エピソード1(脚本)
〇女性の部屋
机に向かい、彼女は一生懸命何かを書いている。
泉 友季恵「政樹くんへ、ずっと私はあなたのことが・・・」
それは恋文だ。
泉 友季恵「うーん・・・ちょっとイマイチかな」
泉 友季恵「書き直さないと!」
書いては消し、消しては書く。これを何度も繰り返している。
それが恋文というものだ。
泉 友季恵「俊くんへ、ずっと私はあなたのことが~」
父「どうして・・・さっきから名前だけ書き直してるんだ」
泉 友季恵「ひゃぁあああ! お、お父さん!?」
泉 友季恵「なんでいるの!? 部屋入ってこないでっていつも言ってるでしょ!!」
父「晩ご飯できたから、母さんが呼んできてって・・・」
父「というか、名前を書き直すとか・・・」
泉 友季恵「早く出てけーー!!」
彼女──泉友季恵は思春期真っ只中。
恋文を書いたり、父親のことが無条件に大嫌いな、そういうお年頃だ。
〇教室
泉 友季恵「それで書いてたら、お父さん勝手に部屋入ってくるし」
泉 友季恵「不法侵入って思わない? 逮捕されるべきだよね!」
大河原 加奈「・・・・・・」
泉 友季恵「ちょっと加奈、聞いてる?」
大河原 加奈「ねえ・・・ラブレターなんか書いてるの?」
泉 友季恵「へ? うん、書いてるけど?」
大河原 加奈「冗談だよね? ラブレターとか嘘だよね?」
泉 友季恵「だから、本当に──」
大河原 加奈「あっはははは! やめてお腹痛い!」
大河原 加奈「ラブレター!? 古すぎ! そんなの書く人ホントにいるとか有り得ないんだけど!」
泉 友季恵「い、いいでしょ別に!」
泉 友季恵「昔の映画見て、なんかイイなーって思ったの!」
大河原 加奈「それで書いたはいいけど相手は決めてないって?」
大河原 加奈「あははははは! 面白すぎ! お腹壊れちゃう!」
泉 友季恵「それは、付き合ってから好きになればいいかなって・・・」
大河原 加奈「わけわかんなーい! 助けてぇーお腹ちぎれちゃうよー!」
泉 友季恵「笑いすぎだってば!」
〇教室
放課後──
泉 友季恵「で、加奈は誰に出すのがいいと思う?」
大河原 加奈「知らないって。自分で決めなよ」
泉 友季恵「だって思いつかないんだもん! ねえ誰がいいかな!」
大河原 加奈「・・・思いつかないなら、やめたら?」
泉 友季恵「やだ! 映画みたいにドキドキしたいの!」
泉 友季恵「ねえどうしたらいいの! 助けて加奈!」
大河原 加奈「も~困ったちゃんなんだから!」
林田 修輔「加奈、そろそろ帰ろう?」
大河原 加奈「あ、修輔くん! うん帰ろ~!」
大河原 加奈「じゃあね友季恵、修輔くん待たせたくないから」
泉 友季恵「え・・・いつから?」
大河原 加奈「う~ん・・・いつからだっけぇ~?」
林田 修輔「なんか、思い出すと照れるね・・・」
大河原 加奈「ね~!」
泉 友季恵「・・・そうですか。さようですか」
泉 友季恵「お幸せにーー!」
〇女性の部屋
休日──
泉 友季恵「うーん、誰にしようかな~」
泉 友季恵「ラブレター候補がいたか思い出せ、私・・・」
〇教室
泉 友季恵「あれ? やばっ・・・どうしよう」
一瀬「消しゴム無いの? 半分あげるよ!」
泉 友季恵「あ、どうも」
〇女性の部屋
泉 友季恵「シャーペンの消しゴムを半分くれた隣の席の一瀬くん・・・」
〇通学路
泉 友季恵「遅刻ちこく~!」
泉 友季恵「わっ!!」
二常「だ、大丈夫?」
泉 友季恵「う、うん、もう少しでぶつかるとこだったね・・・」
二常「急ごう! 遅刻する!」
〇女性の部屋
泉 友季恵「ギリギリぶつからなくて、物凄い脚力で私を置いていった陸上部の二常くん・・・」
〇学校の廊下
