百合「え?」
真下 英雄「そんだけ殴られて、いつか同じ数だけ殴り返してやろうと思って」
真下 英雄「でも、結局殴り返せたのは1回だけ──」
〇葬儀場
たった1発だけだった
真下の妹「お兄ちゃん・・・?」
真下の妹「えっ・・・えぇっ!?」
ただ、その1発が引き金になって──
〇ダイニング(食事なし)
真下 英雄「一言で言えば、爆発して」
向井 小百合「爆発・・・」
向井 音「それで縁を切った、って事?」
真下 英雄「まぁ『切られた』って言い方もできるけどね」
真下 英雄「だから、奏ちゃんに言った『兄弟いない』も嘘じゃない」
真下 英雄「あの日から俺は、兄弟でも家族でもなくなったから・・・」
向井 奏「それで寂しくないのですか?」
真下 英雄「それが寂しくないんだよね」
真下 英雄「家族っていっても『血が繋がってる』とか『戸籍に入ってる』とか『一緒に住んでる』とか」
真下 英雄「そういうのは、あんまり大事じゃないみたい」
向井 音「じゃあ、何が大事なの?」
真下 英雄「『家族だ』って思えるかどうか、かな」
向井 小百合「思えるかどうか・・・」
真下 英雄「『家族だ』って思えれば、離れて暮らしてるペットの犬も家族だし」
真下 英雄「思えなければ、同居している親だって家族じゃない」
真下 英雄「俺は親も姉も妹も嫌いで、全員を『家族だ』と思ってない」
真下 英雄「だからこそ、今更居場所を探られてもな・・・」
向井 小百合「・・・・・・」
向井 奏「ちなみに、奏たちの事は『家族だ』と思えるのですか?」
真下 英雄「・・・え?」
向井 音「そうだよ」
向井 音「血は繋がってないし、一緒に住んでもないけど」
向井 音「それは真下さん的に関係ない訳じゃん?」
向井 小百合「コラ、変な事言って困らせないの」
向井 音「変かな? 実際家族と変わんないくらいの距離感じゃん」
向井 奏「少なくとも奏は、真下さんを家族だと思っているのです」
向井 奏「ママは違うのですか?」
向井 小百合「それは・・・ママも思ってるけど」
真下 英雄「いや、でも、みんなの事を『家族だ』なんてそんな・・・」
向井 奏「でも、親子でも兄弟でも夫婦でもないのですから」
向井 奏「真下さんにも向いているかもしれないのです」
真下 英雄「でもそんなに距離が近くなったら、きっとみんなの事も嫌いになって・・・」
向井 音「その時は、ただのお隣さんに戻ればいいし」
向井 音「ウチには『人を好きになる才能』があるから、その心配も無いんじゃん?」
真下 英雄「そんな無茶苦茶な・・・」
向井 小百合「もう、許してあげてもいいんじゃないですか?」
向井 小百合「家族を嫌いになってしまった、ご自分の事を」
真下 英雄「・・・・・・」
「(じーっ)」
真下 英雄「・・・まぁ、考えてみます」
向井 奏「良かったのです」
向井 音「イェイ」
向井 小百合「あ、そうだ」
向井 小百合「お近づきの印に・・・」
向井 小百合「チョコ、いります?」
真下 英雄「(フッ)」
真下 英雄「いただきます」
〇白いアパート
真下 英雄「ふぅ・・・」
向井 奏「あ、真下さん」
向井 奏「お帰りなさいなのです」
真下 英雄「奏ちゃん、ただいま」
向井 奏「昨日荷物が届いていたので、受け取っておいたのです」
真下 英雄「ありがとう」
向井 奏「では、行ってくるのです」
真下 英雄「行ってらっしゃい」
真下 英雄「何の荷物だろう・・・?」
向井 音「お、お帰り〜」
真下 英雄「ただいま、音ちゃん」
向井 音「そういえば、昨日荷物が・・・」
真下 英雄「うん、今聞いた」
向井 音「ごちそうさま、行ってきま〜す」
真下 英雄「・・・いや、食べたんかい」
〇アパートの玄関前
真下 英雄「・・・ん?」
向井 小百合「あ、真下さん」
向井 小百合「出張お疲れ様でした」
真下 英雄「ただいま帰りました」
真下 英雄「203号室、誰か越してきたんですか?」
向井 小百合「はい、昨日」
向井 小百合「挨拶な品も持ってこられて、冷蔵庫に入れておきました」
向井 小百合「物が物だったので」
真下 英雄「なるほど・・・段々謎が解けてきた」
向井 小百合「ただ、その・・・」
市丸 豪「師匠、ご無沙汰です!」
真下 英雄「・・・?」
真下 英雄「あ、あの時の探偵さん!?」
市丸 豪「はい」
市丸 豪「師匠に色々とご指導いただくべく、昨日コチラに越してきました」
市丸 豪「あ、コレが娘です」
市丸 奈々「市丸奈々です」
真下 英雄「あ、真下です」
真下 英雄「・・・って、えっ!?」
市丸 豪「家族ともどもよろしくです、師匠」
真下 英雄「いや、は?」
市丸 奈々「よろしくお願いします」
市丸 奈々「おとなりさん」
真下 英雄「えっと・・・」
向井 小百合「(苦笑)」
真下 英雄「勘弁しろし・・・」
完
お疲れ様です。
等身大の人間ドラマ、気取らない日常感が素敵でした。