エピソード1(脚本)
〇神社の石段
俺の名前は海藤春馬。自宅近くの高校に通うなんてことない高校一年生だ。
今日は近くの神社で夏祭りがやっていたらしい。興味が出て、俺はふらっと立ち寄ってみた。
〇神社の出店
春馬「おお・・・結構な人がいるな」
お世辞にも都会とは言えない郊外の住宅街。いつもは静かな神社が、かなりの数の人でごった返していた。
金魚を掬う少年。
りんご飴を食べる少女。
わたあめを売る店主。
射的の銃を構える男性。
神楽の音に合わせ踊る年配の男性。
皆、思い思いにこの祭りを楽しんでいた。
だが・・・。
春馬(おかしいな・・・なぜ誰しもが面をつけているんだろう)
この場にいたものは皆、なぜか面をつけていた。
いや、別に祭りなのだから面をつけていたっておかしくはない。おかしいのは、面をつけている人数だ。
この場にいる老若男女全ての人物が、面を被っているのだ。
春馬(流石に多くないか?)
だが、まぁ。
春馬「さして気にすることでもないか」
たまさか俺がいたこの場所に面をつけた客がいただけだろう。店主などもつけているのは多少気になるが、まぁ問題ではあるまいし。
なにもないのであれば帰るか・・・そう思い、踵を返したときだった。
春馬「・・・!?」
俺は、目を見開いた。
俺の視線の先にいるのは、一人の女性だ。
面をつけてばかりの集団の中で唯一面をつけていない、一人の女性。
いいや、そんなことはどうだっていい。
俺が何より目を惹かれたのは、その圧倒的な美しさだった。
今にも泡沫のように消え去ってしまいそうな儚さ。
艶めく髪の一筋から溢れるように煌めく陽の光。
神が生み出したが如き彫刻美。
幻のように淡く消え去ってしまいそうなその表情の一欠片ですら、
春馬「美しい・・・」
そう、思わず呟かずにはいられないほどの女性だった。
チヒロ「あら?」
春馬「!」
女性が俺の視線に気づいたかのように歩み寄ってくる。
カツ、カツ、と下駄の音が鳴る。
その音が一つ鳴るごとに、俺の頭の中がクリアになり、同時に何をも考えられぬほどの緊迫感が襲う。
一束の髪が揺れるごとに心臓が鼓動を打ち、着物の袖が風にそよいでは息が詰まる。
春馬「これは・・・この、感覚は・・・」
春馬(恋・・・?)
・・・なんてこった。
生まれてこの方十数年。一度だって、友人たちの話す恋なんて物には無縁だったこの俺が、一目惚れ、だなんて・・・。
春馬「笑える、な」
そもそも。あの女性は美しすぎる。こんなボンボンが声をかけなくったってどこからか御曹司が声をかけるだろう。
そう思っていると。
チヒロ「もし?」
春馬「!!」
女性に、声をかけられた。
チヒロ「もしかして・・・向こうの方ではありませんか?」
春馬「え、えぇとぉ・・・??」
一目惚れした相手に突然声を掛けられた上、その内容が主体性をつかみにくいものであったため俺はしどろもどろになる。
チヒロ「フフ」
春馬「!」
不覚にも、ドキリとした。
なぜって、その笑顔が、あまりにも美しかったから。
チヒロ「面白いお方ですね・・・何はともあれ、あなた様はやはり向こうのお方ですね。ここに迷い込まれたのもなにかの縁」
チヒロ「私では、あなた様をシガンへお送りすることは出来ませんが、後に来るお方なら出来るでしょう」
意味が分からなかった。
向こうのもの? シガン? 送る? あとの方? 何を言っているのだろう。
だが、確信できるのは唯一つ。
俺はこの女性に、恋しているということだ。
春馬「あ、あの・・・」
名前を・・・そう思い、声を掛けたが。
チヒロ「あの方がいらっしゃるまでには少し時間がありますわ。それまでお付き合いいただいても?」
チヒロ「と言っても、向こうの方にとってはつまらないものしかないでしょうが・・・」
なぜか、俺のセリフに覆い被さるように女性は言葉を重ねた。
若干の意味の分からない行動に俺は戸惑うが・・・。
春馬「分かりました。是非ともお付き合いさせてください」
ここでこう言わねば男が廃るというものだろう。女性が誘っているのだから。
チヒロ「ありがとうございます」
それでも、やはり名がなければ呼びづらい。そう考え、俺は再度名を尋ねることにした。
春馬「あの、お名前はなんとお呼びすれば?」
チヒロ「・・・」
春馬(うっ・・・?)
・・・無言の圧が凄い。
名前を聞いてはいけないのだろうか。なぜだろう。いまいち要領は得ないが、だが、レディが嫌がることを無理に聞いても無粋か。
春馬「い、いえ、なんでもないです。行きましょうか」
俺がそう言うと、女性はにこやかに再度笑った。
春馬(ふ、不思議な人だ・・・)
チヒロ「ああ、そうです。それから」
俺が女性の手を引き、早速屋台にでも行こうかとしたとき、女性が思い出したと言いたげに声を上げた。
春馬「どうしました?」
チヒロ「露天に並ぶものは、くれぐれもお食べになりませんよう」
春馬「えっ、ええっ?」
なぜだろう?
屋台に並ぶものはどれもとても美味しそうで、とても人間が食すのに害を及ぼしそうには見えない。
春馬「なんでです?」
チヒロ「どうしても、ですわ」
意味が分からない。
だが、この女性がそういうのなら、きっと食べてはいけないのだろう。
春馬「分かりました」
理由はわからないが、こういうしかないだろう。
チヒロ「ありがとうございます。では、参りましょう」
結局何がなんだかわからないまま。
俺と名も知らぬ女性は、夏祭りの奥へと足を踏み入れていった。
シガンというのが此岸だとすれば、チヒロは彼岸(あの世)の人間なんですね。あの世の物を食べるとこの世に戻れなくなる(黄泉戸喫)から、春馬はお祭りのものも食べないように言われたんだ。チヒロは「忌子=斎子」なのか「忌み子」なのか。一目惚れした春馬は此岸に無事に戻ってこれるのか、これからの展開に興味津々です。
普通の人間には行けない場所なのでしょうか。
現実世界のお祭りと変わらない景色、でもその中に日常とは違った世界観もあり、すごく不思議な気持ちになりました。
絶世の美女からの誘いというと、どうしてもなにかやましいことを企んでいるんだろうとしか受け取れないんのは、大人になったせいなのかなあ・・と読後の感想です。結末を楽しみにしています。