泉 友季恵「危なかった~。あとちょっとで私の膀胱が限界を迎えるとこだった~」
三浦「あ、あの・・・」
泉 友季恵「・・・? なに?」
三浦「そ、その・・・えーっと・・・」
泉 友季恵「なんなの? 用があるならハッキリ言って!」
三浦「す、スカート・・・後ろ・・・」
泉 友季恵「スカート? 後ろって・・・」
泉 友季恵「あ──」
泉 友季恵「ど、どどど、どうもありがと教えてくれて感謝です命の恩人です!」
〇女性の部屋
泉 友季恵「スカートの端を、うっかり下着に仕舞っちゃってると教えてくれた後輩の三浦くん・・・」
泉 友季恵「みんな、なんか足りないんだよねぇー」
泉 友季恵「はぁ~、どこかに運命の出会い転がってないかなぁ~?」
父「じゃあ、出掛けたらどうだ?」
泉 友季恵「んぎゃああ!!」
泉 友季恵「なに、なんで部屋いんの!」
父「あまりに独り言が大きくて」
父「どうする? お父さんと一緒に彼氏候補を探しに行くか?」
泉 友季恵「バっカじゃないの! 何が悲しくてお父さんとなんか!」
父「昔はよく「おとーちゃんとおでかけするー」って言ってたじゃないか」
泉 友季恵「知らないし! ってか早く出てって!」
泉 友季恵「そもそも気安く話しかけないで!」
泉 友季恵「それと私お父さんの吐いた息吸いたくないから二度と家で息しないで!」
父「え・・・息って・・・」
泉 友季恵「さっさと出てけってのー!!」
〇街中の道路
泉 友季恵「はぁ・・・お父さんがうっさいから出掛けたはいいけど」
泉 友季恵「休日にひとりで出かけるって、むなしい・・・」
大河原 加奈「あ、やっほ~」
泉 友季恵「加奈じゃん、何してんの?」
泉 友季恵「というか・・・え、ひとり? 彼氏はどうしたのさ?」
泉 友季恵「まさかまさか、やだぁ~別れちゃった系!?」
大河原 加奈「なんで嬉しそうなの・・・」
大河原 加奈「トイレ行きたいからって、そこのコンビニに」
泉 友季恵「ふーん。トイレ近いんだ~」
大河原 加奈「デートに緊張してるのかも。カワイイよね」
泉 友季恵「のろけてくれちゃって・・・」
大河原 加奈「友季恵は彼氏放っといていいの?」
泉 友季恵「私にそんなのいません・・・」
大河原 加奈「そーだったねー、ごめーん」
泉 友季恵「悪かったよ~、トイレ近いとか嫌味言ってごめんってば~」
泉 友季恵「というかさあ・・・どっちからなの?」
大河原 加奈「なにが?」
泉 友季恵「だから、どっちから付き合おうって・・・」
大河原 加奈「あー・・・まあ、私かな」
泉 友季恵「そうなんだ、すごいじゃん」
大河原 加奈「なんていうか、一緒にいると安心するんだよね」
泉 友季恵「そっかぁ~」
大河原 加奈「まるでお父さんといるみたいな安心感!」
泉 友季恵「あ?」
泉 友季恵「な、何言ってんの? 頭だいじょうぶ?」
泉 友季恵「お父さんみたいとか絶対イヤでしょ!」
大河原 加奈「そう? 普通だと思うけど?」
大河原 加奈「親に似た人と結婚するっていうし」
泉 友季恵「それは、確かにいうけど・・・」
大河原 加奈「友季恵、お父さんみたいな人にラブレター渡せば?」
友季恵は思った。こいつに聞いても時間の無駄だと。
そして、このフザけたことを言うバカタレをドン底へ落としてやろう・・・そう思ったのだった。
泉 友季恵「トイレ、長いね」
大河原 加奈「え? あ、そうだね・・・」
泉 友季恵「こりゃあ、お花を摘みに行くだけでは済まない長さかもだね~」
泉 友季恵「緊張して、お腹ゆるキャラになったのかな~?」
大河原 加奈「お、お腹、ゆるキャラ・・・」
林田 修輔「お待たせ」
大河原 加奈「あ、修輔くん・・・遅いよ」
林田 修輔「悪い。これ買ってて」
