読切(脚本)
〇開けた交差点
ハル「お兄ちゃん、早く行こう? 遅刻しちゃうよ?」
ユウ「あ、ああ。そうだな」
心配そうに袖を引っ張るハルを見て、俺は止めていた足を動かした。
月曜日の朝、いつものように妹のハルと高校に向かっている途中にその現場はあった。
ひき逃げというやつだ。
交通量の多い交差点で、一台の車が歩道に突っ込んで来たらしい。
ユウ「白昼堂々大胆なやつだな もし俺が途中で忘れ物を取りに帰らなかったら、被害者は俺たちだったかも・・・」
ハル「もうっ!縁起でもないこと言わないでっ!」
ユウ「じょ、冗談だって」
ハル「まったく・・・ ただでさえお兄ちゃんのことは心配なのに・・・」
ハルはそう言って目を伏せた。
ハルが心配しているのは俺の体質のことだろう。
さすがに冗談が過ぎた。
ユウ「・・・悪い さ、早く行こう。遅刻したら体育の武田にどやされるぞ」
ハル「あっ、待ってよっ!」
そう言って、俺たちは高校に向かう。
・・・ハルには言わなかったが、俺は現場の惨状を見ても全く怖くなかった。
現場に残る血痕を見ても、恐怖心は欠片も湧いて来ない。
・・・だって、俺には痛覚が無いから。
それだけじゃない。
怪我をしたことも、血が出たことさえない。
痛みに恐怖する感情を、俺は知らない。
〇おしゃれなリビングダイニング
ニュースキャスター「──続いて、昨夜のニュースをお送りします」
ニュースキャスター「西高校付近にある交差点で、ひき逃げ事件が発生しました」
ニュースキャスター「犯人は依然逃走中とのことです」
ニュースキャスター「犯人が乗っていたのは黒のバンで──」
ハル「・・・犯人、捕まってなかったんだ」
ユウ「・・・みたいだな」
ハル「今日は別の道から行こう? あの交差点に行くの、怖いよ」
ユウ「そうだな 犯人は犯行現場に戻って来るっていうし」
ハル「ありがとう、お兄ちゃんっ」
俺の言葉にハルは安堵したようだった。
俺もさすがに事件があった現場に行くのは気が引ける。
ニュースキャスター「次のニュースです」
ニュースキャスター「延命措置技術の開発で有名な『メディカルテック社』が、人体の部分的な機械化を事実上可能にしたという・・・」
ハル「あ、そ、そうだ、お兄ちゃん、せっかくだから早めに家を出ない? その方が車も少ないだろうしっ!」
俺がニュースを見ていると、ハルはどこか慌てた様子で立ち上がった。
ユウ「えっ? でもさすがに早すぎるんじゃ・・・」
ハル「たまにはいいでしょ さ、早く行こっ」
ユウ「お、おいっ!」
〇住宅地の坂道
ハルと共に、交通量の少ない住宅街を選んで歩く。
比較的安全な道であることからか、ハルはすっかりいつもの調子に戻っていた。
ハル「わー、見てお兄ちゃん! 猫だよ! かわいー!」
数メートル先をとことこと歩く三毛猫を見つけて、ハルが嬉しそうに駆け出す。
猫「ミャー」
ハル「よしよし 見て、人懐っこいよっ」
ユウ「本当だ 飼い猫かもな」
ハルが頭を撫でても逃げる様子はない。
かなり人馴れしている猫なのだろう。
──と、そこでどこからかパトカーのサイレンが鳴り響いた。
段々音が近づいて来ているような気がする。
猫「ミャー!」
ハル「あ、猫ちゃん!」
サイレンに驚いたのか、猫が突然駆け出した。
その後を追って、ハルも走り出す。
ユウ「あ、おい、ハル! 危ないぞ!」
走り出すハルの背中に声をかけた次の瞬間──
坂道の上に、パトカーに追われる黒のバンが見えた。
ハル「な、なんでここに・・・!?」
猫を抱いたハルに向かってバンが一直線に向かってくる。
ユウ「ハルっ!」
俺は一心不乱に走り出していた。
ハルを助ける、ただそれだけしか考えられなかった。
ハル「お兄ちゃん!」
なんとかハルを突き飛ばし、バンの真正面に身体を投げ出す。
──その光景に、見覚えがあった。
車に吹き飛ばされる直前の景色。
不意に蘇る古い記憶。
──この光景を、俺は見たことがある。
〇近未来の病室
ユウ「ん・・・ ここは・・・?」
目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。
俺が横たわっているのは真っ白のベット。
どうやらここは病室らしい。
ハル「お兄ちゃん! よかった、目が覚めたんだね」
ユウ「ハル・・・ 無事だったか・・・」
そこには涙を流すハルが居た。
どうやら怪我はしていないようだった。
ハル「うん お兄ちゃんのおかげで・・・」
ユウ「そうか よかった・・・」
ハル「そ、それで、あのね・・・?」
ユウ「ああ、わかってるよ ──全部、思い出した」
ハル「え・・・?」
俺は、胸の前をはだけて自分の身体を見下ろした。
そこには、皮膚組織から剥き出しの機械の身体があった。
ユウ「俺は・・・俺の身体は、とっくに死んでたんだよな ・・・10年前の、事故で」
ハル「っ!」
俺は、10年前に事故に遭った。
トラックの人身事故だった。
ユウ「脳を移植して、機械の身体で延命してるんだろ? 時々病院に来てたのは、成長に合わせて機械を取り替えてたからだったのか」
その時の記憶はない。
俺に配慮して麻酔を打ってくれていたのだ。
ハル「それは・・・」
ハルが言葉を濁す。
その様子に、俺の記憶が正しいものであると確信した。
ユウ「そうか・・・」
ハル「お、お兄ちゃんは、お兄ちゃんだからっ!」
ハル「機械の身体だからって、お兄ちゃんはここにちゃんと生きてるんだから・・・!」
ハル「だから・・・!」
俺の存在を必死で肯定するように、ハルが涙ながらに訴えた。
ユウ「・・・ああ、そうだな」
俺は、ハルを助けるために機械の身体になったのだ。
俺の膝の上で泣きじゃくる妹を見て、心からそう思えた。
ちゃんと意味があったんだって、そう思えた。
家族の愛情ってすごいですよね。
機械の体にしてでも、彼を生き返らせることにした、家族の気持ちは少しわかるような気がします。
車にはねられてそのことを思い出して、彼は何を思ったんでしょう。
このタイトルでどんな風に終わるんだろう…と途中から二人を見守るような思いで読んでいました。優しい終わり方でよかったです。兄妹の絆を確かめ合えたんですね。必死な妹さんの言葉にもお兄さんのラストのフレーズにも、胸が熱くなりました。
機械の体…痛みを感じない…。
でも生きてるときはそれには気づいていたけど、事故のことは忘れていたのですね。
だから妹はテレビで都合のわるいことは見せないようにしていたのか…