第四話「盤上で死す(後編)」(脚本)
〇古めかしい和室
財津はソファでくつろぎ、
マネージャーに肩を揉ませている。
マネージャー「あの・・・今回も下剤を入れれば よろしいでしょうか・・・?」
財津翔平「バカか。何度も同じ手を使ったら 怪しまれるだろうが」
マネージャー「すみません」
財津翔平「それにあんな死にかけの奴に 下剤なんか必要ない」
マネージャー「死にかけ?」
財津翔平「俺は100%負けない。 それに・・・いざという時は切り札もある」
不気味に微笑み、お茶をすする財津。
〇黒背景
財津翔平の地獄行きまで、残り4時間
〇日本庭園
財津の正面から羽沼と優実が歩いてくる。
羽沼は優実に支えられながら歩き、
優実の顔には痛々しい痣がある。
羽沼喜一「財津八段。今日はいい勝負をしよう」
財津翔平「ええ。よろしくお願いします」
財津翔平「なるほど。 顔色はメイクでごまかしているが、 余命僅かというのは本当らしい」
財津翔平「それより、奥さんのお顔は・・・」
羽沼喜一「ああ。これは階段で転んだんだと。 まったくドジだよなぁ。あはは」
羽沼優美「す、すみません」
羽沼喜一「ちょっとトイレに行ってから向かう。 先に行っててくれ」
羽沼優美「え、ちょっと待って! 私も──」
優実が追いかけようとするが、
財津が立ち塞がる。
恐怖を感じて思わず硬直する優実。
羽沼優美「ど・・・どいて!」
財津翔平「一昨日のことは、 警察にも羽沼にも言ってないようだな」
羽沼優美「・・・・・・」
財津翔平「そりゃそうだ。 あんなことで夫の最期を汚したくないよな」
財津翔平「それとも夫が大好きな将棋で 最後の魂を燃やそうとしている今、 裁判に持ち込むか? できないよな」
羽沼優美「あなたっていう人は・・・!」
財津翔平「まあ、あんなことをあいつが知ったら、 ショックでそのまま死んじまうかもな。 あはははは!」
〇広い和室
たくさんの観客に見守られながら、
財津と羽沼が将棋を指している。
不安そうな顔で試合を見守る優実。
羽沼は真剣な顔で盤上を見つめている。
財津翔平「すごい気迫ですね。あなたの最近の 活躍の理由がよくわかりました」
羽沼喜一「君にそう言われると嬉しいよ」
財津翔平「こいつ・・・ほんとに病人か。 この集中力は異常だ──」
羽沼喜一「感慨深いものがある。子供の頃から 雲の上のような存在だった君と、こうして 公式戦で指せるなんて・・・ゴホッゴホッ」
財津翔平「チッ! 雲の上に行くのはお前だ。 さっさとくたばれ」
羽沼喜一「君は幼少期から天才だった。 あらゆる大会で優勝して、 神童の名を欲しいままにした」
羽沼喜一「僕には君が眩しかったよ」
財津翔平「ふん。弱者のひがみだな」
羽沼喜一「だがそれでも・・・俺は将棋を愛する 気持ちだけは、君に負けたつもりがない。 そして愚直に、将棋を指し続けてきた」
羽沼は持ち駒を手にすると、
盤上へと叩きつける。
羽沼喜一「今日は、必ず俺が勝つ・・・!」
財津翔平「くっ・・・! ダメだ。さっきから押され気味だ」
〇清潔なトイレ
財津翔平「まずい・・・なんだあの気迫は──」
財津翔平「わざと長考して、 時間いっぱいかけてるのに・・・」
財津翔平「集中力を切らすどころか、 冴えわたっていく一方だ。 このままじゃ──」
〇施設の男子トイレ
記者A「今日は羽沼六段が絶好調ですね」
記者B「たまにはいいんじゃないか。 財津八段の不敗神話ストップのほうが、 記事のインパクトが出るだろ」
〇清潔なトイレ
財津翔平「勝手なことぬかしやがって・・・!」
記者B「明日の見出しは【下剋上! 努力の男が 天才棋士をついに撃破!】とかどうだ?」
記者A「いいですね! それで行きましょう!」
財津翔平「こうなったら、 切り札を使ってやる・・・!」
財津翔平の地獄行きまで、残り1時間
〇広い和室
青ざめた顔の財津が戻って来る。
羽沼が先に座って待ち構えている。
羽沼喜一「よし、後半戦を始めよう」
財津翔平「こんな奴に・・・ 俺が負けるわけにはいかない!」
羽沼喜一「どうした? 財津八段」
財津翔平「いや・・・羽沼六段の奥さんは、 やはり美人だなと思いまして」
財津と羽沼が客席にいる優実を見るが、
優実には二人の声が聴こえない。
羽沼喜一「ん? まさか惚れたなんて 言うんじゃあるまいな?」
財津翔平「とんでもないです。 ただ・・・悪いことをしたなぁと」
羽沼喜一「悪いこと?」
財津翔平「あんなに痣が残っちゃうなんて」
羽沼喜一「! それはいったいどういう──」
審判が戻って来る。
財津翔平「さあ、再開しましょう」
羽沼喜一「おい・・・! 財津八段!」
〇広い和室
羽沼の額には脂汗が浮いている。
財津翔平「どうしました? 長考ですか?」
羽沼喜一「さっきの話・・・続きを聞かせろ」
羽沼喜一「妻の顔の痣について、 お前は何を知ってる?」
財津翔平「僕は何も」
羽沼喜一「しらばっくれるな! 悪いことをしたと自分で言っただろ!?」
財津翔平「想像以上に突っかかりますね。 やはり奥様はアキレス腱でしたか」
羽沼喜一「なんだと・・・!」
財津翔平「ははは。階段で転んだ――その言葉を 素直に信じていればいいじゃないですか」
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