第五話「明るい場所が憎らしい(前編)」(脚本)
〇黒背景
この物語の主人公は、
今から72時間後、必ず地獄に行きます
どうかあなたは、
その見届け人になってください
〇商業ビル
〇オフィスのフロア
伊藤紘一(いとうこういち)が
植木鉢に水を与えている。
伊藤紘一「元気に育てよ。お前たち」
木塚実「伊藤くん。ちょっといいかな」
伊藤紘一「部長。おはようございます」
伊藤がペコリと頭を下げると、
大げさに溜息をつく
木塚実(きづかみのる)。
木塚実「はぁ・・・ おはようございますじゃないよ。 毎朝毎朝、水やりしててよく飽きないね」
伊藤紘一「せっかくきれいに咲いてますから」
木塚実「嫌味で言ってんだよ、こっちは。 頼むからそんなことしてる時間あるなら、 営業の電話でもかけてよ」
木塚実「先月の君の営業成績、わかってんだよね?」
伊藤紘一「頑張ります・・・」
木塚実「チッ。そんなんだから万年ヒラなんだよ。 向いてねぇんだから辞めちまえよ」
伊藤紘一「・・・すみません」
〇オフィスのフロア
女性社員A「伊藤さん、まだ帰らないの?」
伊藤紘一「うん。あと少しだけね」
女性社員A「たまには家族孝行でもしたほうが いいんじゃない?」
女性社員B「ちょっとあんた。 伊藤さんち、今奥さんとお子さんは──」
女性社員A「あ、そっか・・・すみません」
女性社員たちが気まずそうに立ち去る。
伊藤紘一「よし・・・僕もそろそろ帰るかな」
伊藤が片付けを始めると、
木塚が書類を抱えてやって来る。
木塚実「ちょっとちょっと。何帰ろうとしてんの?」
伊藤紘一「え? 今日は久しぶりに定時で帰ろうかなと──」
木塚実「仕事の質が悪いんだから、 せめて量でカバーしてよ」
木塚実「え? 何? 断っちゃう? 断れちゃうほど結果出してる?」
伊藤紘一「それはその──」
木塚実「じゃあこれよろしく。 残業は付けないでね。君、とっくに 今月分の上限は超過してるから」
伊藤紘一「はぁ・・・」
〇オフィスのフロア
誰もいなくなった社内で、
必死に仕事をしている伊藤。
伊藤紘一「きちんと結果を出すためにも、 一生懸命頑張らなきゃ・・・だよね!」
伊藤紘一の地獄行きまで、残り72時間
〇広い公園
伊藤紘一「あれ・・・小沼さん、今日いないかな」
小沼修吾「家はここにあんだ。 いなくなるわけないだろう」
伊藤紘一「あはは、良かった! はい、お弁当。一緒に食べよう」
小沼修吾「おう、いつもすまねえな」
伊藤紘一「その代わり、また面白い話聞かせてよ」
小沼修吾「ったく・・・いい歳して子どもみたいな ことばかりいいやがって」
〇広い公園
伊藤紘一「え! それでその人は?」
小沼修吾「会社の金持ってとんずらだよ。 今じゃどこで何してんだか」
伊藤紘一「わっ、ひどい話! でも、やっぱり小沼さんの話は面白いなぁ」
小沼修吾「人より長生きしているだけだ」
伊藤紘一「小沼修吾(おぬましゅうご)―― この公園ではヌシのように 長く住んでいるホームレスだ」
伊藤紘一「かつては大企業の社長だった なんて噂もある」
伊藤紘一「仕事のことで落ち込んでここに来た日、 僕は小沼さんと仲良くなった」
伊藤紘一「今では、お弁当をあげる代わりに 小沼さんの話を聞かせてもらうのが 日課になっている」
小沼修吾「それよりあんた、 奥さんと子どものことはどうなったんだ? 二か月前に家を出て行ったきりなんだろ?」
伊藤紘一「それは・・・はい」
小沼修吾「やっぱり原因は思い当たらないのか?」
伊藤紘一「妻は・・・ 僕のことをお人よしって言うんです。 このままじゃ人生、損してばかりだって」
小沼修吾「なるほどな。 まあ奥さんの言うこともよくわかる。 あんた、お人よしだよ」
伊藤紘一「自分では全然自覚ないんですけど」
小沼修吾「ははは。だがそういうところを含めて、 あんたの魅力だと思うんだけどな。 近くにいると案外わからないものかもな」
伊藤紘一「そう、なんですかね・・・」
落ち込む伊藤を見て、
小沼が大げさに溜息をつく。
小沼修吾「よし・・・! ちょっとここで待ってろ」
伊藤紘一「?」
〇広い公園
小沼がおでんの容器を持って戻って来る。
小沼修吾「飲んでみろ」
ゆっくりと容器に口を付ける伊藤。
伊藤紘一「おいしい・・・!」
小沼修吾「だろ? 近くのコンビニの兄ちゃんと 仲良くなってな」
小沼修吾「煮込んだおでんのつゆをたまに もらうんだ。具はないけどな」
伊藤紘一「こんなおいしいの飲んだことないです」
小沼修吾「ははは。 たかがおでんのつゆに大げさな奴だ」
小沼修吾「でも・・・そういう素直な反応、 あんたらしくていいよ」
伊藤紘一「い、いや、僕は別に──」
小沼修吾「さっきの・・・奥さんの話だけどな」
伊藤紘一「え?」
小沼修吾「もう一度、話し合ってみたらどうだ? このままでいいとは思ってないんだろ?」
伊藤紘一「・・・・・・」
小沼修吾「迷ったら、 今よりも少しでも明るい場所へ・・・ 踏み出してみたらいい」
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