忌み子と現代人

霧崎夜宵

エピソード2(脚本)

忌み子と現代人

霧崎夜宵

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〇神社の石段
春馬「すっかり、日も暮れましたね」
  あの後。
  結局名前がわからないまま女性と夏祭りを(食べ物や飲み物は除いて)堪能し、俺たちはここまで来た。
  りんご飴やらむね、チョコバナナなどを食べられないのでは幾らか楽しくないのではないだろうか・・・と思っていたが杞憂だった。
  女性と過ごした少ないながらも充実した時間は友人と過ごす時間と同じくらい、いや、ともすればそれをも上回るほど楽しかった。
春馬「今日は、ありがとうございました。とても楽しかったです」
  俺は女性にそういう。
チヒロ「え、ええ、はい。私もですわ」
  女性はそう答えてくれたが、なぜかすぐに何かを考え込み始めてしまう。
  何か、気にかかることでもあるのだろうか。
  そう思い、声をかけようとした、その時だった。
由那瀬「・・・おっ」
  一人の少女が、現れた。
  白い髪に黒いチョーカー。ざっくりと切った髪の一部を申し訳程度にまとめ、あとは流している。
  かなり洒落ている服装をビシッと着こなしてもおり、自分には真似できないようなスタイルの持ち主だ。
  俺はその少女に見覚えがなかったが、女性はあるらしい。少女を見つけるや否や顔をパッと輝かせた。
チヒロ「来てくださったのですね、由那瀬様!」
  そう、手を叩いて喜ぶ女性。
  なにがなんだか俺は分からないが、女性にとっては喜ぶべき再会(?)なのだろう。
由那瀬「来て下さったも何も・・・ま、それが私も仕事だしな。 んで? そっちのナイスガイは?」
春馬「な、ナイスガイ?」
由那瀬「んあ。お前」
  なかなかに豪快な性格のようだ。
  それに、仕事? みたところ高校生のようだが仕事をしているのか。しかも女性に関係があることなのか。
チヒロ「由那瀬様。こちらの方は向こうの方で、迷い込まれてしまわれた方なのです」
由那瀬「へぇ、こっちの人間なんだ。見分けつかなかったよ」
チヒロ「ええ。ですので、よろしければ向こうまでお送りいただけないかと」
由那瀬「おう、任せとけ。私もこっちの人間だ。同胞の一人や二人助けないほど薄情者じゃないさ」
チヒロ「助かりますわ」
  置いてけぼりの自分を差し置いて話を進める二人。
  完全に、空気だった。
由那瀬「それで、だ・・・」
  由那瀬と呼ばれた少女が真剣な目つきになり女性に向き合う。
  女性も、先程までの雰囲気はどこへやら。どこか悟ったような表情で、少女と向き合った。
由那瀬「今日は詰めの段階だ。私はこいつを送ってからもう一度くる。決めてこそあると思うが・・・もっぺん、覚悟決めとけよ」
チヒロ「ええ・・・分かっています」
  俺は、空気だ。
  覚悟? 詰めの段階? 送る? やはり、何を言っているかわからない。
春馬「あのー、一体それってどういう・・・?」
由那瀬「お前は知らなくていいことだ」
  清々しい笑顔だ。
春馬「だ、だけど、そこまで言ったら気になるよ」
由那瀬「そうは言われてもなぁ。これは企業秘密だ。 徒人が知ることでもないしな」
  あくまで爽やかな笑顔ではぐらかさられ続けられる。
  徒人。また知らない言葉だ。
  だが、少女の笑顔が清々しいながらもどこか重圧感があり、それ以上の追求を許さなかった。
春馬「諦めるしかないっていうことか? 俺は」
由那瀬「そういうことだ。物分りが良くて助かるよ」
  どこまでも清々しい笑顔だ。
  口でこそこう言ったものの、やはり腑に落ちない。
  だが、この場で追求する手立ては今の俺は持ち合わせていないようだ。
春馬(仕方がないのか・・・?)
  釈然としないまま、由那瀬が歩き出す。
チヒロ「さぁ、あの方についていってください」
  女性までもが、俺の背を押す。
  今この場に、この状況を打破する手立ては俺にはない。ない、が・・・。
  それでも、やはり。
春馬「あの!」
チヒロ「?」
  これも、先程は断れてしまったことだが。