大河原 加奈「え? これ・・・からあげ?」
林田 修輔「前に加奈、期間限定味のを見つめてたから食べたいのかもって」
大河原 加奈「もしかして、そのためにトイレって・・・」
林田 修輔「遅くなってごめん、補充が無かったから揚げてもらってて」
大河原 加奈「修輔くん大好き!」
林田 修輔「知ってるよ。はい、あーん」
大河原 加奈「あ~ん!」
泉 友季恵「・・・・・・」
友季恵は、立ち尽くすことしかできなかった。
これ以上近づけば、二人の熱によって自らが揚げられてしまうのだから。
〇女性の部屋
泉 友季恵「お父さんには部屋入られるし、バカップル見せつけられるし・・・」
泉 友季恵「今日は疲れた・・・おやすみ私」
カサカサ・・・
泉 友季恵「なに、この音・・・」
カサカサカサ・・・
泉 友季恵「あ、あいつは・・・!」
〇明るいリビング
泉 友季恵「いーーやーーー!」
父「わぁああ!? ど、どうした友季恵!」
泉 友季恵「部屋、ご、ご・・・き・・・」
父「・・・わかった。待ってなさい」
〇明るいリビング
父「虫、退治してきたよ」
泉 友季恵「うん・・・」
父「部屋、入ってごめんね」
泉 友季恵「・・・・・・」
〇女性の部屋
泉 友季恵「うーん・・・」
机に向かい、彼女は一生懸命何かを書いている。
書いては消し、消しては書く。これを何度も繰り返している。
泉 友季恵「・・・できた」
〇明るいリビング
泉 友季恵「お父さん、少しいい?」
父「え? うん、いいけど」
泉 友季恵「・・・これ、あげる」
父「手紙? 読んでいいの?」
泉 友季恵「いちいち聞かないで・・・」
父「じゃあ、読むね」
大嫌いなお父さんへ
部屋に出た虫、退治してくれてありがとう
それだけで終わると紙がもったいないから
もうちょっと書くね
昔、よくおでかけで遊園地とかショッピングモールとか
色々な所に連れてってくれたよね
それもありがとう
あと、たくさん肩車してくれたのも
ありがとう
楽しかった
それから、いじわるなことばかり言って
ごめんなさい
以上です
あなたの娘より
父「・・・これ、もしかしてラブレター?」
泉 友季恵「は? どう読んだらそう思うの違うし!」
父「ふふっ。友季恵、素適なお手紙ありがとう」
泉 友季恵「べ、別に・・・誰にも手紙あげる相手がいなかっただけだから・・・」
父「また昔みたいに、仲良くお喋りしてもいい?」
泉 友季恵「調子に乗らないで! 嫌に決まってるでしょ!」
父「そっか。わかったよ、友季恵がそう言うなら」
泉 友季恵「で、でも・・・家で息するぐらいなら・・・してもいいよ」
父「お、そっかぁ~。友季恵は優しいなぁ」
泉 友季恵「もう・・・お父さんったら」
母「お父さんだけズルイ!」
泉 友季恵「お、お母さん!?」
母「友季恵、お母さんにもラブレターちょうだい! お願い!!」
泉 友季恵「・・・じゃあ、機会があったらね」
手紙には文字通り「手」がかかっていて、手をかけるということは思いが込められるということなんですよね。娘に嫌われてもめげないお父さんの健気さが最後に報われてよかった。友季恵と加奈の友人関係も最高で、二人の会話にも大笑いさせてもらいました。「お腹ゆるキャラ」て(笑)。
凄くあったかい良いお話でした!
手紙という文化は文明の発達によって少し錆びれてしまったようには感じますが、手書きだからこそ伝わることも多くあると思います!
誰かに向けて手紙を書く行為って、メールや携帯メッセージとは全くちがうものですよね。そんな素敵な文化が近年徐々に衰退していっているのが悲しい限りですが、なにかをきっかけに若い人たちが彼女のようにペンをとってくれたらいいなあと思いました。