  どうしても、聞いておきたかった。
春馬「あなたの、お名前は?」
チヒロ「・・・」
  ・・・やはり、答えてはくれない、か。
  そう、落胆していた俺の耳に飛び込んできたのは、女性とは違う声だった。
由那瀬「・・・チヒロ」
春馬「えっ?」
チヒロ「え、ええっ!?」
  俺も驚いたが、それ以上に驚いたのはなぜか女性だった。
  由那瀬の言葉を信じるなら、この女性の名前はチヒロだ。なぜ、自分の名前を言われてこんなに驚いているのだろう。
チヒロ「ゆ、由那瀬様・・・そのような名、私には・・・」
由那瀬「あんたの今までの旅路には何もなかった。最後くらい、はっちゃけてもいいと思うぜ」
由那瀬「それに、私の単純な贈り物でもあるんだ。素直に土産にでもしてくれ」
チヒロ「由那瀬様・・・」
チヒロ「・・・はい、ありがとうございます」
  ・・・結局、何がなんだかわからない。
  最初から最後まで、結局分からない。
  なぜ女性はどこか泣きそうな表情で笑っているのか。
  なぜ由那瀬はどこか底の見えない顔で笑っているのか・・・。
チヒロ「さぁ、早く。黄昏時が過ぎてしまえば、由那瀬様でもあなたをお送りすることは難しくなります」
由那瀬「そうだな。早く来てくれ。 あそこの鳥居の前まで」
春馬「・・・あの」
  それでも、叶うならこれだけはハッキリとさせておきたかった。
チヒロ「?」
春馬「結局あなたのお名前は、チヒロさん・・・で、いいんですか?」
  女性が何かを考え込む。
  目を閉じ、さらに考え込む。
  そしてもう一度目を開け、
  ほのかに口角を上げて。
チヒロ「・・・ええ、そうですわ」
  そう、小さく肯定の意を返してくれた。
  心無しか由那瀬もどこか嬉しそうだ。
春馬「分かりました。では、チヒロさん。また!」
  そう俺が言うと、チヒロさんが一拍置いて返す。
チヒロ「・・・ええ。また」
  その声はどこか憂いを帯びていたような気もしたが・・・気のせいだろう。そう言い聞かせ、俺は由那瀬の方を向いた。
春馬「それじゃ、帰るか?」
由那瀬「そうだな。時間も厳しい。ちゃっちゃか済ますぞ」
  由那瀬はそう言うと鳥居の前に立ち、スーッと息を吸ってから・・・。
由那瀬「__はあッ!!」
  ッパァァァァァァン!!!!!!
  と。
  凄まじい気合と音で、両手を叩き鳴らした。
  あまりの気合に大気が震え、俺の周りの空気も振動するようだった。
  すると、
由那瀬「ほら。もういいぞ。鳥居をくぐって帰れよ」
春馬「い、今のは・・・?」
由那瀬「そうだな・・・此岸には戻れた。もう言っていいか」
春馬「えっ?」
由那瀬「お前がつい今さっきまでいたのは、彼岸だ」
春馬「ヒガン? て、あの彼岸? お彼岸や彼岸花の?」
由那瀬「そう。俗にはあの世や死後の世界とも呼ばれるな。死者のみがたどり着く世界。生者が暮らす此岸とは対極に位置するものだ」
  そ、そんなこと突然言われても・・・
由那瀬「そんなこと突然言われても、って顔に書いてあるな」
春馬「えっ・・・」
由那瀬「後ろを見てみろ」
  由那瀬に言われ、俺は後ろを見る。
  すると、そこには先程まではたしかにいたチヒロさんがいつの間にかいなくなっていた。
春馬「チ、チヒロさん!? 一体どこに・・・?」
由那瀬「チヒロも彼岸の者だ。私が柏手を打って場を清め、鳥居の境界の力に干渉し、彼岸から此岸へと場を移したから生者であるお前は」
由那瀬「此岸、こちらの世界に来たがチヒロはあちらの世界、彼岸に留まったままだ」
  何を言っているか相変わらず分からない。
  だが、それでも俺はチヒロさんともう会えないのだ、というだけはハッキリと分かった。
春馬「そ、そんな・・・チヒロさんがこちらの世界に来る方法は?」
由那瀬「無かないが・・・大抵は呪術や禁術の類だ。それに類さないものもあるが、ま、チヒロの自我が消失してエンドだな」
春馬「その禁術や呪術を使おうとしたら?」
由那瀬「良くてこの村が消える。悪くてこの国が消える」
春馬「うっ・・・」
  由那瀬の表情は、淡々としていながらも嘘をついているようには見えなかった。
春馬「じゃあ、俺はもう、チヒロさんに会えない・・・?」
由那瀬「そうだ。今回はたまたま交わってしまったが、元来此岸と彼岸は交わってはならぬもの。会うことはない」
春馬「そんな・・・どう、にか・・・」
  そう、がっくりと膝をついて崩折れる俺を、由那瀬はただなんとも言えない表情で見ていた。
由那瀬「・・・ま、信じるか信じないかはお前次第だが・・・」
春馬「?」
  ふと、どこかを見つめながらどこともなく由那瀬が話し始めた。
由那瀬「輪廻の輪は存在する。お前が生きている間にチヒロが転生するか、はたまたお前が死んで輪廻で転生したあとチヒロの転生体と会うか」
由那瀬「もし再会を望むのであれば、その形だけでの再会を望め」
春馬「なぜ・・・? 彼岸の者と此岸の者が出会ったら、そこまでとんでもない話になるのか・・・?」
由那瀬「・・・それもある、が」
  由那瀬はそこで詰まると、何かを考えるような素振りをしてから言葉を紡いだ。
由那瀬「お前はひとえに、運が悪いというのもあるな」
  ボソリと呟かれるように言われたその言葉。
  俺はまたしても要領を得なかったが、その答えを問う前に由那瀬が俺の背を押した
由那瀬「さ、さっさと帰れ。私は神主に用がある。神社に残るが、お前はないだろう?」
春馬「うっ・・・」
  本心を言うと、駄々をこねてでもこの場に留まりたかった。
  だが、由那瀬の心の臓をも貫かんばかりの凍てついた目がそれを許さなかった。
  だから、だから、最後に一つだけ。
春馬「な、あんたは此岸とやらの、俺と同じ世界の人間なんだろ? チヒロさんとは違う」
由那瀬「ああ、そうだ」
春馬「そして、俺は迷い込んでしまったがあんたはあくまでもどこから来た素振りだった・・・つまり、此岸から彼岸に無事に来ることが」
春馬「出来る方法がある。そうだろう?」
由那瀬「・・・」
  由那瀬は、何かを考えているようだった。
  だが、目を開けると。
由那瀬「あるにはある。だが、お前にはできない」
  とだけ、言った。
春馬「そ、それじゃあ俺も・・・!」
由那瀬「無理だ。此岸から彼岸に渡るには常人にはない力が必要になるが、お前にはそれがない」
春馬「お前・・・」
春馬「お前、何なんだ!?」
  俺はチヒロさんに会いたい。そんなの、俺のこの行動を見ていればわかるはずなのに、なぜかずっと焦らしてばかりの由那瀬に、
  どうにも腹が立った。
春馬「さっきからはぐらかしてばっかり・・・なんでだ! なんで俺はチヒロさんに会いたいのに!」
  由那瀬は答えない。
  ただ、じっと黙ってこちらを見ているだけ。
春馬「・・・なんか言えよ!」
由那瀬「・・・これ以上は、不毛だな」
春馬「は?」
  由那瀬がそう小さく呟いた、次の瞬間だった。
春馬「__うわっ!」
  どこからか強い力で後ろを押され、俺はよろけた勢いで鳥居を通るように転がった。
由那瀬「ほらな。今押してきたやつが何なのか、視えていないだろう?」
春馬「そ、それがなんだって言うんだ!」
由那瀬「そいつが見えないなら、お前はチヒロさんに会えない。それだけだ」
春馬「ちょ、ま__!」
  パンッ!
  と、拍手の音がなる。
  それと同時に鳥居の向こうに立っていた由那瀬はどこかへと消え、代わりに静寂と俺だけが残った。
  慌てて鳥居へと駆け寄り、何度も下をくぐるが変化はない。
春馬「それなら・・・!」
  俺は鳥居の前に立ち、パンッ! と拍手をした。
春馬「これで・・・!」
  由那瀬はこれで此岸と彼岸を繋いでいたようだった。ならば、これで繋がるはずだ。
  そして小走りで鳥居を駆け抜ける。
  だが__彼岸へは、行けなかった。
春馬「なん・・・でだ・・・。 チヒロさん・・・」
  由那瀬の言うとおり、「常人にはない力」とやらが必要なのか。だが、そんなもの、俺には皆目見当もつかない代物だ。
春馬「俺は・・・諦めるしかないのか・・・?」
  がっくりと膝を付きうなだれる俺を、ただ夏のセミたちだけがやかましく騒ぎ立てる。
  いつの間にか陽光は、遥か山の峰々のその先へと姿を晦ましていた。

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